想いを込めた幻創曲2
どうぞ♪
夕食後、リィンフォースはお風呂に入った。アレルには悪いが、ゆっくりと湯に浸かっていた。お風呂から上がると、アレルは部屋にいなかった。
……どこにいったんだろう。
パジャマ姿のまま廊下に出る。巡回人から判を押してもらったあとは、十時までなら寮内を自由に歩いたりしてもいいのだ。もちろん、たくさんの生徒が廊下に出ている。また、巡回人に申請すれば外への外出も認められている。範囲の制限は特にないが、九時までに戻ってこなければ成績の点数が減り、進級や卒業に影響が出る。
食堂かな?
廊下を真っ直ぐ進む。突き当りを左に曲がり、大きな扉を開く。食堂には何人か食事をしたり、話をしている生徒がいる。その中にアレルがいた。なんだか、男子生徒と話しているみたいだ。邪魔するのも悪いと思い、帰ろうとすると逆にアレルが私を呼び止めた。
「どうしたの?」
「リィンスいいところにきたよ! あのね、この子ね、この学園に転校してきたんだって。それでね、いま話してたところなの」
この子ってことは年下なのかな?
「はじめまして。パジャマ姿でごめんね。わたしはリィンフォース・ティアノンっていうの。えっと……」
「あ、はい! ぼ、ぼく、リオン・エディアークといいます。この学園に今日転校してきたばかりで……。寮のことわからなくて……。アレルさんにお世話になっています」
藤色の綺麗な髪に女性のような、柔和な顔立ち。思春期の男子にしてはあまりにも幼い。学園のローブではなく、私物のローブ。黒いローブに身を包んでいる。それよりも、こんな真夏に黒のローブって―― だが、それよりも気になっているのは、彼の隣に浮いている生命体だった。
「ねぇ、リオン君、その子は一体何? 幻創術で創ったの?」
「えっと、この子はレウっていいます。母の幻創術から創られています」
レウという生命体は微かに光っている。リオンそっくりの顔をし、同じような黒いローブを纏っている。一種の妖精のようなものだ。
「そうなんだぁ。改めて幻創術ってすごいと感心するわ。こんな生き物も創り出せれるんだ。それにしても、リオン君そっくり――」
「あまりジロジロ見ないでくれ。君も幻創術を学んでいるのなら驚く必要なんかなかろう」
「しゃ、しゃべった!」
リィンフォースとアレルは驚いて大きな声を出してしまった。いままでたくさんの幻創術を見てきた彼女たちも、人の形をした幻創術を見たことがない。ましてや、言葉を口にするなんて想像もできなかった。それにしても、リオン君の声に似てる。
「君たちももっと学べば創れるようになるだろう。幻創術は自分の想いを形にする術、伝えるための術だ」
……このレウって子、なんで上から目線なんだろう。ちょっとむかつくかも。
アレルは興味津々にレウを見つめ、触ったり捕まえたりして、逃げ回るのを追いかけている。
「それで、リオン君は明日から登校するの?」
「はい。でも、どこにいけばいいかわからなくて……。受付室に行きたいんですけど……」
「それなら明日のほうがいいかな。今日はもう外出できないからね」
彼は少し困ったような顔をして俯いた。
リィンフォースは簡単に、彼に受付室のある場所を教えようとした矢先、横からアレルがレウを捕まえながら言った。
「ねぇ、リィンス? 明日の朝ね、一緒に登校してあげようよ。どうせ受付室は校舎の中にあるんだから」
アレルはしっかり追いかけながらも話を聞いていたようだ。そして耳打ちで、「リオン君を見捨てるわけにはいかないよ」と囁いてる。たしかにアレルの言う通りだ。一緒に登校するのが一番正確で簡単だと思った。
