役者は練習曲を奏でる2
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歩き始めて十数分。図書室を出て校舎に入り、一階にあるいくつかの扉を横目に通り過ぎる。昇降口で外靴に履き替えて外に出る。太陽の強い日差しがじりじりと肌を焼いてくように刺激する。生あたたかい風が吹き抜け、額から汗が流れる。ハンカチを取り出して汗を拭きとるリィンフォースとアレル。そんな中、黒いローブをいまも身に纏っている少年がふらつきながら歩いていた。
「リオンくんあついでしょ……。さすがにそのローブ脱いだ方がいいと思うよ? 熱中症になっちゃうよ……」
「冷房の効いてた室内から出たせいか……すごく暑く感じます……」
リオンの持っていた本をアレルに持ってもらい黒のローブを脱ぐ。身の丈ほどもあるローブは太陽の光を吸収して熱を帯びていた。それを左手に掛け、右手で額から流れる汗を拭う。ローブを脱いだことで彼は涼しげな顔をしていた。
――黒色のローブって秋冬専用ね……。
アレルに持ってもらっていた本を受け取り、まるで誘われるかのように広い庭の端にある、プラタナスの木が続く日影道に向かって歩いていく。
――やっぱり暑かったんだ……。
なにも言わずにリオンの横について歩くリィンフォースとアレル。木陰の中に入った瞬間、背中の方から涼しい爽やかな風がやさしく吹いた。
「すずしぃ~よぉ~」
気持ちよさを身体全身で表現するアレル。両手を広げ、くるくる回って風を受ける。ふわふわとした髪がゆるやかになびく。それと同時に制服のスカートが風にめくれた。
「アレル! スカートスカートっ!」
「ふぇ?」
スカートに目を落とすもまるで何事も起きていないかのようにやり過ごす。
「ちょっと! 下着見えてるって!」
「だいじょ~ぶ。周りには誰もいないから!」
右手でピースをつくって満面の笑顔で答える。しかし、そんなアレルの横で本に顔をうずめて真っ赤になっている少年が一人。
「あっ……」
その一言がこぼれた後、急に場が静かになった。風が木葉を揺らすさざめきの音だけが漂う。
ゆっくりとその沈黙を破ったのは顔を赤くしているリオンだった。
「えっ……と、暑いだけ……です……」
「アレル自粛しなさい」
「だぁね……」
頬をぽりぽりと掻きながら苦笑するアレル。
お詫びのつもりなのかアレルはリオンの持っている本を全て取って歩き出した。そして「さっきはごめんね」と謝っていた。リオンの顔はまだ少し赤く染まっていた。
プラタナスの道を抜けてまた強い日差しの下に出る。幻創術科の校舎から十数分ほど歩いた右側に見える競技場。各学科の実技試験はここで行われている。競技場の中はさまざまな力を行使する教師や生徒によって破壊されないように対各術強化がされている。外側は強力な結界が張られているため入るにはパスカードが必要になる。普段パスカードは各教師が管理しているため中間テスト以来入ってはいない。
競技場の横に建っているログハウス。ここがリィンフォースとアレルがよく来るカフェテリアだ。
「アリエスいる?」
「いらっしゃいませー。って、リィンスとアレル……それに、2人のどちらかの弟さん?」
カウンターから顔を覗き出したのはリィンフォースやアレルと同い年の女の子アリエス。制服ではなくチェック柄の洋服に白いエプロンを着ている。店内だが彼女はキャスケットを被っていた。アリエスなりの制服らしい。
「わたしいつものアイスティーをおねがい。アリエス紹介するわ、転校生のリオンくん。まだ14歳なのにわたしたちと同じ高等部の幻創術科なの。今日は勉強ついでにリオンくんを紹介しに来たってわけ」
「へぇー! 小さくてかわいいー! 2人の弟さんではないんよねーって、そーえーばリィンスもアレルも一人っ子なんよね」
店内に入ってすぐ左手に、アリエスが焼いたクッキーやパウンドケーキやマフィンが棚に並んでいた。その奥にカウンターがあり、いくつかの卓子と椅子がきれいに整えられて置かれている。卓子にはレースのテーブルクロスが敷かれている。店内から外のラウンジにも出ることができ、やわらかな風に吹かれながらお茶を楽しむことも出来るのだ。
