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僕の私の創る世界  作者: 十六夜 あやめ
第二章 役者は練習曲《エチュニード》を奏でる
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役者は練習曲を奏でる3

ちょっとスピードあげて更新していこうと思います♪





 アレルが寝息を立てている中で黙々と筆を走らせるリィンスとリオン。かちゃかちゃとカウンターの向こうで食器を洗うアリエスは鼻歌をまじえている。太陽は頂点へ昇り、刺すような強い日差しが降り注いでいる。


「あの、リィンスさん? ちょっと休憩しませんか?」


「そうね。ちょうどお昼時だから息抜きしよかしら」


 筆を置いて両手を組んで椅子に座ったまま大きく背伸びをする。リオンも同じように小さくうなりながら背伸びをした。その間もアレルは起きる気配すら感じさせない寝顔をしていた。アリエスも洗い物が終わったようで一息ついて笑みを浮かべていた。


「お2人とも休憩?」


「ええ。さすがに隣であれだけ気持ちよさそうに眠られると疲れちゃうわ。リオンくんなんてちょっとアレルに釣られてたよ」


「ここ気持ち良くて眠くなります。時間の流れがなんだかすごくゆっくりな気がします」


「それわかる! ここにいると時間の感覚がちょっと分からなくなるの。幸せな時間が長く感じるのはいいことだから得した気分になる」


 カウンターの向こうでアリエスがお茶を用意してくれていた。


「頑張っているお2人にサービス! リラックス効果のあるハーブティーなんよー。あんなぁー休憩したらちょっとお遣い頼まれてくれん?」


 カップに口を付けてハーブティーを含む前にぴたりと手が止まった。タダではないようだ……。


「……なに?」


「あんなー明日作るケーキの材料がないんよー。やけ、精霊術科の校舎の中にある食堂から持ってきてほしいんよー」


 そう言って材料が書かれたメモ用紙を手渡された。カップを持ったままちらっとメモの内容を黙視した。メイプルシロップ・紅茶の茶葉・チョコレートほかびっしりの材料が書かれている。その多さから一人で持てる量ではないとリィンスはすぐに分かった。アレルを見るが早々に目を逸らし役に立ちそうにもないと自分の中で即答する。


「リィンスさんぼく手伝いますよ?」


「いい? ごめんね、悪いのは全部アレルだから起きたら怒っていいわよ。アレルさんが起きないからぼくが荷物運ぶことになったんですよって」


「アレルさんに言いませんよ。それに、ちょっと散歩して気分も変えたいなって思ってたんです!」


「リオンくんがそういうなら喜んで手伝ってもらうわ。帰ってきたらおいしいケーキと紅茶でも作ってもらいましょう」


「はい!」


「それじゃあちょっと行ってくるわ。アレルが起きたら反省させておいてくれる?」


「もちろん! 向こうに着いたらアリエスからのお遣いって言えば分かってくれるから! 勉強中なのにごめんねー」


 互いに手を振って涼しい店内からリィンスとリオンはうだるように暑い外に出た。



 アリエスの頼み事は今日だけのことではない。あのお店の経営はすべてアリエス一人で行っているのだ。掃除・仕込み・調理・芝の管理などを一人でほぼ毎日している。そのためアリエスの手伝いはなるべく断らないように心がけている。同じ歳の女の子が毎日遅くまで仕事をしているのはさすがに大変だろうと思ったからだ。


 数十分ほど歩いて精霊術科の校舎の中にある食堂に辿り着くと多くの精霊術科の生徒が食事をしていた。時計の針は真上より少し右にあった。


「すごい数ですね……。ぼく幻創術科の校舎しか知らないからこんなに生徒がいるなんて思いもしませんでした!」


「こんなのまだほんの一部よ。ここの棟は精霊術科の高等部しかいないもの。もちろんこの学園には初等部も中等部もある。ほかにも魔術科と武術科の初等部から高等部まであるからこの学園だけでも一度会うかどうかのような人もいるわ」


「この学園っていったいどのくらい広いんですか……?」


「うーん……わたしもよくは知らない。各校舎の距離は長くはないけれど初等部と中等部は少し離れてるよ。敷地内には競技場とかあるけれどあれはひとつの棟の生徒しか入れないから。噂ではこの学園の生徒すべてが入れる競技場があるらしいの。何処にあるのかは知らないけれどね」


