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僕の私の創る世界  作者: 十六夜 あやめ
第三章 覚醒の胎動・奇想曲《カプリス》の調べ
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覚醒の胎動・奇想曲の調べ4









 創技会コンテスト当日。

 一緒に寮を出たリィンフォースら三人だったが、忘れ物を取りにアレルは引き返してしまった。そして、各更衣室に移動するため、リィンフォースとリオンは分れた。

 高等部専用女子更衣室を開けた途端、鼻を突く強烈な香水の匂いが飛び出してきた。一歩を踏み出すことすら戸惑わせる匂いに、思わずリィンフォースは後ずさりした。その後ろから大きな袋を抱えた、陽気にはしゃいでいるアレルがやってきて、香水の漂う中へ、まるで気にもしないように入っていった。


「リィンスどうしたの? 入らないのぉ?」


 不思議そうに私の顔を覗き込むアレルはいつも通りの表情をしていた。


「いや、その……気にならないの?」


「へ? あぁ~もしかして香水のことぉ?」


 ハンカチを鼻に押し当てながら首だけを縦に振って答える。


「まぁ~みんなそれだけ気合が入ってるってことだよ! 今日は年に一度の大舞台だから仕方ないねぇ~」


「もしかしてアレルも香水持ってきてたりするの?」


「もちろんだよぉ~香水を忘れたから取りに戻ってたんだから」


 この女の私ですら入るのに抵抗があるのに、さらにアレルの香水も加わるなんて……。

 ひとつやふたつの香水の匂いならいいのだが、さすがに生徒の数だけ集まると悪臭に近い。


「早くしないと遅刻しちゃうよ?」


「うん……早く入って着替えて出ればいいのよね……」


 恐る恐る更衣室に足を踏み入れる。外で嗅いでいた匂いの数倍は濃い。急ぎ足で空いたロッカーを探す。


「あ、リィンフォースとアレルこっちこっち!」


 教室で私の右斜めに座っているエイナが手招きをしていた。ロッカーを先に取っておいてくれたようだった。


「遅かったわね。もうみんな着替え終って会場の方へ向かっちゃったわよ?」


「ちょっと香水の匂いがきつくて……」


「わたしも入るとき鼻を押さえたわ。でももう慣れたよ」


 エイナはすでに着替えていた。ワンショルダーのフリルが付いた、綺麗な黄緑色のロングワンピースドレス。身体のラインが浮かび上がっている。普段の彼女の穏やかで清楚な感じとはまた違う、大人の雰囲気を纏っていた。


 普段は制服が指定されているが、創技会コンテストの時やイベントなど、特別な日はドレスなどの私服を着てもいいことになっている。年に数度しかない貴重な機会だ。わたしにとってはどうでもいいことだけど……。ちなみに、女子はほぼ全員がお気に入りのドレスを着る。初、中、高の女子生徒がドレスを着るため、会場は一種のファッションショーに毎年なっている。男子の多くはジャケットや燕尾服テールート、ローブやコートを纏って術師を強調する者もいる。


「エイナのドレス綺麗ね」


「えっ……そう? ありがとう」


 鏡を見ながら唇にルージュの確認し、リップグロスを塗って前髪を整えるエイナの顔は赤くなっていた。


「リィンフォースももちろんドレス着るんでしょ?」


「えぇ。でも本当はドレス着るのは嫌だったのよね……歩きにくいし、疲れちゃうから――」


 実のところ、リィンフォースは制服のままで創技会コンテストに参加しようとしていたが、今朝アレルにそのことを言うと、正座をさせられてお説教受けてしまった。


 なんで、どうしてドレス着ないの! 年に数回しかないアピールできるチャンスなのになんで? リィンスは背も高いし綺麗な身体してるし、最高のプロポーションなのにもったいないよ。いつも制服なんだからたまにはオシャレしてもいいと思わないの? それに、もしも優秀生徒に選ばれたときに制服でいいはずないでしょ。だから――と言った具合に怒られた。


