想いを込めた幻創曲3
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太陽がゆっくりと天頂に昇っていく。それに伴い、じりじりと上昇していく部屋の気温。天井で稼動しているはずの風送機にも気が付かないくらいの暑さ。
今頃、教師たちは冷房の効いた部屋で冷たい飲み物でも飲んでいるのだろう。もしもこの休憩時間が長かったのならば、学園内にあるカフェテリアでゆっくりとアイスティーを頼んで、優雅にくつろぎながら飲んでいるはずだった。
リィンフォースは首にまとわりつく汗をハンカチで拭き、今にでも洩れそうなため息を喉の奥にとどめていた。
ファルジオ戦術専修学園の基本的な講義は午前と午後の二回に分けられる。午前はさらに二回に分けられ、定義や理論の講義を受ける。午後は幻創術の講習を見て、実際に行い己の技術を磨く。そして各学期の期末テストは必ず演習課題が課せられる。1学期の期末テストは風景の幻創が演習課題として課せられていた。基本はこの繰り返しだ。高等部の1年生はほとんどの時間をかけ、幻創術の基本を学ぶことになるわけだ。外部から講師を招くことは滅多にない。
リィンフォースやアレル、他の生徒もだが、同じ幻創術科に所属していながら少し違うものを専攻している。
リィンフォースは主に幻獣種の幻創を学び、それに対してアレルは、現存している生物について勉強している。
生物系の幻創には主に2種類に分けられる。
ひとつはこの世界に存在して今も生きている物。鳥や猫や犬など。
もうひとつは、この世界に存在しない空想上の生き物。昔は存在したというらしいが実際のところはよくわかっていない。たとえば、ドラゴンやフェニックス、ペガサスにフェンリルなどだ。
現存しない幻獣種の幻創は難しく、この学園で教えれる教師は2人しかいない。その教師たちでさえもドラゴンやフェニックスの幻創はできないと聞いたことがある。生徒がせいぜい創れるのは精霊系や妖精系のシルフやエルフ、イフリートくらいらしい。
「さあ、みんな揃っているかしら?」
服の上から白いローブを羽織ったメアリ教師の声が3階にある実験室に響き渡る。
幻創術の演習は一班3人1組で行う。
幻創者1名、記録者1名、それと緊急時に備えて補助者が1名。
リィンフォースの班はアレルと2人で、まだ1人足りていなかった。そのため、彼女らの班にはいつもメアリ教師が同伴している。
「そうだわ。リィンフォースさんにアレルさん? まだ2人の班だから、そこにリオン君を入れてもいいかしら」
転校生のリオン。今日来たばかりの小さな男の子だ。このクラスの最年少として、学園長のスカウトを受けた生徒として有名な子。話してみた限りではとっても礼儀正しくて優しい性格だった。そんな彼の主な幻創をまだ誰も知らない。みんなは彼に興味津々で、彼を自分たちの班に加えようと勧誘をしていた。しかし彼の性格上、断れずに困っている姿をさっきから見ている。そして、彼も瞳を潤ませて私たちを見ていた。
リィンフォースとアレルは目を合わせてメアリ教師に申し出る。
「先生、私たちの班にリオン君を入れていいですよ」
そう言うと、彼を勧誘していた班から批判が飛んできた。
「ちょっと待てよリィンフォース! リオンは俺たちの班に入るべきだぜ!」
その言葉に反応して教室がより一層熱を帯びていく。そんな中、アレルはメアリ教師に冷静に話しかけていた。
