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僕の私の創る世界  作者: 十六夜 あやめ
第三章 覚醒の胎動・奇想曲《カプリス》の調べ
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覚醒の胎動・奇想曲の調べ3








  太陽が頂天に辿り着いた頃。リィンフォースは右手に巻かれていた包帯を解いた。薄っすらと傷は残っているが、痛みはほとんどなくなっていた。


 学生寮の窓の外に白い制服に身を包んだ生徒達が学舎へ歩いていく。午前中の気温をさらに上回る暑さが大気を揺らし、遠くの方に陽炎が現れている。吹きつける風は温かく、喉を通って肺に流れ込む空気は身体の水分を奪っていく。夏空に浮かぶ高い雲はゆっくりと形を変えながら流れ、時折、動物のような形をしていた。


 校舎に着いたリィンフォースら三人は階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。教室に入ると大半の生徒が登校していた。誰の机の上にも大きな段ボールが置かれている。カバンを机の横に掛け、段ボールの口を塞いでいるテープを剥がして開けた。中には色とりどりの造花とフローラテープ、緑色の紙を巻いてあるワイヤーに赤色のリボン、そして、はさみが一本入っていた。明日の創技会コンテスト正面門ゲートや会場の装飾に使われる小物だ。


 リィンフォースが教室を見渡す。皆各自で作らず、数人のグループを組んで楽しそうに作っているようだった。アレルとリオンを呼んで机を合わせ、必要な材料を机に広げていく。



「ぼく手先不器用なんですよね……」


 造花とリボンを片手に、作る前から不安な顔をしているリオン。また、その逆もいた。


「だいじょうぶ! ボクが教えてあげるよ~」


 不安とは対照に、満面の笑みがこぼれている。すでにワイヤーを曲げて造花に引っ掛けていた。フローラテープを伸ばしながら、造花とワイヤーに巻きつけていく。


「ねぇアレル? わたしはこういうの作ったことないから分からないんだけれど、どうしてテープを伸ばして巻いてるの?」


 えへん。と言わんばかりに平らな胸を反らす。威張るほどなの……?


「それはねリィンスぅ~こうしてテープを伸ばすことで粘着性が増すんだよ~。つまり! 壊れにくくなるの!」


 アレルの言ったと通り、伸ばさずに巻いたテープと比べると、粘着性も強度もまるで別物だった。

 思い通りにテープを巻けずにワイヤーを曲げてしまっているリオンに、ゆっくりと一つ一つの動作を確認しながら教えるアレル。普段の彼女なら集中力が途絶えてすぐに放り出してしまうが、妙に細かく教えている。


「えっと、こう……ですか?」


「うぅ~ん、もう少し伸ばしながら……こぉ~」


 互いに苦戦している前で、黙々とワイヤーにフローラテープを巻いていくリィンフォース。段ボールの底に挟まっていた説明書を取り出し、書いてある通りにテープを巻いたワイヤーを束ねて、大きな白い花を中心に固定する。中心の花を引き立てるために周りは小さめの花で飾り、茎が見えなくなるようにフローラテープを巻いたあと、リボンも巻いてブーケが完成した。


「えぇ! ちょっとリィンスぅ~。ひとりでさくさく進みすぎだよぉ!」


「だってほら、周りに比べたら進行遅いし……。アレルはリオンくんに教えてるから誰かが作らなきゃならないでしょ」


「そうだけどさぁ~。いいもん、ボクとリオンくんの二人ですぐに追いつくんもんねっ!」


「それはそうと、なんだか上機嫌ね。いつもよりも集中してるし何かあったの?」


 アレルはテープを伸ばした状態で手を止めて笑みを浮かべた。言う前から何か良いことがあったのが分かる。「耳貸して」と言うアレルに、机の上に体を乗り出して口元に耳を傾ける。


