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僕の私の創る世界  作者: 十六夜 あやめ
第一章 想いを込めた幻創曲《プレリュード》
2/17

想いを込めた幻創曲1

 読んでみてください♪

「ねえ、アレルまだ?」


 時を刻む音しか聞こえない教室で、アレルが黙々と白い表紙の本を読んでいる。

 陽がおちはじめ、下校を告げる鐘が鳴る。教室に入り込んだ日差しは二人を包み込んでいく。



「あとちょっと……」



 潤んだ栗色の瞳を輝かせながら読み続ける。アレル・ミンティア――

 小柄な背丈に愛らしい幼顔をしているのが特徴の少女。私と同じ十六歳なのだが外見の印象とのんびりした口調ゆえ、二つ三つ幼く見える。



 …………。



「もう少し待って、リィンス」



半ばあきれたまなざしを送り、リィンフォース・ティアノンは軽くため息を吐いた。


机に落書きをして時間を潰す。好きな歌詞を書いたり、ネコやウサギのイラストを描いたり。何度か横目でアレルを見る。



夕陽に照らされ、本を読む姿は絵になっていた。神秘的な空間がそこには広がっていた。アレルはときには笑ったり、涙を流したり、様々な感情を表現して読んでいる。


 ずっと動かずに読んでいるアレルを見ていたはうつらうつらと船を漕いでいる。



 時間は刻々と過ぎていく――



 ふと教室に響き渡る、鐘の音。



「ふにゅ~読み終わった~」


 本を閉じて椅子に座りながら体を伸ばす。小さく唸りながらあくびをひとつ。


「リィンスぅ~まった?」



 鞄に本を片付け横を見るとすやすや寝息を立てているリィンフォースがいた。口からよだれを出して気持ちよさそうに寝ている。


「お~いリィンスぅ~! 夜だよ~!」


 耳元で教室に響く声を張り上げる。リィンフォースはびくっと飛び跳ねて目を大きくして立ち尽くした。


「おはよーリィンス。いや、こんばんは?」


 なにが起きたか解らないらしい。眠そうな目を擦ってまだ夢の中にいる。


「リィンスぅ~帰ろうよ~おなかすいたよ~」


 リィンフォースの肩を激しく揺さぶる。力の入ってない首は上下左右に振られる。

 やっと目が覚めた彼女は教室にある時計を見て苦笑いを浮かべた。


「ねえアレル? まさかこんな時間まで読んでたの?」



 六時四十分。深く重たい闇を湛えた空にたくさんの星が誇らしげに輝いている。

 一際強い光りを放っているのはこと座のベガだ。



 …………。



 前に正座占いを勉強していたアレルがやたらと自慢げに、いろいろ話していた。もっとも、今でも覚えているのははくちょう座のデネブとわし座のアルタイル、ベガからできる夏の大三角形しか覚えていない。



「にゃはは。ちょっと続きが気になって…………」



 手を合わせて謝るアレルに肩をおとした。怒ろうとも思ったが静かな教室で女子生徒が怒鳴っているの

を教員たちに聞かれたらどう言い訳していいか判らない。それに、下校時刻を過ぎているのがバレたら絶対に説教される。



「いいや、帰ろうかアレル」



 しょんぼりするリィンスの顔を見てアレルは首を傾げた。



 見渡す限り延々と続く歩道を歩いて半時間。やっと目的の建物が視界に浮かび上がってきた。



 ファルジオ戦術専修学園。いま最も注目されている新設専修学園だ。だが、本当のところは新設の学園ではない。歴史のある名門校なのだが校舎の所々が痛んでいたらしく、数年前に改修工事が行われている。

 学園内の資料室で昔の校舎の写真を見たことがある。昔から建っている校舎は工事後もほとんど変わらず、現在も面影を残している。工事の際、世界多国からの援助をもらい、敷地面積・施設設備・教員数・学科数、ともに他の専修校より頭二つ抜けることとなった。


「ねえ~リィンス~」


 甘ったるい声で猫のように擦り寄ってくる。アレルが甘え寄ってくるときは必ず何かある。


「おなかすいたし~家に帰るの面倒だから泊めてくれない?」



 ――やっぱり、思ったとおりだ。



「夕食作るの手伝ってね。それと、宿題もね」

 

了解で~す。元気よく応え、スキップをし始めた。



 リィンフォースは学園内にある学生寮に住んでいる。家から通学した場合三時間ほどかかってしまうため、独り暮らしを決意した。

 アレルは毎日家から通学している。だが、いつも夜遅くなると、決まって自分の部屋に泊まるのが習慣化している。


「期末テスト近づいてきたね~」


 前でスキップするアレルがうれしそうに口を開いた。その頬は薄っすら赤めいていた。


「どうしてそんなにうれしそうなの……?」


 理解できないまま、リィンフォースは飛び跳ねるアレルの背中に向かって口にした。

 アレルは中等部のときからテストが好きだった。普通なら嫌うのが一般だろう。必死に勉強して、点数が取れないのを誰でも一度は経験する。それが普通であり一般だ。でもアレルは違う。