「リオン君。明日一緒に登校しない? 受付室も案内してあげるから。どうかな?」
彼は顔を上げて目をきょろきょろと動かしている。ローブの中で手をもじもじしているのもわかった。
「えっ……でも、ご迷惑じゃないですか?」
リィンフォースとアレルは顔を見合わせて笑った。
「全然! 迷惑だなんて思ってないよ」
曇っていた表情は晴れ渡り、ありがとうございますと一礼をした。
彼女たちはリオンに明日の集合場所と時間を伝え、食堂を後にして部屋に向かって歩き始めた。
「リオン君は今日どこで寝るの? まだ部屋がないならリィンスの部屋においでよ! 楽しいよ」
「こら、アレル! リオン君も男の子なんだから! それに、私の部屋汚れてるから恥ずかしいよ……」
彼は少し顔を赤らめて、アレルの補足をするように口にした。
「あの、僕は部屋を与えてもらっているので大丈夫ですよ。わざわざ気を遣ってもらってすみません」
彼の性格なのだろう。律儀に一礼をした。その真面目で可愛らしい容姿に頬が熱くなった。
「僕はこっちなので、今日はありがとうございました」
「また明日ね、リオン君」
彼に手を振って分かれたあと、アレルの方からリオン君がもがいている様な声がする。
「我をどこに連れて行こうとするのだ。早く離してもらわねばリオンとはぐれてしまうのだが……」
アレルは自分でも忘れていたのか、驚きながらレウを離した。レウはやれやれと言わんばかりの表情を浮かべ、リオンの元へ戻っていった。彼の姿が見えなくなるのを確認してから部屋に戻った。
――――
「ねぇ、リィンス? リオン君って何科に入るのかな?」
アレルはリィンフォースのベッドの上で天井を見つめながら呟いた。
「どこの科に入るのんだろうね。もしも幻創術科だったら後輩だね。アレルは聞かなかったの?」
「忘れてたよぉ~。あと、後輩になるのかな?もしかしたら同い年かもしれないよ?」
「いや、それはないでしょ。アレルよりも幼く見えたもん。きっと中等部あたりだろうね」
アレルはむむっと体を起こし、リィンフォースに飛び掛ってきた。
「リィンスぅ! それってボクがお子さまみたいってことかい?」
「うん」
考える時間なんて必要ないほど即答してあげた。
「むきっー! 今日は絶対に寝かせてあげないよ! リィンスの耳元でずっとチャネルについての定義や理論、ボクが知ってる星について話し続けるから!」
それだけは勘弁してほしいかも……。いくらテストが近いからってそれは無理。
「はいはい、ごめんね。じゃ、寝よ。おやすみなさい、アレル」
「なにその適当な返事! それに話し終わってないよリィンス!」
なんだかんだでアレルが先に眠ってしまい、リィンフォースはなかなか眠れないまま朝を迎えることになった。
「アレル! はやく起きないと待ち合わせ時間に間に合わなくなっちゃうよ! リオン君と一緒に登校するんでしょ!」
布団に包まってなかなか起きようとしないアレルを揺すり、声を掛ける。
アレルは唸りながら抵抗し、意地でも寝ようとする。
時計を確認してさすがにまずいと思った。仕方ない――
「ここは強引に起こすしかないか……。起きなさいアレル!」
布団を引っ張り、アレルをベッドから引きずり落とす。
鈍い音を立て、頭に手を当ててアレルは起きた。
「い、いたい……。頭が痛いよ……リィンス……」
「起きないアレルが悪い。さぁ、早く支度して。リオン君を待たせちゃうよ」
まだ眠そうな半開きの目を擦っている。寝起きのアレルは頭の回転が遅く、状況を把握、理解するのに時間が掛かる。私にとってアレルが泊まった日の朝は、その日の一番のストレスにも繋がっていた。
「うん……。ねぇ、リィンス?」
「なに?」
