第四章・重いコンダラ天元突破 修行編 / 6
アリエスはむっとして、竹光の柄を、ぐっと握り込んだ。雑巾を絞るように。
そして、畳を蹴って走り出し、振りかぶって襲いかかる。「たぁーっ!」
だが竹光は空を切った。狙って振り下ろしたはずなのに、そこにテツはいなかった。軽々避けられてしまったのだ。
何度斬り込んでも同じだった。がむしゃらに振り回してみたが、最小限の動きでヒョイヒョイとかわされてしまう。
しまいには、勢いに任せて刀を返す動きを読まれ、振り回した手首をがっしりと掴まれた。避けるのでなく、間合いの内に入られたのだ。とたんに足首をぽんと蹴られ───ほんとうにわずかな力の蹴りだったのに、アリエスはすてぇんと尻餅をついた。
「受け身を知らんだろうから、転かすのはほどほどにしとくが」テツがニヤリと笑いながら言った。「ちゃんと頭を使わねぇと、いつまで経ってもその調子だぞ」
その通りだ───アリエスはしばらく座り込んで、畳の目をいじりいじり考えた。あたし、なんでこんなチャンバラもどきやってんだっけ? そうだ、呼吸、呼吸。いい手札が来ると呼吸が大きくなる弱点を、直しに来たんだ。
アリエスは立ち上がって、もう一度竹光を振りかぶってみた。すると、自然と息を大きく吸っていることに気づいた。───これか。テツは、ここでもう、どんな攻撃が来るかおよそ予測できているんだ。だから、動きや踏み込みを見て動くよりも、はるかに速く確実に避けてしまう。
今度は、息を止めて振りかぶってみた。───大きな違和感がある。切っ先を上げると息を吸い、下げるとき息を吐くのが自然な動きなのだ。これに逆らうと、うまく動けなくてかえってギクシャクする。
振りかぶらなければいいのか? アリエスは、槍のように突いてみた。これなら、息を止めてでもできる。
「なるほど少し頭を使ったな? だがそれだと、」テツは突きを手の甲で払うと、間合いに入ってアリエスの襟首をつかんで落とした。「動きが単調になる」
アリエスは、悔しげにむぅと唇をとんがらかすと、べったりと座り込んだ。また畳の目をいじり出す。
───さっき座っていたときのテツの、仏様みたいな顔。でもあれでちゃんと息をしていた。今のテツも、変わらず静かに呼吸している。そうか、呼吸はしてていいんだ。攻撃する呼吸と普段の呼吸が違うから、バレる。ポーカーのときの自分の癖も、それなんだ。呼吸を常に同じにすれば、読まれない。
……でもどうやれっていうの? めちゃめちゃ難しくない?
呼吸なんて、いつも無意識にしているものだ。それを、意識して普段と違う呼吸をしようとするだけで、思うように体が動かなくなる。命のリズムすべてが狂ってくる感覚がある。自分が今まで、どうやって呼吸していたのか、どう生きてきたかさえわからなくなってくる……。
「やっぱりおまえさんは賢いな、もう気づいたか。すぐそこに気づけたヤツは片手ほどもいねぇぞ」テツがうむうむと、幾度かうなずいた。「だがそこからが難しい。体に覚え込ませなきゃならんからな。計算問題みたいなはっきりした答えはない、自分にとっていちばんちょうどいいやり方を、自分で見つけ出せ」
その日のアリエスは、ただただ翻弄されるがままに終わった。どう考えて仕掛けても、動きはすべて読まれ、すてぇんすてぇんと転ばされるばかりだった。
それでも、汗だくになりながらしゃにむに突っかかっていくうちに、やがてテツの方が音を上げた。
「今日はここまでにしよう」
「まだやれるよ!」
「俺がへばってきたんだよ。小学生の体力に、いつまでもつきあってられん。休憩も大事だぞ。───そこの盆を、縁側まで持ってきてくれ」
テツが指差した先の母屋側の廊下には、麦茶の入ったポットと飾りガラスのコップがふたつ、それから汗拭き用のタオルが用意されていた。転かされ続きのアリエスがまるで気づかぬうちに、勝子が運んだものである。
「今日は欽太と話してた分、始めるのが遅かったからな。これ飲んで、しまいだ。明日からは、一時間くらいやって、休憩して、また一時間やって、それでちょうどいいくらいだろうよ」
テツは網戸を開け縁側に出て、タオルで汗を拭いながらどっかと腰を下ろすと、コップを取って茶をすすり始めた。アリエスも、真似てそうした。
太陽は高く昇り肌を刺すほどに照りつけ、体を動かした後だから身の内からも熱が溢れ出す。しかし、風が汗を乾かす冷気と、喉を通り過ぎる麦茶の冷たさが合わさると───なんだか、不思議とバランスが取れて不快感がない。
こんな夏なら、あってもいいかなとアリエスは思った。さっき道を歩いていたときは、夏なんて暑いばかりで憎悪しか湧いてこず、エアコン利いた部屋にすぐにでも入りたかったのに。