 一度もそんな経験をした覚えがない。



 私だってそこまで点数は悪くはないけど……。でも、アレルと比べると、本当に自分が勉強しているのか不安になるよ。



アレルが言うには――


「先生の授業をしっかり聞いて、ノートを綺麗にとる。そして、家に帰ったら復習する。だいたい四時間ぐらいすればいいよ~。勉強しっぱなしも良くないから気分転換も大切にね。あと、寝る前に予習をするんだよ。そうすれば必死に勉強しなくてもテストでいい点数取れるよ~」



 ――らしい。十分必死に勉強しているよ……。私には到底できない理想のプランだ。


「そこまで勉強してアレルは何になりたいの?」


 スキップしながら半回転して、リィンスの方を向いた。


「ボクはね~教師になりたいな~」



「教師かぁー。あ、たしかアレルのおばあちゃんは教師だったんだよね?」


「うん、そうだよ~。幻創術師だったの。おばあちゃんの幻創術はすっごく広くて鮮やかで、温かかったな。人見知りでインドアだったボクに外で遊ぶ楽しさと、世界を魅せてくれたんだ~。お日様とか花とか風とか、それこそ匂いや温度まで感じるくらいにね。いまでもあの感触は覚えてるよ~」


 満面の笑みを浮かべながら懐かしそうに語る。今のアレルが引きこもりだったなんて想像もつかない。たぶん誰が聞いても信じないだろう。


「そうやって魅せてもらったから……」


 足を止めた。アレルが胸の前で両手を握り瞳を閉じる。




想像生物イメージ――蛍」




 手から鮮やかな黄緑色の光りがあふれ出す。両手をゆっくり離すと幾つもの眩い光り達が宙を浮遊しはじめた。目の前を優雅に通り過ぎる。



「ボクの幻創をおばあちゃんに魅せてあげたいの」



 驚いた。いや、素直に感心した。アレルが幻創術を学ぶ理由が身内用だったなんて。

 幻創術は自分が想像できるのなら、たとえどんな風景だろうと、生物だろうと創り出すことができる。それは戦闘にも、舞台での披露にも使える。そんな派手な術をまさか身内用に使うなんて考えたこともなかった。


「でもまだ下手だから頑張らないとね」


 ……アレルが一生懸命に勉強するのは目標があるからなんだ。もし、わたしだけの幻創ができたら、やっぱり――




バン! バババババン!



「うわぁ!」


 いきなり響いた破裂音に驚いて、声を上げてしまった。

 音の発信源はアレルが創り出した蛍である。



 なにかを考えていたのだろう。なんとなくだが、花火でも想像していたに違いない。

 慌ててアレルを落ち着かせる。


「アレル! イメージして! え~と、雪! 雪をイメージして!」


「う、うん! 想像世界イメージ――スノウ!」


 次々破裂していく蛍が季節外れの雪に変わっていく。

 響き渡る破裂音は止んだ。だが、恐怖が一気に胸の中に膨れ上がっていく。



 ……先生が来るのは何分後だろう。


 十分。


 五分。


 いや、三分。



 頭の中を時間が飛び交う。


「アレル! 全力で帰るよ!」


 アレルの手を握り、駆けだした。


 外灯(がいとう)が照らす道を走る。木々のざわめきを抜けると、胸の高さぐらいある門に突き当たる。門を飛び越えたそこは学生寮の自転車置き場だ。



 夜間の生徒のものだろう。数台が無造作に停められている。

 すでにさっきまでいたとこは、教師が数名集まってきていた。

 息を切らしているアレルを負ぶって、寮内に入る。逃走成功だ。私はすぐに右に曲がった。そこの廊下の一番奥が私の部屋だ。



 恐怖が消え、胸に達成感がわきあがってきた。



 しかし!