「大きな声出しちゃだめだよ? さっきね、すれ違った生徒が言ってたんだけど……今回の創技会コンテストに〝あの幻創術師〝が審査員で来るかもしれないんだって」


 口元から耳を離し、乗り出していた体を元に戻す。そして、目を輝かせているアレルに聞く。


「あの幻創術師って言われてもたくさんいて分からないわよ……」


「ほら、在学中にすでに元帥の称号が決まっていたっていう天才幻創術師。リィンスと図書室に行ったとき何度も見せたことあるでしょ~?」


「あぁ! たしかディ――――」


 アレルが急に身を乗り出し、伸ばして粘着性の増したフローラテープで私の口を塞いだ。勢いよく倒れた椅子の金属音が教室内に響く。その音に、クラス全員が一斉に私たちを見た。鳥籠に入っている鳥の気持ちが痛いほどよく分かる。僅か数秒の出来事だったが、精神は酷く疲れていた。一瞬で静寂に包まれた教室はゆっくりと元の賑やかさを取り戻していく。唇に貼られたフローラテープを痛くないように少しずつ剥がす。ようやく取れると、アレルは椅子を起こしながら私の顔を見て怒っていた。


「ごめんごめん……。それにしても、そんな有名人がほんとに来てるの?」


「きっとほんとだと思うよ。だって、校長室に入っていくのを見たって言ってたし――」



 歴代の幻創術師の中でも特に有名な人物が、このファルジオ戦術専修学園を卒業している。若干、二十歳で最高位の称号、『元帥』を手にした天才――ディアノーク・クラウディア。当時の記録は、雑誌や新聞の切り抜きをまとめた、一冊の本として資料室に置かれている。よくアレルが「この人みたいになりたい!」と言っていたのを思い出した。



「――だからすっごく楽しみなの! 憧れの人に会えるんだよぉ~。はりきって作らなくちゃ!」


 話しながらも手を動かすアレルは、すでに三本のワイヤーにテープを巻き終えていた。その隣でようやくコツを掴んだリオンが、二本目のワイヤーにテープを巻き始めていた。

 フローラテープを巻き終えた造花を束ねてブーケを作っていく。完成したブーケを段ボールに戻し、教卓の横に置いた。すでに作業を終えた生徒は明日の創技会コンテストに向けて練習をしに教室を出ていた。アレルとリオンと相談し、アリエスのお店に行くことになった。教室を後にして校舎を出ると、メアリ教師とすれ違い、声を掛けられた。



「あら、三人とももう終わったの?」


「ええ。何か御用ですか?」


「ちょうどいいわ。会場の飾りつけを手伝ってくれないかしら。内装は終わったのだけれど、門の装飾がまだなのよ」



 アレルとリオンに確認をとる。とくに目的がはっきりしていたわけではなかったため、二人とも了承した。


「いいですよ。じゃあ教室の装飾品持って向かいますね」


「ええ、お願いするわ。デザインは好きにしていいわよ。何か困ったことがあったら近くに教師がいるから聞いてね。あ、それとこのパスカードで競技場内に入ってちょうだい」



 メアリ教師が駆け足で去っていった後、下りてきた階段を再度上がって教室に戻り、先ほど置いた段ボールを一人二つ抱えて会場へ向かった。




 三人はアリエスのお店を横目に、隣の競技場の入り口で一度荷物を降ろした。リィンフォースはメアリ教師から預かった三人分のパスカードを取り出し、入り口の機械にかざす。静かに柵の扉が開いた。リィンフォース、アレル、リオンの順番で中に入る。リオンが入った瞬間、自動的に扉は閉まり、鍵が掛かった。

 競技場内には教師が数名いた。事情を話して受付を済まし、パスカードを渡す代わりに鍵を受け取る。その鍵を、入ってきた扉の真正面にある大きな扉の鍵穴に差した。扉を開けると、そこにはもう一つの学園のような景色が広がった。そして、まだ何一つ手を加えられていない、大きな正面門ゲートがあった。


 運んできた段ボールを正面門ゲートの前に置く。既に作業の準備は整っていたようで、地面には大きなアルミ製のはしご兼用脚立が横たわっていた。さらに、カラースプレーやテープなど装飾に必要な道具は一式揃っていた。唯一足りなかったのは先ほど作ったばかりの造花や色紙でできた鎖などだった。

