第三章・本気と書いてマジ卍 / 1
翌日曜日。
市民会館イベントホールにて、ポーカー大会が予定通りに開催された。
オンライン専業だったカジノシトラスが主催する初のライブトーナメントで、無料かつ来る者拒まずのオープン開催とあって、遠方からも多くのプレイヤーが訪れた。ポーカー教室にいた子供たちも参加して、昨日は閑散としていたテーブルが、今日は老若男女でほぼ満席になり、打って変わって盛況だ。低い声高い声がどやどやぺちゃくちゃとホール内に反響して、賑わしい。
中でも目を引いたのは、和装に白スーツという、派手な出で立ちの老人二名だったことは言うまでもない。
それより注目を浴びる格好───一六歳設定のシトリンちゃんコスプレを今度こそ強行した光恵が、壇上に登場した。ちゃかぽこシンセドラムのテーマソングに乗って踊る姿は、今日は二面設置された大型モニターの両方にどアップで表示された。
「小学校低学年から古稀を過ぎた方まで、幅広い年齢の、一五〇人以上にご参加いただきました! 今日は来てくれてどうもありがとーっ」と嬉しそうに手を振るその顔の、照明で浮き上がる化粧のテカリっぷりたるや───本人が楽しげだから愛嬌としておこう。
彼女を司会に、簡単な開会式が催された。社長の富市がトレードマークの白ジャケットで現れ、開会の辞を述べた。といっても堅苦しい言葉はひとつもなく、ラッパーのごとき軽いノリで派手に格好をつけてみせた。
そしてもうひとり、カジノシトラスと顧問契約しているポーカープロの市原誠也が、紺の背広姿でイケメンなさわやか笑顔を見せながら挨拶に立った。こちらは穏やかかつ丁寧に開会を寿ぐ挨拶と、それからライブポーカー特有のルールやプレイングマナーについてひとくさり述べた。
その頃。
「あぁ……めんどくさ……なんで日曜にこんなこと……」
市民会館内の別の部屋、場内を監視できるモニタールームで、レンズが薄汚れた眼鏡をかけ、よれよれの背広を着たやせっぽちで頬のこけた男が、バーコード頭をかきむしりながらぶつくさ愚痴っていた。
大檜市役所地域振興課課長の竹森治朗である。
「僕がここに出張る理由がある? ないよね? 帰っていい?」
「ダメですよ、課長」愚痴を聞かされているのは、藤倉ゆかりだ。竹森は、職務上の上司にあたる。「今日の管理責任者は課長なんですから、いちばんいなきゃいけない人です」
「なーんーでー! 今までこんなことなかったじゃん!」四〇代半ばで、妻子持ちのハゲ散らかしたおっさんが、子供のように駄々をこねるさまは、まことに見苦しい。
「いつも責任者やってくれるここの館長が、急に忌引きになったんだからしかたないでしょう!」
……イベントホールや大型モニターの使用に管理職の立ち会いが必要などというメンドくさいルールを、その館長へのイヤガラセのためだけに決めたのはアンタだろうが! と、ゆかりが冷ややかな目を投げ落とすと、竹森はひぃとすくみ上がった。「その目やめて。お願い。娘とそっくり」
とはいえ、それで彼の愚痴が止まるわけではなかった。監視すべきモニターなど一瞬も見ず、読み飽きたパチンコ雑誌をうちわ代わりにパタパタやりながら、不満を並べ立てる。
「普通さ。普通はさ。役人ってのはエラいもんでしょ。許可とかさ。認可とかさ。権力持ってんのはこっちなんだからさ。役人がちやほやされる、ってのが、正しい世の在り方でしょ! 違う?」
竹森は、手持ちぶさたに雑誌をグリグリ丸め、バンバン机を叩きはじめた。その横にゆかりがかしこまって立つ配置は、はた目には、竹森がゆかりを叱責しているように見える。
「僕ぁさ! ノーパンしゃぶしゃぶ! アレ見て公務員になるって決めたワケ! ワカル?!」
アラサーのゆかりにわかるわけがない。奥さんにチクっといた方がよさげな、ロクでもない話だろうとだけ、見当がついた。黙って聞いているのが苦痛でしかたない。
「事実さ! 以前の上司は、毎晩のよーに藤倉にキャバクラで接待されてたの! それだけが待ち遠しくて管理職目指したのに! なったらもう藤倉はヤクザやめちゃってて! ちっとも美味しい汁吸えないじゃん! こんな不公平ってあるか!」講釈師のごとく、雑誌で机をばんばばんばん。「接待以外に公務員が出世する理由なんてあんの? ないよあるわけないじゃん」
さすがにこの物言いは、納税者には聞かせられぬ。自分の親先祖が蒔いた種であるからして、ゆかりはなるべく口をつぐむつもりであったが、イヤミのひとつも出てこようというものだ。
「……公僕って言葉知ってます?」
「撲殺される公務員のことでしょ! 僕はもう課長だから、クレーマーに殴られるのは君たち部下の仕事だからね!」
その前にこっちが撲り殺してやる、とゆかりは一瞬キレかけたが、この無能のせいで刑務所入りなどごめん被る。無能だが、隠れ蓑にするだけなら利用価値もあろう。藤倉の名に関係なく、役所で確固たる地位を築くのだ。実際、地域振興課の業務は、ゆかりがいないと回らない程度にはすでに掌握済みだ。
「い・い・か・ら、課長はちゃんと管理業務してください。仕切りはタチバナがぜんぶやってくれるんだから、ラクな仕事じゃないですか」
「そうなんだけどさぁ……えぇっと……あれ?」
「まだ何かあります? 愚痴ならもう聞きませんよ」
「いや、そうじゃなくて。……あの人、誰?」
竹森は、管理モニターを通して見える、イベントホールの様子に目をやっていた。ステージ上に、背広姿の男性が上がる姿が映っている。
「カジノシトラスの監修って名目で、タチバナシステムが契約してるポーカープロですよ。確か、市原って名前の」
「ポーカーで、プロ?! トランプでお金もらえるの? はー、うらやましい。公務員が汗水流してるときに、遊んで稼ぐ人がいるとか、ホント世の中不公平……とっとっと、そうじゃなくて、……どっかで会った気が、するんだよね……」
「ポーカーの世界じゃ有名な人らしいですよ。もしかして、やったことあるんです?」
「いや全然。僕はバクチはいっさいやんない。いたってマジメな公務員ですから」
「……」
オイその手に持ってる雑誌は何か言ってみろ、というツッコミを、ゆかりは飲み込んだ。大檜のパチンコ屋は、ほぼ藤倉一家の持ち物だ。カモはカモのままでいてくれた方がいい。
そう───救いようのないカモは、そうとは気づかせずじわじわと茹で上げて、骨までしゃぶり尽くすべきものだ。利用できるところは、すべて利用する。当面は何の役にも立たなくとも、いつか時が来たら確実に自らの糧にするのだ。そのための準備は怠るまい……。
だから彼女は、何の気なしに竹森がつぶやいたその言葉も、しっかりと覚え込んだのだった。
「そうじゃなくてね……市原って名前も、なんかホラ……僕のニョーボの旧姓が市原でさ……そっちで、なんか、あったような……」