 あまりにも真剣な目で熱く語られたら、ドレスを着ないわけにはいかなかった。そのため、仕方がなかくクローゼットからドレスを引っ張り出したのだが、そのドレスを見てアレルがまたも大声を上げた。

 

 だめだよリィンス! それは去年来たドレスでしょ! ボクは毎年同じリィンスを見たくないの! う~ん、この赤いドレスとっても素敵じゃない! リィンスは赤色がすっごく似合うからこれに決定。こんないいドレスあるのに着てないなんて信じられないよ――と。


 ――なるべく目立ちたくないのよね……。わたしが最上級生ならいいんだけれど、まだ一年生だから批判されそうで……。


「ねぇねぇリィンス! 今回のために新調したこのドレス可愛いかな?」


 袋からドレスを取り出して誇らしげに掲げている。黄色を基調としたふわふわのペティコートロングドレス。肩のストールが薄橙色で出来ていて、裾に白い生地のレースが付いている、アレル好みの可愛らしいドレスに仕上がっていた。


「きれいな色ね。アレルにぴったりなドレスじゃない」


「えへへ~ありがと~」


「わたしも早く着替えて出なきゃ。この匂いやっぱりきつい……」


 制服を脱いでドレスに着替える私とアレルの隣で、化粧を終えたエイナが口を挟む。


「去年あたりから露出の多いドレスとか派手なドレスを着る人がいると注意されたりするらしいよ。何人かの人は会場から出されたって聞いた。アレルのは余裕で大丈夫だけど、リィンフォースは派手なの着ないでしょうね?」


「そんなの着ないわよ。ドレスを着ることだけでも恥ずかしいのに……」


 持ってきた袋の中からドレスを取り出す。アレルの選んだ赤いドレス。高等部に上がった時に両親からもらった大切なもので、まだ一度も着たことはなかった。アレルの言う通り、いい機会なのかもしれない。一度も着ないのは両親にも悪いし、高等部に入ってからの初めての創技会コンテストだし。


「エイナぁ~後ろの紐を締めてくれる?」


「ええいいわよ。アレルのプロポーションはまだまだ子供だから、うんっときつく締めないと歩いてるうちに脱げちゃうわねぇー」


「なにおぉうっ! 誰が子供だぁ! ボクは素敵なレディなんだぞぉ~!」


 アレルが口を尖らせる。むきになるところが子供っぽいのだが、口に出さないように黙って着替えを続けた。


「ねえエイナ、アレルの終わったらわたしのもいいかしら?」


「いいわよ。リィンフォースのその綺麗なドレス姿を一番最初に見られるなら」


「何言ってるのよ……。アレル、着替え終ったら先に行ってていいわよ。私も早く着替えたいけど、ちょっとエイナに手伝ってもらわないといけないみたいだから」


「うん、じゃあ先に行ってるね。開会式まであと四十分だから三十分にはここを出た方がいいよ!」


 ドレスと同じ色合いをしたドレスシューズを履いて小走りでアレルが更衣室から出て行った。

 他の生徒も更衣室を後にしていく。しかし、皆アレルとは違って優雅にゆっくり歩いて出ていく。これが大人と子供の差なのかもしれないとリィンフォースは感じた。

 制服をロッカーに仕舞ってドレスを着る。レースも刺繍もないシンプルな仕上がりのドレス。胸の紐を首の後ろに回して結んでもらう。さらに背中の紐をリボン編みにして締めてもらった。


「ありがとう。ごめんね、手伝わせちゃって」


「いいよ。走って行きたくなかったんでしょ? アレルのことだから手を引っ張って会場に向かってたろうね」


「そうね、だからエイナに頼んだのよ。いい感じの締め具合だわ。さぁ行きましょう走りながらじゃなくて、優雅に――」


 濃い香水の匂いが漂う更衣室からようやく外に出たリィンフォースは大きく深呼吸をした。息しにくいなぁ。そして、高等部に入ってからの初のドレスを着て、傷もくすみも一つない新しいドレスシューズを履いて、優雅に歩くエイナの横で、ぎこちなく会場まで向かった。