いつものようにリオンが礼儀正しく挨拶をする。
「はじめましてリオン・エディアークです。とってもきれいでおしゃれなお店ですね! あ、えっと、よろしくお願いします!」
「そんな固くならんでいいよー。わたしはアリエス・パウンドってゆーの。このカフェテリアの看板ムスメであり、唯一の従業員なーの」
お互いに挨拶を済ませたところでカウンターに持っていた本や勉強道具を置いたアレルが戻ってきた。早々に皿を手に取り、各種類のパウンドケーキ、チョコやアーモンドやオレンジピール味を皿いっぱいに盛ってカウンターに座る。
「アリエスいいでしょ~。きっと好みなんでしょ~?」
にやにやしながらアレルは彼女に問う。
「むぅー。アレルには紅茶いれてやらんもん!」
「えぇ~! それだけはかんべんだよぉ~!」
カウンターから身を乗り出して両腕を伸ばし、ぶんぶんと振り回す。
リィンフォースはクッキー数枚とマフィンをひとつ皿に取り、リオンはパウンドケーキとマフィンをひとつずつ皿にとってカウンターに座った。
「リィンスはアイスティーだったね。リオンちゃんはなににする? 今日は初来店だからタダにしたげるよ」
「えぇっと、じゃあ――」
横目で隣のカウンターに身を乗り出しているアレルを見て、
「――アレルさんの頼むものといっしょでいいですか?」
「むぅ……。まぁ、リオンちゃんがゆーなら仕方がないや。アレル早く注文しなさいよね」
「リオンくんありがと~! じゃあアイスキャラメルフロート!」
「またお高い値段のをチョイスするやね……。けど、アレルは自分でお支払だかんね!」
「なぁ~んでぇ~!」
幼児のように駄々をこねる。リオンもこんな光景に慣れたのか、彼の表情はとてもやわらかくて思わず突いてしまいそうになるリィンフォースだった。
――――――――
「――それで、今日は勉強しに来たんよね? いいん? 食べるだけ食べて寝ちゃってるんよね……」
カウンターに両肘をつけ、重ねた手の甲の上にあごを置いてアリエスが呆れた顔でつぶやく。
広い窓から射し込む日の光を浴びて絶妙な空調の中で幸せそうにアレルは寝ていた。
「いいんでしょ。創技会で披露するテーマは決まっているらしいから。それよりもわたしよ……。一体何を創り出せばいいの?」
「ペガサスとかはできんの?」
「無理に決まってるでしょ……。あんなの教師でも創り出せないわよ。幻獣種の難易度は最上級だから高等部の生徒でも専攻している人少ないもの……」
リィンフォースは「難しいことはわかってる」とすやすや寝息を立てているアレルの顔を横目で見ながら小声で言った。
「それでもわたしは自分に挑戦してみたいの。わたしの想いにどれほどの力があるかを――」
図書室から借りてきた本に目を通し、勉強をしている真剣な彼に目を移していた。無垢で素直な瞳にはどこまでも広がる大空のようだった。そんな彼の邪魔をするのは気が引けたが声を掛ける。
「リオンくんは何かテーマはあるの?」
「え、あ、はい。えっと、ぼく空とか夕日とか目の前に広がる風景が好きなんです。だから、ぼくの見た綺麗な空を披露できればなって思うんですけど……どんな風に創って伝えようか迷ってます……」
「そこまで考えてるんだ……。さすがにわたしももうそろそろ真剣に考えないとやばいかも……」
「リィンスさんはまだ練習できるじゃないですか。ぼくなんて禁止令があるから練習すらできないですよ……」
そうだった。リオンくんはあの上から目線の保護者に止められてるんだった。
カウンターの向こうで洗い物をしているアリエスが不思議そうな顔で振り向く。
「禁止令?」
「えっと、ぼくが幻創術で実験室を壊しちゃって、レウに止められてるんです……」
「リオンちゃんレウってだぁれ? お友達?」
「えっと……」
まあなんて言えばいいのか迷うわよね。人間じゃないし精霊でもないし、妖精にしては上から目線でなんか堅い感じで可愛くないけど――でも、姿はリオンくんとほぼ一緒だから憎めないような……。
「レウはリオンくんの保護者みたいな存在よ。リオンくんよりもずっと小さくてなのに上から目線で――」
「なにやら楽しんでいるではないか」
――――!