「――ですよ。リオン君は転校してきたばかりで馴染めずにいます。彼も困っているようですし、まだ友達もボクたち以外にいないと思います。初めは知っている人がいる班の方がリオン君は安心するのではないでしょうか。他の班に比べたらボクとリィンスの方が面識があると思いますよ?」
アレルは誰もが納得のいく答えをを話した。アレルのすごいところは頭の回転の速さだ。即座に誰もが納得する内容の文を頭で構築しているのだ。そしてそれを冷静に、正確に伝える。彼女のそれは幻創術なんかよりももっとすごいものだと思う。私には到底出来ないことだから。
アレルの説得に納得したメアリ教師はリオンをリィンフォースとアレルの班に入れることを正式に決めた。
彼もほっと肩の力を抜いている。
それでも納得していない連中もいたがあきらめて席に戻っていった。落ち着きを取り戻した教室の真ん中をリオンが小走りで駆け、一番後ろの実験台に来て座った。
「さて、始めましょうか。今日もまず、おさらいからしましょう。期末テストで出されるからしっかりイメージして。風景のイメージの基本をしっかり頭に入れてから行うのよ」
メアリ教師の合図とともに部屋の中は活気に溢れる。
「さ、誰からやるか決めるわよ」
3枚のカードを裏にして混ぜ、1枚づつ引いていく。
「ボクが一番最後だよ~」
のほほんとした口調でアレル。
「わたしは二番ね」
一番最初じゃなくてよかった。基本知識全部覚えてないから今のうちに覚えよ。……ということは。
「……えっと、僕が最初になります」
「うぅ~ん、いきなりリオン君で大丈夫~? 向こうのスクールでも基本は学んできてるんだよね?」
頬杖をつきながらゆっくり喋るアレル。
「基本は勉強しています……。でも、僕はその……あまり成功したことがなくて……。自信がないんです」
「何かあったら私が助けてあげるから。自信を持ってやってみて」
彼はコクっと頷き、実験台の上に置いてある黒色のローブを手に取って纏った。まぶたを閉じて意識を集中させている。
今回の幻創は風景の、空と草原。
どこまでも広がる空と広大な一面の草原を創れるようになることで、幻創術の持続やリアル感を向上させることができる。創る風景は自由だ。朝日が昇る瞬間の空だったり、夕日が沈む前の空だったり。しかし、色合いやグラデーションのような複雑なものほど、創り出すのは困難である。
転校してきたばかりの彼が創り出す幻創を一目見ようと、クラス全員が息を殺して見守っている。
彼は想像を膨らませていく。青い、どこまでも広がる果てしない空。
視界に入りきらない広大な草原。
「想像世界――」
リオンの体が微かに光りだした。それは想像した風景のチャネルが現れたことを意味する。青と緑の2重螺旋。ゆっくりとまぶたを薄く開ける。ぼやけた視界に意識をさらに集中させる。徐々に光が強まり……突然、ふっと消える。
それが意味するのはチャネルが完全に開いたということ。
――「空と草原」――
その瞬間、教室に強風が吹き、水道から勢いよく水が飛び出した。
「なにっ……!?」
アレルの悲鳴に続いて次々と苦悶の声が上がる。
創り出したのは空や草原でなく、ただの突風。
「そんな……! こんな……はずじゃ……」
リィンフォースにはリオンの声のみ鮮明に聞こえていた。
……どうしよう。このままだったら怪我人が出ちゃう。リオン君を止めさせないと!