「リィンスにエイナこっちこっち!」


 事前に渡されていたパスカードを使用して競技場の中へ入ると、十分以上も前に到着しているであろうアレルが、まだ受付を済ませずにロビーのソファに座っていた。



「アレルどうしたの? 待っててくれたの?」


「うん。でもね、まだひとり来てないんだよ」


「そういえば、いつもリィンフォース達といるリオンくん、今日はまだ見てないなー」


 受付会場を見渡すが、リオンらしき人物は見当たらない。受付で生徒にパスカードと鍵を交換している教師は、会場に出入りしているすべての生徒を一覧表でチェックしていた。リオンが会場に来ているかアレルが聞いたところ、まだ来ていないらしい。


「だいたい同じ時間に更衣室に入ったから、こんな遅くなるはずないと思うんだけど……」


 香水が充満した更衣室に入るのを躊躇ためらい、ドレスに着替えるまでの時間を考えると、男子よりは長い間更衣室にいたと思う。ローブや燕尾服テールコートと比べても、圧倒的にドレスの方が着替えに時間が掛かる。


「……何かあったのかな?」


 受付会場の入り口からメアリ教師が入ってきた。スリムなジャケットにブーツカットパンツと、授業をする時の白衣姿ではなかった。胸には白いコサージュを付けている。

 リィンフォースはメアリ教師に近付き、リオンをここへ来るまでに見なかったか聞いた。


「いいえ。ここへ来る道ではリオンくんには会いませんでしたよ。私は女子更衣室と男子更衣室に生徒が残っていないか確認してきましたが、電気も消えていて誰もいませんでしたよ。まだリオンくんは来てないのですか?」


「はい……。さっきアレルが受付で確認したみたいなんですけど、まだ来てなくて……」


「それは大変ねぇ。もうそろそろ開会式も始まるし、私がリオンくんを探してくるわ。パスカードと鍵は交換してあるわね。あなたたちは先に入ってなさい」


 メアリ教師の言葉をソファに座ったまま聞いていたアレルは突然立ち上がって、ドレスのしわも直さないで小走りで駆け寄ってくる。アレルの姿を見たエイナもつられて小走りで駆け寄ってきた。


「ダメです!」



 この会場のどこにいても聞こえるような声でアレルは叫んだ。


「……えっと、何がダメなのかしらアレルさん?」


「ボクたちが捜しに行かないなんてダメです! リオンくんはボクたちも捜しに行きます!」


 アレルってほんとに子供みたい。でも、言うとおりだわ。


「すいません。わたしもアレルと一緒に捜してきます。エイナは開会式に参加してていいから!」


 リィンフォースとアレルは頭を下げて受付会場を飛び出した。二人の姿を呆然と眺めているエイナは、メアリ教師に「会場の中にいる教師に事情を話しといてくれるかしら。私は他の教師の方々に声を掛けてみるから」と頼まれた。追うか戸惑っていたが、今から彼女たちに追いつけるはずもなく、捜す場所の当てもないため、会場に入って教師を捜すことにした。




                   ――――――――




「これはまた、綺麗な正面門ゲートじゃないか。『ようこそノア様』って、僕が来ることをどこかですでに知っていたのかな。隣に彼女がいないのは本当に残念だが、せっかく来たのだから彼女の子供と、これを造った人に会いたいな。装飾の花や配色の一つひとつが繊細に考えられていて、時間を掛けて造られたのがよく分かる。強い想いがいっぱい詰まっている。ここまで歓迎されてしまうと恥ずかしいものもあるな。まったく、今日の創技会コンテストは見どころがたくさんありそうで楽しみだよ」


 正面門ゲートに付けられている装飾に触れた手を離し、ゆっくりとくぐりながら会場へと向かって行く。その横を学園指定の真っ白なローブを纏った人物が駆け抜けていった。身長を見るからに男子のようで、会場に向かって全速力で走って行く。


「いやいや、まるで昔の僕みたいだな。遅刻しないようにいつも走っていたかな」


 ――ただいまより、創技会コンテストの開会式を行います。生徒の皆様は各席に着席し、待機して下さい。教師の皆様、参列される来賓の方は、中央会場のグランドフロアまでお越しください。