「たぶん学生の間で敷地内の施設すべて回れないような気がします……」


「そうだね」


 食堂の厨房に顔を出してアリエスの言った通りにお遣いに来ましたと声を掛けると大きな声で「そこの袋全部持って行って!」と言われた。

 リィンスとリオンは唖然とした。


「……これってメモに書いてあったもの以外もない?」


「……はい。これはちょっと持てないですよ……」


 メモに書いてあったものはほんの一部にしか過ぎなかった。


 ――でも、これだけの荷物どうやってアリエス一人で運んでるのかしら……。


「リオンくん、ここにある軽そうなものいくつか持って。重たいのは私が持つから」


「ダメですよ! リィンスさんまだ右手怪我してるんですから! リィンスさんが軽いの持ってください。ぼくが重たいの持ちますから!」


 たくさんある紙袋から軽いものを選んでリオンはリィンスに手渡す。そして重たい紙袋を両手に持ってリオンはふらつきながら歩き出した。その後ろ姿はよちよちと歩く赤ん坊のような可愛らしい姿で思わず笑みがこぼれてしまった。


 ……もう。



「リオンくんの歩幅に合わせてたら日が暮れちゃってアリエスのケーキも紅茶も食べられないわ。さ、交換ね」


 リオンの両手から紙袋を軽く奪い取る。「はい」っと持っていた軽い紙袋を渡すとリオンは慌てて声を出した。


「えっ……!? ちょっと、リィンスさん!? だめですよ! 重たいですって!」


「だいじょうぶ。それよりも早く帰ろ」


 重たい紙袋2つを片手で持って早足で歩いていく。


「もう……。リィンスさん無茶しないでくださいね! 交代で持っていきましょう!」


 走って横に駆けてくるリオンにまたも笑みが出てしまうリィンスはリオンの歩幅に合わせて歩く。リオンの慌てて絡まりそうな足がゆっくりと安定していく。

 校舎を出て来た道を戻っていく。


「リィンスさん交代しましょう」


「リオンくんふらふらだよ?」


「だいじょうぶですよ……。暑さにも慣れてきましたから……」


「倒れたりしたらだめだよ? さすがにわたしもリオンくんを背負いながら荷物を三つも一緒に運べないから」


 冗談を交えながらプラタナスの日陰道を歩いているとリオンは「リィンスさんは意地悪です……」とふらふらしながらつぶやいた。その言葉にリィンスは



「――リオンくんを思ってるからよ」



 木々の葉と葉が擦れる音に耳を澄ませながらリオンのどんどん小さくなっていく歩幅に合わせて歩くリィンスはいつもよりも楽しそうだった。



 戻る途中。二人は木陰の下に設置されている三人掛けのベンチに座って休憩をしていた。まるでお風呂場にいるかのようなむっとした気温が歩く速度を奪っていく。その暑さの餌食になったものが一人。



「リオンくん大丈夫?」


「ごめんなさい……。少し休めば大丈夫です。ぼく……暑いの苦手で……。寒いのは全然平気なんですけど……」


「横になる? その方が楽だよ?」


「じゃあ……すこしだけ……」


 リオンはゆっくりとリィンフォースの隣で仰向けになった。目を閉じて気持ちよさそうだ。そんな彼の頭をリィンフォースは膝の上に置いた。もちろんリオンは驚いている。


「えっ!? ちょっと、リィンスさん!?」


「いいから。こっちの方がずっと楽でしょ?」


「うぅ……。恥ずかしくて死んじゃいますよ……」


「死んじゃったら困るなー」


 笑顔で答えるリィンフォース。「もう」っと大人しく目をつむって諦めるリオンだった。



 ……きっとアレルがいたら怒ってるんだろうな。そういえばアレル起きたのかな?


 一定のリズムで胸を上げ下げさせているリオン。その頭に右手を添えるリィンフォースはふとアレルが脳裏に浮かんだ。そして、寝起きのアレルがアリエスにくどくどとお説教されているのが視えた。その光景があまりにもよくできていて思わず笑ってしまう。その声に反応したリオンは薄く目を開けた。


「どうしたんですか?」


「うん? なんでもないよ」


「…………? だいぶ楽になりました」


 「おいしょっ」と一言口にしながらリオンは勢いよく起き上がった。その反動を生かして背伸びも行う。


「リィンスさんありがとうございました。もう大丈夫です」


「そう。じゃあいこっか」


「そのまえに荷物交代です! あと少しなんで大丈夫ですから!」


 そう言ってリィンフォースの持っている荷物を取った。そしてその代わりに自分の持っていた軽い荷物を渡した。


「さぁいきましょう!」


「うん」


 リオンの楽しそうで嬉しそうな笑顔に微笑みながら応え、軽くなった足取りで進んでいく彼の後をいつもよりも歩幅を大きくしてついていく。

 そのとき――。彼の左方向から火の玉が飛んでくるのが見えた。


「リオンくんしゃがんで!」


 持っていた荷物を放り投げて全力で走る。

 リオンはリィンフォースの声に反応して振り返る。しかししゃがむ気配は感じられない。

 だめっ! 間に合わない!


