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今昔悪童ポーカー狂騒曲  作者: DA☆
第三章・本気と書いてマジ卍
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第三章・本気と書いてマジ卍 / 6

 「こんにちは」


 市原は、ラムネを頬張るアリエスの向かいに腰掛けた。


 「あ。……市原さんだ。うわ本人。リアル初めて見た」


 抑揚の少ない、小さな声。年長者を相手にしているとは思えぬ素の反応に、市原はチラリと老体二人を見た。この子いつもこんな感じ? 老体二人は頷く。うん、そんな感じ。


 アリエスも、またミスったかなぁ、敬語使うタイミングだったかなぁと思いはしたが、頭が疲れていた。敬語を使う対象と使わなくていい対象、同時に向き合うときの話し方なんて、大人でも混乱することを今は考えたくなかった。


 「僕のこと、知って───」るの、と尋ねかけた市原に、


 「日本のポーカープレイヤーで、市原さん知らない人いないでしょ」アリエスは忖度も逡巡もなく、思いついた言葉をそのまま発した(「そんなに有」名人なのか、と口を挟みかけたテツを、ジョーは抑え込んだ。知らぬはテツばかりである)。


 知っているなら話は早いと、市原は、アリエスの向かいに、両頬杖をついて座り込み、柔和な笑みを見せた。


 まだ幼い女の子が相手だ。まして今は真剣勝負のトーナメントの真っ最中で、闘うプレイヤー同士でもある。腫れ物に触るように、しかし馴れ合いにもならぬように、言葉を選んで、さてどんな話をしようか───まずは、純粋な感嘆と好奇心が口に出た。


 「スゴいね、君は」


 アリエスの反応は薄かった。疲れていて話をしたくなかったことに加え───ネットでしかプレイしていない彼女にとって、いくらポーカー界の有名人といっても、接してきたのは彼の著述やハンドレビューや、動画越しの姿であって、生身ではない。あこがれやファン心理とは異なるものだった。


 そんな存在───見知らぬ大人と言っていい存在が、目の前に座って、なんだか教師みたいな上から目線を投げかけてくる。疲れた頭に生まれたファーストインプレッションは、「ウッザ」であった(爺さんズも似たような出会いだったのに、そうした感覚はあまりなかったのだよな、と、アリエスはむしろそこを不思議に思った)。


 そうとは気づかぬまま、市原は穏やかに語りかけた。


 「いつから、ポーカーを?」


 「二年くらい前かな」アリエスは受け流して答えた。


 「誰に教わったの?」


 「別に誰も? 父親が飽きてやめたシトラスのアカウント、勝手に使ってるだけ」


 「そのお父さんは───」


 「ごくつぶしの母親に愛想尽かして、よそに女作って出てった。離婚調停中だってさ」会話に思考のリソースを費やしたくなかったアリエスの回答は、ほぼノータイムだった。あまりにさらりと言い放ったので、大人三人はしばし二の句が継げなかった。「父親(そっち)についてけりゃあ苦労しなかったんだけど、ごくつぶしはプライドだけは高くって、娘を取られたら負けって思ってんだよね」


 子供って、親をよく見てるよなぁ……と衝撃を感じつつ、市原は、個人的事情を深く突っ込んで尋ねるべき場面ではないと判断した。エヴァンジェリストの立場で、ポーカーのことだけを話せば良い。


 「それでも続けてるのか。勉強もずいぶんしたみたいだね」


 「したよ。ネットのコンテンツや動画、見まくった。勝ちたかったから」


 「ポーカーを好きになってくれてうれしいよ。君みたいな子ががんばってくれると───」


 ポーカーに限らず、マイナー競技がその地位から脱するには、広い世代への認知と普及が欠かせない。市原は、彼女のような幼い世代への後押しを、重要な使命と心得ていた。この逸材の存在を協会にも伝えて、育成のメソッドを話し合わなくては───。


 だが、アリエスは市原の思考を遮り、意外な答えを返した。


 「別に、ポーカーが好きなわけじゃないよ。嫌いでもないけど」


 市原は面食らって尋ねた。


 「じゃあ、なぜ、ポーカーを?」


 しばらく沈黙があって───やがてアリエスは、無表情なままに答えた。


 「あたしでも、勝てるから」


 〝スイッチ〟が切れていた。意図して作ったポーカーフェイスか、本当に感情を失ったのか、彼女自身にも曖昧だった。


 その言葉を聞いて、市原の顔が引き締まった。


 「子供でも、女でも、勝てるから」アリエスは続けた。「あたしは、バクチ打って生きるって決めたんだ。そうでないと、生きられない(・・・・・・)。ここで勝って、マカオでも勝って賞金を手に入れたら、あたしは中学卒業まで、誰の世話にもならずに生きていける」