 会場内に設置されているスピーカーからアナウンスが流れ、明灰色のローブを翻すディアノーク・クラウディア。


「おっと、いけないいけない。これじゃ本当に昔のままじゃないか。遅刻したらアイギナ先生に、いや、ユレイニアム学園長に叱られてしまう。後輩たちの前で叱られるのだけは勘弁してほしいものだな――」






                   ――――――――





「リィンスリィンス! いたよリオンくん発見!」


 アレルが真っ先に向かったのは男子更衣室。メアリ教師が電気は消えていたと言っていたが、煌々と光を放っしていた。更衣室にはすでに更衣を済ましたリオンと、見たことのない男子生徒が一人、何かを探している。そこにアレルの声を聞いて駆け付けたリィンフォースが到着した。


「あっ! アレルさんにリィンスさん!」


「リオンくんどうしたの? もう開会式始まってるわよ」


「えっと、ぼくの隣で着替えていた先輩の方が、どこかにパスカードを落としちゃったみたいなんです……。それでずっと探してて……」


 まったく、リオンくんったら本当に優しいんだから……。


「あの、どこで落としたか覚えてないんですか?」


「えっ……。更衣室に入ってからは持ってたんだけど、着替えてる途中に消えちゃったみたいなんだ……」


 盗まれたってこと? でも、全幻創術科の生徒はパスカード持っているから、盗む必要はないわよね。間違って誰かが持って行ったのかしら――って、


「ちょっとアレル! なにしてるの! そんなことしたらせっかくのドレスが汚れるわよ!」


 新調したばかりのドレスだというのに、四つん這いになってロッカーの隙間を一つ一つ覗いている。引きずるように進むため、ドレスに埃が付き、体重の掛かっている部分が皺になっていく。気にもしていないアレルは、四つん這いの状態で顔だけを上げて、リオンの隣で必死に探している男子生徒に問う。


「ねぇ、あなたが着替えてるとき、隣とかに怪しい人とかいなかった? そうだなぁ~あまりいい噂を聞かない人とか、見たこともない人とか」


「え、あ、えっと、隣とかはクラスメートだったけど……。たしか服を脱いだときに、生徒とぶつかったような。ローブを頭から被っていたから顔は見えなかったなぁ。……あれ? いま思い返すとあの生徒おかしいぞ? 創技会コンテストだっていうのに、学園指定の白いローブを着てた。高等部の生徒で指定ローブを着て参加する奴なんていないぞ……」



「あっ!」


 声を上げたのはリィンフォースとリオンだった。二人の息の合った反応に、アレルはすっと立ち上がり、ドレスに付いた埃を払う。


「なになに、ボクの知らないところでそんなに仲良くなってたのぉ!? でっ、何か分かったの!」


 息の合った二人はさらに、アイコンタクトだけを交わして頷く。


「アレルがアリエスのお店で寝てた時ね、わたしとリオンくん、精霊術科の生徒に襲われたのよ」


「えぇ~そんなの聞いてないよ!」


「ごめんごめん。でね、その生徒が学園指定の白いローブを頭から被っていたのよ。もちろん顔は見えなかったんだけど、なんだか今の話を聞いてたらその人が思い浮かんだのよ」


「ぼくも思い浮かびました! 更衣室でロッカー探してるときに白いローブ姿の背中を見ました!」



 リィンフォースの横を、急に黄色い風が駆け抜ける。


「どうしたのアレル!」


「もしもリィンスとリオンくんを襲ったその生徒が、その人のパスカードを使って会場に入ってたら危険だよ! パスカードを盗んで入ってるとしたら、絶対に何かする気だよ! 急いで教師の人たちに伝えなきゃ!」


「そうね。あんなのが会場に入っていたら何をするかわからないわ! リオンくんもあなたも、会場まで走るわよ!」



 更衣室の灯りも消さずに、慣れない服と靴を履いたまま、最悪の状況を伝えるために会場へ走る。












 ご愛読ありがとうございます。

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