第三章・本気と書いてマジ卍 / 3 (ポーカープレイシーン有)
当のアリエスはといえば、正直、拍子抜けしていた。
昨日は敗北した上に名前まで晒されて、こっぱずかしくも逃げ帰ってきたから、今日の外出に引け目すら感じていた。
それでも大会に参加すると決めた朝方、自宅でまた一悶着があって、あちこち連絡して収拾をつけねばならず───市民会館にたどり着いたときの彼女のメンタルは、最悪だった。
自分が参加しても大丈夫なのか、子供がまともに相手にされるのか、不安や気恥ずかしさや悪い想像ばかりが先に立ち、自信とやる気は影を潜めていた。恐る恐る、身を縮こめて卓についたのだ。
それがどうだ。
こちらの仕掛けに、簡単に乗る馬鹿ばっかりだ。
|チップを吐き出させたいベット《バリューベット》はことごとくコールされてチップが増え、|相手を下ろしたいベット《ブラフベット》はことごとく下ろせてやはりチップが増えた。確率通りに勝負できていて、取りこぼさず稼げている。
とりわけ左隣のおっさんだ。といっても一一歳目線でみたおっさんであって、実際は三〇歳そこそこだろう。サングラスをかけ、頬骨が浮いた強面の男で、襟の大きな真っ赤なシャツを着て、斜に構えつつ肩を広く開く姿勢で椅子に腰掛け、元より大柄な体をより大きく見せている。デカい態度というヤツで、いかにも場慣れした強者の雰囲気を醸し出しているのだが───アリエスはすぐ気づいた。見た目に反してこのおっさん、チョロい。チョロすぎる。ポーカーはド素人だ!
自分の直後に行動する左隣が、ベットやレイズを頻繁に行う攻撃的なプレイヤーである場合、トーナメントは非常に戦いにくい。自分のベットに───殊に、先に述べたスチールのベットに対して容易に反撃されてしまうからだ。
おっさんはレイズにまったく抵抗せず、攻撃性が皆無だ。すぐ下りるし、ベットする場合はほぼ一〇〇%コールだ。コーラーとかコーリングステーションとか呼ばれる、いちばんヘタクソな、運だけでポーカーをする手合いである。
しかし見た目とは恐ろしいものだ。彼に対して攻撃的なプレイをすると、後で酷い目に遭わされそうな雰囲気があった。テーブル全体が、誰もが遠慮がちで様子見のプレイに終始する、いわゆるタイトパッシブな状況になったのだ。
それならばとアリエスは、レイズやリレイズを頻繁に繰り出すいわゆるルースアグレッシブな戦術を駆使して、受け身な他のプレイヤーをフォールドに追い込み、チップを増やしていった。
どうやらそういうプレイでいいらしいと気づいた他のプレイヤーたちが真似し始め、テーブル全体がルースになった頃に、彼女は逆に締めて勝負手を待つ。プレイヤー同士が食い合ってチップ差が生じたところ、チップの減ったプレイヤーの曖昧なベットにレイズをしかけ、追い打ちをかける。たまらずオールインしたところを食らい尽くす……。
左隣のおっさんも、弱気なプレイがたたってアリエスにチップを剥ぎ取られ、やがて敗退しすごすごとその場を去っていった───このおっさんはひょんなところでアリエスと再会を果たすのだが、それは先の話。
ともあれ、おっさんがミスリードした卓の雰囲気を利用して、アリエスはトーナメント序盤に大きく優位を取った。その優位をフルに活かし、鮫のごとく周囲を喰い散らかす派手なプレイスタイルで、さらに勝ち進む。
一一歳の女の子がチップリーダーを独走しているとあって、光恵の実況は、いきおい彼女を中心に熱を帯び始めた。テーブルの周囲に立つギャラリーも数を増す一方で───そこへテツとジョーも加わったというわけである。
ポーカートーナメントにおいて、スタックサイズすなわち積み上がったチップの山は、目に見えてわかる己の強みであり他のプレイヤーに対する圧力である。アリエスはだんだんに自信が湧いてきた。
───やっぱりあたしは、このままでいいんだ。
ボルテージが上がりっぱなしの光恵の実況は、同卓のプレイヤーたちにさらなるプレッシャーをかけた。誰しも、目立つ場所注目される場所で惨めに負ける姿をさらしたくない───まして小学生相手に! その意識が逆に枷となり、自分の生き残りばかりに汲々として、アリエスを勝負相手として見ていなかった。彼女にはそれが、お遊びでプレイしている、ただのお魚の群に見えた。
アリエスは思った───初めてのライブポーカーの相手があの爺さんたちでよかった、と。昨日の勝負は、五〇年前からの凄腕バクチ打ちだからこそ為せた、特別なものだったのだ。
ポーカー独特のプレイスタイルをまるで知らず、はじめはまごついていた爺さんたちが、やがて豹変し、視線をギラつかせ、自分を脅やかすアクションを次々と繰り出してきた。いま思えばあの視線は、鵜の目鷹の目でテルを探っていたのだ。なるほど、ポーカーは知らなくてもバクチを知っている、とはああいうことか。
あの場では間違いなく、勝つためにどうすればよいか、三人がしのぎを削っていた。その緊張感がここにはない。
ギャラリーをちらりと見た。爺さんたちがそこにいて、観戦していた。
───なんだ、負けたんじゃん、ふたりとも。
あのふたりはまだ、ポーカーの確率をよくわかっていない。大人数相手の長丁場となれば、各ラウンドでの勝率の変化に応じた駆け引きが重要だ。微かなテルを見抜く凄腕があっても、それだけでは勝てない。
それに、いつだったか誰かのブログで読んだ。多少のテルは誰にでもあるから気にしないことだと。テルを気にして普段と異なる行動を採ると、かえってもっと目立つテルを生む。平常心のプレイに徹した方がよい、と。
あたしは昨日、確率通りにプレイして、負けた。それは悲観することじゃない。
あたしは強いんだ、十分に。このままで、いいんだ。テルなど克服できなくたって勝てる。実際に今、勝ててる。
これならいける。マカオに。それ以上の先に。
アリエスはそう思い、さらにアグレッシブにプレイして、チップを増やしていった。