飲んでいたアイスティーを吹き出しそうになるも必死に堪えて飲み込む。慌てて声のしたリオンの方に顔を向けると黒いローブを纏った小さなリオン――レウがふわふわと宙に浮かんでいた。明らかに何か言いたげな顔をしている。
しかし、レウの出現にリィンフォースよりも慌てているのはリオンだった。
「レウっ!?」
「どうしてここに……?」
「なに。菓子や茶を嗜んでいるのを見かけてな。そこの娘よ、我にも何かいただけるかな?」
ぽかっと口を開けたまま話を聞いていたアリエスはその言葉に敏感に反応し、ひっくり返った高い声で答えるとすぐにお茶を淹れはじめ、皿に焼きあがったばかりのマフィンをひとつ乗せて運んだ。
「ど、どうぞ、めしあがれです!」
「うむ。忝いな娘よ。この代金はリオンからもらってくれ」
「はぁ……」
この光景に慣れないのか、それとも信じられないのか、アリエスの返事は口の隙間から抜け出た吐息のような微かな声だった。
その間にレウはあつあつのマフィンの型紙を少しずつ剥がしていた。小さく千切って口に入れ、ドールハウスなどで使われるような小さなティーカップに紅茶が注がれて運ばれてきた。それを手に取って一度鼻の前で香りを楽しむ。
「いい香りだ。ポットもカップもよく温めてから淹れられている」
そしてゆっくりと口に運び、「よい味だ」と一言。
「どうもです……」
喜んでいいはずなのだが、あまりにも不思議な光景に嬉しさは内側に留まってしまった。
ぱくぱくと次々と口に詰め込んで紅茶を飲む。そのときのレウの表情はリオンが笑った時と同じ柔らかくてあたたかい笑顔だった。
聞くところレウがリオンと通じているのは目だけで耳まではつながっていないようだ。ここに来たのはあくまでも偶然だったらしい。
「馳走になった。また来てもよろしいか?」
「ぜひ来てください! なんかもっとおしゃべりがしたいけ!」
アリエスの瞳がきらきらと輝いている。アリエスの中でこのレウという不思議な生命体についての理解は済んだみたいだ。
「では我は失礼する。よいかリオン? けして幻創術は使うな。お前はまだ時期じゃないのだ」
……時期?
「わかってるよ! レウこそ勝手に現れちゃだめだからね! わかった?」
「我を驚嘆させる幻創を創れるようになったらその命令、確と聞き入れよう」
言い残すとすぐに姿を消してしまった。
「ほんとレウってリオンくんの保護者ね……。物言いもすごくきつかったわね」
「いつもですから慣れてますよ。それにしても、レウが甘いものをあんなに食べたの初めて見ました。きっとアリエスさんのが気に入ったみたいです」
「ほんとーに!? うれしいなぁー。今日はリオンちゃんもリィンスもレウちゃんも無料でええよ!」
「アレルは無料には入らないんだ……」
「入らんよ……。食べて寝ていじめてくる子には罰やね!」
アリエスがそう言い放つとアレルの表情が険しくなった。そして、うなされているのか寝言で呻いていた。
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