 部屋の鍵をかばんから取り出した瞬間だった。


「そこ! 何時だと思っているの! 学生は七時までに部屋にいないといけないでしょ! こっちにきなさい!」


 背後から、誰かの呼ぶ声。

 慌てて振り返ると水色の腕章わんしょうを付けた女子生徒が立っている。風紀委員だ。しかも、三年生を示す赤色のブレスレットをしている。


「あ、あの、すいません! この子が教室に忘れ物をしたんで取りに行ってたんです」


「いいからきなさい!」



 アレルを降ろし、しぶしぶ彼女の元へ歩いていく。


「ふたりともなまえと所属学科は?」


「リィンフォース・ティアノン、幻創術科です」


「アレル・ミンティア、幻創術科です……」



「同じ幻創術科か。校則は分かってるでしょう。しっかり守ってください。急いで戻ってきたみたいなので先生には報告しないでおきます」


 まさか、アレルの幻創失敗で、先生から逃げてきたなんて言えるわけがない。



「ありがとうございます!」


「以後、気を付けるようにして下さいね」


 巡回にもどる姿を見送り、ようやく部屋に入ることができた。

 まずベッドの上でうつ伏せに寝転んだ。

 身体がだるかった。

 隣でベッドによしかかるアレルは、口を開けてぼぉーとしている。



「ねえ、夕食の準備でもしようか」




 …………。




 疲れているせいか、返事すら返ってこない。


「あのさぁ、リィンス」


 天井で稼動している送風機を横目で捉えつつ、アレルは口を開いた。


「ボクって才能ないのかな……」




 ……突然なにを言いだすんだか、まったく。




「アレルは才能あるよ。成績優秀で容姿も悪くない。いや、むしろ嫉妬するくらいかわいい。それでいて気取らない。幻創術もわたしより綺麗で、鮮やかで、広いし。才能にあふれてると思うよ?」


「でも、さっき、失敗しちゃったし……。リィンスに迷惑かけちゃったし……。ボクって――」


「はーい、やめ!」



 泣きはじめたアレルの頭を軽く叩く。ベッドから下りてこぼれる涙を拭った。


「失敗して当たり前なんだよ。プロの幻創術師じゃないんだから。

それに、わたしは全然迷惑だなんて思ってないよ。気にすることないから。

アレルはもっと自信を持たなきゃ! 泣いてるアレルなんて見たくないよ」


「なにさぁ~、ボクだって女の子なんだよ。泣くときだってあるもん」


「アレルには涙は似合わないよ。笑って、走り回って、おなかすいた~って言うアレルが一番似合ってるよ」


「むっ。それはボクが男の子に似てるって言いたいの?」


「そんなこと言ってないよ」


「言ってるよ!」



「ほら、泣き止んだでしょ。先にお風呂に入っていいから、その顔を洗っておいで。上がってくるまで

にご飯作っておくから」


 椅子のうえに置いてあるバスタオルを無理やり押し付け、脱衣所(だついしょ)に押し込み、カーテンを閉めた。


「ちょっと! まだ話は終わってないよ!」


「タイムリミットは二十分。早くしないとお風呂の電気消しちゃうからね」


「リィンス! ちょっと――」


 アレルを無視して鼻歌を歌う。台所に向かい、冷蔵庫の扉を開けた。

 中にはひとり暮らしにしてはしっかりと食材が入っている。よくアレルが泊まるせいか、買い溜めしているのだ。


 学校には食堂もあるが、お弁当のほうが安く済む。まあ、アレルの分も作っているため、結局は食堂で食べる値段と同じくらいだ。

 アレルの好きな食べ物を考える。次に、明日のお弁当に入れるおかずを考えた。



「よし、ハンバーグにしよう! アレルも喜んでくれるよね。さて、はじめますか」


 黄色のエプロンを着けて、準備に取り掛かる。


「あと十五分くらいかな~」


 時計を横目で捕らえつつ、ひき肉と玉ねぎをこねた。




        ――――




「遅くなったのはゴメン! でも! 本当に電気消しちゃうなんてひどいよ!」


「言ったじゃない、タイムリミットは二十分って。それに、アレルが時間を守ってくれると信じて、温かい夕食を用意しといたのに……。冷めちゃったじゃない」


「……ごめんなさい」


 しょげるアレルをみて、くすっと笑った。



「じょうだんだよ。 いま、あったかいご飯もってくるから、アレルは蔵庫から飲み物だして」


 ぱぁーっと笑顔になったアレルが、私に抱きついてきた。


「もう! 準備できないでしょ」


「リィンスだ~いすき!」



「はいはい」とアレルを振り払う。笑顔のままキッチンに小走りで向かい、冷蔵庫からお茶を取り出してテーブルに運んだ。機嫌がよくなったアレルは、他にも皿の準備やコップにお茶を注いだり、いつもより働いていた。


「さ、食べようか」


「いただきま~す!」


 アレルは満面の笑みを浮かべて、ハンバーグを口の中へ入れていく。


「おいしい?」


「うん! サイコーだよ! リィンス天才!」


 「ありがと」とだけ言ってリィンフォースも口にした。おなかがすいていたから、より一層おいしかった。






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