 テツとジョーは、またしても顔を見合わせた。彼女の親は、どうやら名付けに失敗しただけではないと見える。


 離婚で壊れ貧困にあえぐろくでもない家庭など、ふたりは見慣れている。ごくつぶしと言うからには、母親は浪費家なのだろう。パチンコかホストか宗教かわからぬが、『誰の世話にもならずに』の言葉は、その親が保護者の務めを満足に果たしていないと示している。


 遺伝の法則は、その容姿や能力より、家庭環境にこそ適用される。貧相な思想のろくでもない親からは産まれた子はなすすべなくその犠牲となり、ろくでもない形質を引き継ぐのが常だ、が、なまじっかそんなクソ駄鳩から鷹が産まれたりすると───その一例が目の前にある。


 アリエスが、マカオに行ってバクチ打って大金を稼ぎたい、と言い放ったのは、彼女の自発的な望みではなかったのだ。そうしなければ生きていけないから、だったのだ。水道水が入ったペットボトル。買えないラムネ。生活費すら根こそぎ持ち出す母の放蕩に、父からの養育費が追いついていない。中学卒業までに、母はあらゆる金策を失って、詰む。アリエスはそう理解している。


 さっき彼女と会っていた女性、渡された封筒。あれは、親ではない誰かを頼って得た、〝当面の生活費〟に違いない。そして頼られる側の疲弊を、少女は敏感に悟っている。これ以上の負担はかけられない、と。


 小学生は、一般的な労働では収入を得られない。では、スポーツや芸事なら? 子供でも活躍可能な世界は、いくらかある。たとえば囲碁や将棋は、小学生からプロを目指す者が少なくない。しかしそれは、理解ある親が優れた伯楽に託すかたちでなければ、不可能だ。


 親がアテにならないゆえに、自分で稼ぐ必要がある、と気づいた小学生が、小さな手の届く範囲で、探し当てた手段。それが、大人を相手にバクチを打つこと───。


 父親が残した、プロフィールが四〇代男性のままの、カジノシトラスのアカウント。画面の向こうのプレイヤーは、彼女を子供だとはつゆも思っていない。


 そこで太刀打ちできるなら。


 その世界に入っていけるなら。


 理不尽な境遇を振り払うすべは、まだあるのかもしれない。


 「ポーカーは、年齢も、性別も、世の中も、関係ないから。あたしを、子供扱いしないから。〝独りじゃなんにもできない女の子〟にならなくていい。覚悟ひとつで、大人と同じ一線に立てる───!」


 薄布を引き裂くような、悲鳴にも聞こえるアリエスの言葉と同時に───ぴんぽんぱんぽんと構内放送が流れ、休憩時間の終了を知らせた。三々五々、プレイヤーたちがイベントホールの自分の卓へ戻っていく。アリエスはまたいくらかラムネを頬張り、ぼりぼりと噛み砕いてペットボトルの水で飲み下すと、さっさと立ち上がって人の流れに乗った。


 彼女の言葉が自分の中に収まらず、市原が顔を引き締め眉間に皺を寄せるそばで───テツはニヤリとした。痛快な気分であった。


 繰り返すが、テツはこの程度の境遇の家庭は腐るほど見てきているのだ。


 クソ駄鳩親の知識レベルや向上心のなさを子供がそのまま継承してしまうと、公教育とか福祉とか養育支援とか、お題目やきれいごとはあらかた消し飛ぶ。少なからず彼らは、施しだけ受け自分からは何も返さない、哀れな身分に安住するからだ。ヤクザにとってはありがたい。哀れなたつきだけあてがい、残りをかすめ取ったとしても、不満は親や学校や社会への恨み言に変わり、搾取者に向きはしない。


 ところがどうだ。自分の哀れな身分を知ってそこに安住せず、嘆きも乞いもせず、てめぇのたつきはバクチでぶんどると言ってのける小学生がここにいる。なんとまぁ、古希に至って初めて見る傑物ではないか。


 傍から見てる分にゃ、こんな面白い話あるか? お節介の焼きがいがあるというものだ。


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