「朝ごはんある?」
「ないわよ。それも起きないのが悪い。早くしないと先に行くわよ?」
目をまん丸にしてすっと立った。そして、時計を見て状況を把握したようだ。
「待ってまって! すぐに用意するから!」
アレルは急いでパジャマを脱ぎ、制服に着替える。あちこち跳ねている髪を直している時間はなく、水でぬらして手櫛で梳く。
そして、部屋に鍵を掛けて駆け足で集合場所へ向かった。
学校の正門前。その前に黒いローブを纏い、片手に青い封筒を持って立っている少年が1人、朝日に照らされている。
「あっ! リィンフォースさん。アレルさん。おはようございます」
リオンはすでに到着していた。ローブが暑いのか、持っている封筒で扇いでいた。
「ごめんね、リオン君! 少し遅れちゃって……。アレルがなかなか起きなくて大変だったのよ」
「ボクだけのせいじゃないでしょ? リィンスがね、来る途中に靴紐が解けて結び直すのに時間掛かったんだよ~」
「私はが掛かった時間はせいぜい一分。遅れる理由には直接関係してないでしょ」
アレルは「そうかな?」と首を傾げる。
リオンはそんな彼女たちのやり取りを微笑みながら眺めていた。
「さて、行こうか。早くしないとリオン君に迷惑掛けちゃう」
横に3人並んで門をくぐり、受付室のある校舎に向かった。
校舎に近づくにつれ、朝練をしている部活動の声が聞こえてくる。
この学校にはたくさんの部活動が存在している。小さな部や同好会なども合わせると数えられないほどあるだろう。朝練を毎日しているのは武術部だ。
武術部は基本、武術科で学ぶことのできない武術を習得するために創られた部だ。ほとんどが武術科の生徒で男ばかり。数人女の子もいると聞いたことがあるが見たことはない。
一度は見学をしにアレルと行ったが、あまりにも練習が恐ろしくてすぐに立ち去った。
校舎へ入り、1階にある受付室に向かう。朝でも昼でもたいして混み合うような処ではなく、リオンの手続きはすぐに終わった。
「あの、僕はここで待っていないといけないので……」
「そっか。じゃあ、また何かあったらこの校舎の2階にきて。たぶん今日はずっといるから」
アレルは手を振りながらにこにこ笑って、
「用事がなくても来ていいからね~。ばいばい、リオン君。あっ! レウちゃんはどうしたの?」
……アレル、たぶんだけれどあの妖精みたいのも男の子だよ。
「あぁ、レウなら部屋で寝ています。起こすのも悪かったのでそっとしておきました」
「レウちゃんにもまたねって言っておいてね~」
リオンに手を振りながら別れ、2階にある教室へと向かう。
教室に入るとすでにたくさんの生徒が椅子に座って談笑していた。
リィンフォースは窓側の一番後ろに座り、アレルが私の前に座る。アレルは鞄を机に置くと振り返った。
「リィンス! なんだかね、みんなが言うにはこのクラスに転校生が来るんだって! どんな子かなぁ~?」
目を輝かせて想像している。
こんな中途半端な時期に転校してくるなんてどんな子だろう。だからざわついてるのか。
「転校生ってどんな子かな?」「男の子? 女の子?」「どんな幻創術が得意なのかな?」「わたしはきっとかっこいい男の子だと思うな」など。
みんな転校生の話題で盛り上がっている。
「リィンスはどんな子だと思う?」
「んんー、どんな子だろう。……あ、もしかして――」
想像していると教室の扉が開き、担任のメアリ教師が入ってきた。
入ってきて、そく生徒の質問攻めをくらう。
「転校生来るんですよね!」「男の子ですか! 女の子ですか!」「早く紹介しましょうよ」
「もうそんなに噂になっているの? 隠していたのに、どこから漏れたんでしょう?