リィンフォースは強風が吹き荒れる中、リオンのもとに少しづつ歩を進めていく。
「リオン君落ち着いて! 落ち着いてチャネルを閉じて」
リオンは黙って目を閉じ、暴走しているチャネルへ意識を集中させる。
開いている扉を閉じるのはシンプルな方法だ。〝閉じろ《クリア》〝と命令するだけ。だが、相手の幻創術に介入して止めるのは高度な技術がなければならない。高等部の2年生後半に習うもので、とても1年生に出来ることではない。
プリントや実験器具が宙を飛び回っている。強風は竜巻のように円を描いているようだ。いつ危険な物が飛んでくるか分からない中、リオンはチャネルの暴走を止めようとしていた。
そのとき彼のもとに、飛び回っていた丸フラスコが飛んできた。
「リオン君危ない!」
リィンフォースはリオンを押し倒し、丸フラスコを右手で防いだ。しかし、それにはひびが入っていたらしく、当たったと同じくして割れてリィンフォースの手に破片が刺さった。
「ぃっ……!」
「――!! リィンフォースさん!」
真っ赤な血がぽたぽたと滴り、吹き出す水によって薄められていく。透明な赤い液が床を覆った。
「想像世界――反想像〝閉じなさい《クリア》〝!」
唱えたのはメアリ教師だった。
吹き荒れていた風は止み、宙を飛び回っていた物は床に落ちた。教室内は蛍光灯が割れ、実験器具も壊れ、水道管も破裂していた。メアリ教師は怪我をしているリィンフォースに生徒二人をつけて医務室へ行かせた。危険な状態にある部屋から生徒たちを教室に戻し、リオンは職員室に呼び出された。
「リィンス~、まだ痛む?」
頭上が青紫色に染まる空の下をリィンフォースとアレルが早足で歩いていく。学園内の購買部で購入した雑貨や包帯などが入った紙袋をアレルが抱きかかえている。
「それはもちろん。今日怪我したばかりだし……。数時間で治ったら苦労しないよ」
リィンフォースは肩をすくめながら苦笑いをした。
右手に巻かれた包帯に触れると、電気が流れるような痛みがくる。数時間前の授業でガラスの破片によって受けた傷。右手を怪我したことで、日常生活に多少の支障が出ることになった。傷はあまり深くなかったものの、医務室でがっちりと包帯を巻かれてしまった。
寮へと向かう道の街灯が灯る。昼間に火照った身体に夜の涼しげな風が吹く。肺の奥まで澄み渡っていく気持ちいい空気。上を見上げるといくつかの星が瞬き始めていた。
……そういえば、リオン君どうしてるかな?
ふと立ち止まって、校舎の方を振り返った。
あのあと――
医務室で包帯を巻かれたあとに実験室へ向かった。改めて見ると窓ガラスにはひびが入り、蛍光灯は割れ、実験器具は床に散乱し、破裂した水道からは水が滴っていた。教室へ戻ると、クラスのみんなに頭を下げて何度も何度も謝っているリオンの姿があった。彼はしゃがれた声で「ごめんなさいごめんなさい」と、涙を流しながら頭を下げていた。
ホームルームが始まっても、リオンは下を向いたまま顔を上げなかった。みんなが励ましの言葉を掛ける。『大丈夫だから気にするな』とか、『リオンのせいじゃないよ』とか、『これから学んでこうね』とか。
リオンは笑顔で「ありがとう」と言った。その笑顔が引きつっていることに誰もが気づいていた。彼は笑いながら心で泣いていた。
みんなが教室から出ていくと、リオンはゆっくりと立ち上がった。鞄も持たずに教室を出て、職員室の方へとぼとぼと歩いて行くのを見た。
リィンフォースはリオンの後を追いかけた。すると、彼が教師ひとりひとりに謝り続けていた。メアリ教師。学園長。他の教師方。事務の方。そして、怪我をさせてしまったリィンフォースに。
幻創術の失敗は誰にでもあることだ。仕方がないこと。ましてやリオンは若干14歳。転校してきて初めての授業。緊張しないわけがない。それに、クラス全員が彼を凝視した中だった。成功するはずがない。そうリィンフォースはリオンに言ったが、彼は「ぼくのせいで……」と、うつむきながら自身を責めていた。
やはり簡単に立ち直れるはずがない。リオンの背中が普段よりもさらに小さく見えた。
そのとき、校舎の2階、実験室の真下の教室に明かりが灯った。
カーテンが閉められているようだが光は洩れている。人の姿まではみえないが――誰だろう。
「リオン君……? いや、まさかね」