 さっそく飾りつけの作業に取り掛かろうとするリィンフォースとリオン。しかし、アレルだけは動かずに立ったままだった。



「どうしたのアレル。作業はじめるわよ?」


「まって。この正面門ゲートはみんなが通るよねぇ~?」



「もちろんでしょ。あの扉をくぐったら目の前にあるんだから。教師も生徒も来賓の方もみんなここを通ってるでしょ。秘密の扉とかがない限り必ずここを通るわよ」


「……ってことはだよぉ~それはノア様も同じってことだから――」



 アレルはじっと、真っ白な正面門ゲートを睨み、腕を組んで足を肩幅に広げた。



「――ここはボクたちの力にかかってるってことだね!」



 アレルは胸ポケットからメモ用紙とペンを取り出して何かを書き始めた。書き終るとペンをしまい、メモ用紙をリィンフォースとリオンの二人に見せた。


 創技会正面門コンテストゲート装飾担当リオン。

 装飾品手渡し係リィンス。

 現場監督ボク。



「この役割で作業していくよっ~! リオンくんは脚立に上がって、リィンスから花とかリボンとか受け取って付けてって!」


 アレルの勢いに飲み込まれたリオンはふたつ返事をした後、脚立を駆け上がった。脚立の最頂。教室の二階とほぼ同じ高さに位置している。その下でリィンフォースが脚立を両手で押さえながら、心配そうに見つめていた。その姿を見て現場監督が怒鳴る。



「リィンスはリオンくんに渡してって!」


「あ、うん……。でも手を伸ばしただけじゃ届かないわよ……」



 花を片手にリィンフォースは脚立に足を掛ける。一段一段慎重に上がり、数段上がったところで手を伸ばしてリオンに花を渡した。リオンは受け取った花に両面テープを付けてアレルの指示を仰ぐ。


「アレルさん、ここでいいですか?」


「う~ん、もう少し右。いや、左? ごめん、そのまま少し上に貼って」


 少しのずれも許さないアレルの指揮を忠実に守り、ひとつひとつを丁寧に貼り付けていくリオン。脚立の下でリィンフォースが装飾品を持ってアレルに見せている。そのリィンフォースに向かって両手を頭の上に持っていき、大きな丸を作った。装飾品の貼り付けていく順番はすべてアレルが決めている。指示する色のリボンや花を選んで形を整えて確認してもらわなければならなかった。合格の合図が出たものをリオンに手渡していく繰り返しが何度も続いた。

 真っ白だった正面門ゲートは徐々に彩りを増し、華やかに装飾されていく。



「でもさ、いくら綺麗に装飾しても明日になったら崩れてるかもよ? 綺麗に整えていくのは明日でいいんじゃないの?」


「だ~めぇ~! ボクらが帰った後にもしかしたら視察で来るかもしれないでしょ!」


 腰に手を当ててアレルが頬を膨らませる。


「来ても見るのは一瞬でしょ……。大丈夫よ、気づかないって……アレル? どうしたの?」



 言葉半ば、リィンフォースは自分の目を疑った。

 アレルが正面門ゲートを見上げながら目を潤ませていた。


「ノア様にとってこの学園は大切な場所なんだって――」


「え? 直接聞いたことあるの?」


「ううん。最近の記事に書いてあったの。ノア様が有名になれたのもこの学園のおかげだって。それにね、ノア様の支えになっていたのは互いに約束を交わした女性がいたからなんだって。『その女性がいなかったら今の僕はいない』って書いてあるのみたの」



 アレルの言葉に心中首を傾げた。いきなりどうしたのかしら。

 図書室に行くたびに、アレルが彼の記事をチェックしていたのは知っている。一緒に行くと耳が痛くなるくらい彼の話を聞かされていた。だが、今の話は聞いたことがなかった。なぜ急に話し出したのか、なぜ物寂しげな表情をするのか分からなかった。