想像世界イメージ――緑のウォール!」


 息も思考もまともに整っていない中で幻創術を唱える。とっさの発動に雑念が混ざって思い通り創り出すことができず、薄っぺらく所どころ穴の開いた壁がリオンの背丈をぎりぎり覆う。


「――――っ!」


 ようやく気付いたリオンの視界に入ったのは目の前で燃え上がる炎だった。

 腰が抜けたようにリオンは尻餅を着いた。


「リオンくんっ!」


「リィンスさん! これって!」


 突然の出来事に何が起きたかよく理解していないリオンは動揺している。小刻みに震えている彼の体をぎゅっとリィンフォースは包み込む。

 炎の向こうから学園指定の真っ白なローブを頭から足先まで隠した生徒らしき者が歩いてくる。


「――ッハ! なんだよ……飛び級で高等部に入ってきた転校生はただのガキかよ。どんな幻創術で防ぐのか楽しみにしてたのに拍子抜けだぜ……」


「なんなのあんた! いったいどういうつもり!」


「なに、コンテストに向けて練習してたら間違ってそっちに飛んでってな。それがたまたま噂の転校生だったからきっと簡単に防ぐもんだと思ったんだけど……まさか気づきもしなくて、さらにそのまさか! お友達に助けてもらうなんて!」



 ……あの火の玉はきっと魔術。あの大きさからして中等部の二年生以上だわ。火の玉は基本的に直線にしか飛ばず五十メートルほどしか届かない。高等部になると自在に操れるようになって曲げたり形を変えたり飛距離を伸ばすこともできるようになると友達が言ってた。私たちから遠く離れたところで放ったとしても視界に入ってたはず。それならもっと遠くの所から操って放ったことになる。――ってことはあの火の玉を放ったのは高等部で魔術科の生徒。


「なにがたまたまよ! 狙って放ったんでしょ! それにあれは火の玉じゃなくて火炎だった! 攻撃性の高い中級魔術! それが生身の人間に当たったらどうなるかぐらいわかるでしょ!」


「へぇー魔術科でもないのにやけに詳しいな。そりゃ知ってるよ。服が燃えて黒く焦げ、深い火傷を負うことになる。場合によっちゃ最悪の事態に至ることもある……常識だろ?」


「知ってて……っ!」


 その者のさも当り前かのように話す姿に背筋が凍った。


「だから言ってるだろ? たまたまだって。そうだ、ついでにその転校生の幻創術みせてくれよ。噂になってるぜ? 飛び級生の幻創術師様なら簡単に防げるんだろっ!」


 ローブを纏った者の右手が二人に向けられる。その手は手袋などはしておらず素手だった。そこに魔術を行使するための陣はなく、紅く灯る火もなかった。その者からは何も飛んでこない。


「ハッ――」


 不敵な口元が覗き見えた。その笑みに気が付いたリィンフォースはすぐに後ろを振り向く。火炎はすぐそこまで迫っていた。

 リィンフォースはリオンを力いっぱいに抱きしめて背を向け、固く目をつむった。



「――そなたに願いを。我が友にやさしくあたたかい抱擁を。風の名を詠う契りをここに!」



 木々がざわめき草原が揺れ、その風はしゃがみ込んでいる二人の周りを包み込む。火炎は当たる前に風の壁に勢いよくぶつかってかき消された。熱を帯びた風は周囲に流れて消える。


「かき消した……。っ誰だよ!」


「感心しない。人を傷つけるなんてどうかしてる! 力の使い方を間違ってる!」


 固くつむっていた目を開けて声のする方に顔を向ける。そこにいたのはチェック柄の洋服に白いエプロンを着ているアリエスがいた。


「邪魔すんなよ……女がっ!」


 アリエスに右手を向ける。だがやはり火炎は手からは放たれない。

 火炎はアリエスの後ろから飛んできていた。

 アリエスは振り向かず後ろに左手を向け、素手で火炎を受け止めてしまった。


「あなた精霊術科の生徒でしょ。詠んだのは四精霊の火の精霊サラマンダー」


「――っ!!」


 ローブの者は右手を下して後ろに一歩下がる。


「相手が同じ精霊を詠ぶことができたら逆に利用されるんよ? 知らんかったのならこれ以上の攻撃は無駄やから引いたら?」


「やっかいな女が近くにいたもんだ……」


 舌打ちをして引き返していった。













 読んでいただきありがとうございました!感想・コメント・アドバイスなんでもよろしくお願いします。

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