第四章・重いコンダラ天元突破 修行編 / 3
欽太が真向かいに正座したので、アリエスも真似て正座してみた。
欽太はまず自己紹介をして、テツの息子であり、三日前の電話の相手であり、表門のスピーカーで呼びかけた人物であると、丁寧な口調で伝えた。敬語もいらない、自然にしゃべってくれていい、とも付け加えた。アリエスは、姿勢だけかしこまって聞いた。
やたら畳がたくさん並ぶ和室に、丸いちゃぶ台。ちゃらちゃら鳴る珠のれん。籐細工のコースターに、飾りガラスのコップに入った麦茶。藤倉家では当たり前の茶の間だが、自宅マンションに和室すらないアリエスには、もはや博物館である。リアルにこんな部屋があるとは思いもよらなかった。どうも落ち着かない。
着てきた服はすべて剥ぎ取られ、洗濯機に放り込まれてしまった。「今日の陽気なら三時間で乾く!」と勝子は豪語した。それは事実に違いないが、はたしてそういう問題だろうか。
それより、あてがわれた服に慣れなくて戸惑う。道着の肌触りもそうだが、この、なんだ、胸を押さえつけている感覚が、ちょっと変。まさか人生初ブラジャーを、自宅でも学校でもどこかの服屋でもなく、知らない家で体験するとは思わなかった。
───このへんで正座は限界だった。とても長時間は耐えられないと察して、崩してあひる座りにした。
「いいですよ、無理しなくて」欽太の姿勢は微動だにしない。「なんなら、あぐらでも。……それで、ヤクザは、怖くないですか」
「よく知らない。ぴんとこない」
「この家に来て、どう思いました?」
「ワケわかんない。……でも、自分ちにいるよりはいいよ」
欽太はふむと顎に手をやった。
彼の目線からすると───子供とこうやって膝を突き合わせて話すのは何年ぶりだろうかと、少々感慨深くもあった。
我が子はもうさっぱり向き合ってくれないし、孫のしつけにも口出し無用と言い含められている。勝子は納得いかないようだが、直接の親の判断を、まずは尊重すべきだろう。欽太から見ても、ゆかりは自分や勝子より、よほどうまく親という仕事をこなしている。
娘とうまくやれなかった理由は、およそわかっている。自分も、父との関係を、うまくやれたと思っていない。
ヤクザは、疑似の親子関係を構築する。実の親子関係は、必然的に薄くなる。藤倉一家の家長という立場は、自分の子以外の、よほど手の掛かる子供と向き合う時間を長くした。
ひと昔前は、問題児がいたら藤倉一家に放り込んで性根を鍛え直してもらえ、というのが近辺の常識だった。藤倉の大物がぎろりと睨みを利かせれば、たいていの子供はおとなしくなったのだ。それから型どおりの礼儀と所作を叩き込めば、生きるに支障ない程度には、問題は解消できた。
ひたすらイキがって、何をしても矯正できない子供もいた。少なからず、はじめから心を病んでいるか、知的障害一歩手前の認知能力しかなく、手を尽くしてもどうにもならなかった。欽太個人は直面しなかったが、精神科や心療内科が一般的でない時代には、座敷牢に入れたり、罪を負わせて刑務所に入れたり、最悪は山に生き埋めにしたなんてこともあったようである。
ただそれでも、「藤倉で責任を持つ」と言えば、世間は落ち着いた。厄介払いができたと胸をなで下ろし、その先は知らないフリをした親や教師を、何度見たかわからない。
その役目は、欽太が物心ついた頃には、父のテツが担っていた。父が一家を継ぎ忙しくなると、テツの弟分にして頼りになる右腕だった金城が、代わって引き受けた。
欽太が東京から大檜に引き戻されたのは、神鳳会からの離脱交渉が大詰めの頃だった。しかし話がまとまらずヒマをかこっていた頃に、抱えていた古傷が悪化して金城が急逝した。彼のその仕事を、欽太がしばらく引き継いだ。
父を失って酷く荒れた金城の息子・博に、諄々と向き合えたことは、己の人生において、自らの娘の養育よりも価値があったと思っている。ゆかりには、申し訳なく思うばかりだが。
藤倉一家が神鳳会から正式に離脱し、欽太の肩に家長業と社長業がのしかかると、これも親子二代、金城博がその役の継承を買って出てくれた。不器用な彼にはあまり向かぬ仕事に見えたが、恩返しをするのだと張り切って、懸命に若い連中と向き合っていた。
その博もまた、数年前、早世した親よりもはるかに若い齢で世を去った。小金山ら、抱えていた若者たちを置き去りにして。
とはいえその頃には、〝鍛え直し〟に藤倉家を頼る者は、ほとんどいなくなっていた。ヤクザに対する風当たりは強くなる一方だったし、その看板を下ろしてしまえば、藤倉一家はただの中小企業でしかなかった。そもそも、町から子供がめっきり減ってしまったのだから、どうにもならない。
昨夜、つまりポーカー大会から戻った直後に、テツは欽太にこう言った。
「ありゃあ、俺らの仕事だ。ウチに来るよう言っておいた。絶対追い返すな」
アリエスは、久しぶりの、問題児到来であった。