皆さんも知っての通り、この幻創術科に転校生がきます。ちなみに14歳。このクラスの最年少です」
クラスの空気が途端に熱を帯びた。アレルが振り返り机をばんばん叩いて感嘆の声を洩らす。
この学園はもともと厳しい年齢制限は無い。初等部は5歳から入学できる。各学科の入学試験(学力検査と能力検査)に合格すれば入学できるのだ。それに、飛び級制度もある。中等部には5歳の子がいるのを先生から聞いたことがある。
だが、それは珍しい一例だ。私たちのいるこの高等部は普通なら16歳から。それを14歳で来るということは、学力が高いか能力が高いかのどちらかに決まっていた。
「さあ、みんなに紹介するわ。リオン君入ってきて」
……リオン君?
扉を開け、ファルジオの白い制服を着て、片手に黒いローブを持った少年が入ってきた。
藤色の髪に女性のような柔和な顔立ちをした幼い少年。緊張で肩が少し上がり、目を潤ませている。私と彼の目線は重なり――
「あれぇ? リオン君だぁ。やはー」
リィンフォースが口を開くよりも先にアレルが奇声を上げた。彼はびくっと驚いたものの、声のした方を向いた。目を丸くして。
「……あれ? アレル……さん?」
――やっぱり。
そもそも、気付かない方がおかしかった。昨日彼と会っていて今日の朝も一緒に登校していた。それに、彼の持っていた青い封筒。あれはこの幻創術科の専用の封筒だった。つまり、このクラスに転校生が来ると聞いた時点で彼だと気付いて当然だったのだ。
「さっき以来だね。後ろにリィンスもいるよ~」
アレルは後ろを向いてリィンフォースの手を持ち上げた。あの、恥ずかしいよ……。
「……おはよう、リオン君」
「あ、リィンフォースさん。おはようございます」
丁重に挨拶をしてくれるのはありがたいが、クラスの視線は彼より彼女たちに集まっていた。
「リィンフォースの知り合いなの? あの子、小っちゃくてすっごく可愛いね」
私の右斜めに座っている友人が意味ありげな言葉を掛けてくる。
アレルの手を振り払い、小さくなる。恥ずかしいことこの上ない。
「リィンフォースさんにアレルさんはリオン君と知り合いなのね?」
一連の会話を聞いてからもう一度疑問符を浮かべる。
「もちろんです!」
アレルは間髪を入れずに答えた。
「リオン君よかったわね。分からないことはあの2人に聞くといいわ。でも、このクラスのみんなはあなたのことを知らないから自己紹介してもらえる?」
「あ、はい……」
彼は壇上で姿勢を正し、一度頭を下げた。
「えっと、僕の名前はリオン・エディアークといいます。地方の学校に通っていたんですが、いつかはこの学園に来たいなって思っていたところ、こちらの学園長にスカウトされて来ました」
「学園長がスカウト!」「マジで!」「それってすごくないか!」
教室中をより熱が帯びていく。
ぽんっと少年の肩に手を乗せ、メアリ教師は教室内を見回す。
「リオン君に質問がある人はいる? たくさん答えられる時間はないけれどいいわよ」
「はい! 俺! 質問いいですか!」
端の方で威勢のいい男子生徒の声が響いた。
「ええいいわよ。なにかしら?」
「14歳でこの高等部に来るってことは相当な力を持っているんじゃないか? よかったら得意な幻創を創ってくれよ!」
その質問に彼は少々困っているようだった。
「えっと……僕は……その、あまり得意じゃなくて……」
「なんでもいいから!」
彼はまぶたを閉じて小さく口を開く。教室に沈黙が漂いはじめた。彼の口から言葉が紡ぎだされる。
「想像世界――」
皆が息を殺し、次の言葉に集中したところで、ちょうどホームルーム時間終了の鐘が響いてきた。
彼はびくっと目を開け、先生が残念そうな表情を浮かべた。
「いいところでチャイムが鳴るわね。この続きは次の授業にしましょう」
左右から「え~っ!」とブーイングが飛び交う。
そして彼はほっと胸を撫で下ろしていた。
読んでいただきありがとうございました。
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