その声は風に乗って、夜の空へと消えていった。
アレルの話を流しながら聞いていると寮が見えてきた。今日は昨日みたいにこそこそする必要がないため、堂々と表門から入る。アレルがガラスでできたドアに向かって軽く助走をつけ、肩から突っ込んで開けた。すると、勢い良く開いたドアが、下についているゴムのクッションに当たり戻ってきた。アレルは「えっ」と短く口にすると同時に、ドアにぶつかった。
「ちょっと、アレル!」
アレルの持っていた紙袋が宙を舞い、中身がばら撒き出される。
鈍い音が響き、「なんだなんだ」と生徒たちが集まってきた。
リィンフォースは急いで散乱した荷物を拾い集めて紙袋にしまう。そして、昇天したアレルを引きずりながら部屋に戻った。
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「リオンはどんなものを創りたいの?」
母が夕日に染まる空に視線を向けていった。
「ぼくは、誰もが幸せになるようなものを創りたいです」
母の空をみつめる表情はいつもより優しかった。
「ねえリオン? 本当の幸せっていったいなんだろうね」
リオンの顔を見てそう問いかけた。
「ほんとうの幸せですか……?」
リオンは沈んでいく夕日をみつめながら考える。母と一緒に同じ時を過ごし、同じものを見ていることが幸せではないかと感じた。
「お母さんがいること……かな?」
「リオンは本当に優しい子ね。でも、それは正解とは言えないわ。本当の幸せに気が付いたとき、きっと見える世界が変わるわ。そして、創りたいものが見えてくる。いえ、向こうから創ってほしいと出てくるわ。そうだ、今度いいものを創ってあげる。これから先、きっと役に立つはずよ」
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「なぜ我がいないときに幻創術を発動させた?」
耳元で聞こえる声。詰問ではない。ただ、素直な疑念が鼓膜を揺らす。
「自身が一番わかっているはずだ。忘れるはずがないだろう。なぜだ? なぜ発動させた? 現状のお主では適わぬというのに」
…………。
机にうつぶせたまま聞き流す。それでもレウは静かな声量で続ける。
「我がいないときに暴走が止まったのは偶然だ。教師でも止められないときはある。あんな結果になるのも分かっていただろう。あの場で血を流した娘もいたな。昨日会った者だったか。大した傷ではないが、怪我をさせたことに変わりわない。リオン、あの娘に真実を語れ。……でなければ、これから先は一緒にいられなくなるぞ」
――――!!
それは……いやだ。
口には出さず、心の中でつぶやいた。
でも、挑戦してみたかった。わかっていたことでも。仕方がないじゃないか。みんながぼくに期待していたんだから。
「それは、あの娘に対する言い訳か?」
心の中で言ったつもりが、口に出ていたらしい。
レウの言っていることは違う。
「ちがう……。言い訳なんかじゃない。ぼくはみんなに見てほしかっただけなんだ。幸せになってもらえるような幻創を……」
「本当の幸せとは一体なんだろうな?」
…………。
「気づけずにいる間は幻創術の発動を禁止する。今のお主にとって、それが一番の幸せだ」
その一言でリオンは何も口に出せなくなった。
「だがしかし、あの程度の傷なら3日もあれば完治するだろう」
ここらへんが人とは違う意見。レウは人の姿ではあるが、人ではない。生物でもない。幻創術だ。いくら似ていても人の思考には至らない。レウが気にしているのは外見の傷だけ。だが、リオンが気にしているのは内面的な部分も含まれる。責任、償いも含まれるということだ。
「ううん。レウにはきっとわからないだろうね――」
「だから、気にしてないってば。ぜんぜん平気よ。それに、あの時は私以外の人、動けそうになかったし。ガラスを素手で受け止めようとしたのも悪いしね。気にすることなんてないんだよ」
「そうだよね。気にすることなんて…………って…………えっ?」
不意に入り込んできたのは女性の、それも最近よく聞き慣れた声。慌てて体を起こし、後ろを振り向くリオンの正面。
教室の扉にもたれ掛かるように、右手に包帯を巻いた少女が立っていた。
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