「それで?」


 あえて流すように聞くとアレルはすんなりと口を開いた。うつむきながら、蝋燭の火を揺らすのも精一杯な小声で。


「ボクね、その記事を読んだ時に思ったの……。ノア様が近いうちに学園に来るって」


「それが明日だと?」


「うん。きっとそうだと思う。だって目撃情報もあるし。だからね、せっかくこの学園に来てるのなら……初めから終わりまでね、ノア様に当時のようにまた素敵な思い出を作ってもらいたいなぁ~って」



 さっきまでの真剣な顔とはまるで別のアレルは、真っ赤に紅潮した頬に手を当てていた。やれやれ。どうしてアレルがそこまで正面門ゲートの装飾にこだわるのか、ようやくリィンフォースも納得がいった。


 ……まったく。アレルの気持ちを形にするのは大変だわ。


 段ボールの中から造花を取り出し、リボンの長さや花びらの形を整える。ほつれた糸を鋏で切り、文句のつけようもないくらいにして、現場監督に見せて確認してもらった。色付く花のように頬をほんのり赤く染めたまま笑みを浮かべ、頭の上に両手で大きな丸を作って見せた。






                   ――――――――




「お久しぶりですアイギナ先生――いや、ユレイニアム学園長」


 明灰色のローブを脇に抱え、薄茶色の髪を揺らしながら頭を下げた。


「これはまたよくぞ来てくれました。キミの活躍はよく耳に届いているよ」


「いえいえ。まだまだ学ぶことは山ほどありますよ。それにしても驚きました。まさか先生が学園長になっておられるとは――」


 広い学長室。黒革の長椅子に鮮やかなラピスラズリ色の卓子テーブルが、敷地内を一望できるような巨大な窓から差し込む陽の光に照らされている。

 今まで一度も入ったことのない部屋。広い敷地内の何処に学長室があるのか、学生当時はよく探し回っていた。その空間は学園の長が仕事をするにふさわしい場所だった。

 ローブを衣桁に掛け、黒革の長椅子に座る。



「――あの頃のお姿はもういいのですか?」


「あぁ。あの姿をする必要もないからな……。それに、学園の長があれでは教員も生徒も嫌であろう」


 手を組んであごを乗せ、寂しげな表情で何処か一点を見つめていた。

 ……必要がなくなった?


「あぁそうだ。ここへ来る間に綺麗な幻創術を見ましたよ。教室の窓から見た夕陽空とまったく一緒のものでした。創技会コンテストも楽しみですが、今日は彼女もここへ来ているのでしょう?」


「そうか、キミは知らないのか……」


 学園長の組んだ拳に力が入っていく。見つめていた一点すら目を閉じて遮ってしまった。


「さっき言っただろう……あの姿をする必要がなくなったと。あれはあの子の、私の妻の姿だった。まだ幼かったあの子は妻の顔を写真でしか見たことがないから、寂しくないように化けていたんだよ……。だがな、あの子はだいぶ前に亡くなった」



 広い空間に柱時計の時を刻む音だけが響く。心地いい部屋に流れる重く冷たい沈黙。声を発することさえも禁じられたような静けさ。その沈黙の壁をナイフで裂くように破る。


「彼女が亡くなった……」


「キミにも連絡がいっていると思っていたが……これは、本当に申し訳ない。卒業して六年後に亡くなったんだ」


「そうでしたか……。知らなかったとはいえ失礼しました。まさか……いえ、あぁ、その……脳と心が情報に追いついてきてないみたいです……」


「無理はない。わたしも数日水も喉を通らなかったよ……」


 脳裏に先ほどの夕陽空が浮かぶ。


「先生もここに居られたのなら、その窓から夕陽色の空をご覧になったのでは?」


「あぁ、見ていたよ。綺麗な夕陽空だった。あの子が毎日のように練習していた風景だったなぁ。あぁそうだ。あの子は卒業してすぐに結婚していてね、子供を産んでいたんだ」


「彼女は僕に何も教えてくれなかったんだな……その情報も初めて耳にしました」


「そうか……。友達の少なかったあの子が唯一興味を持っていたキミに何も話していないとは……。あぁそれでだ。あの子の子供をこの学園につい最近転入させたんだよ」


「えっ――――」






                   ――――――――











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