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僕の私の創る世界  作者: 十六夜 あやめ
第三章 覚醒の胎動・奇想曲《カプリス》の調べ
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覚醒の胎動・奇想曲の調べ2





 夜の深まった、どこまでも果てしなく高い、丸みを帯びた暗闇の空。そののっぺりとした夜色を飾るのは、目が眩みそうになるくらいの星々。赤や青や黄の様々な色は宝石のようだ。

 静寂の中。手を伸ばせばすぐに届いてしまいそうな、四角く仕切られた部屋の中。スタンドライトのぼんやりとした灯りが、部屋の中央を丸く包み込んでいる。すでに寝ているアレルはガーゼケットに包り、後から眠りについたリオンは枕を抱きかかえて、心地よい寝息を立てている。その中、リィンフォースはベッドの上で膝を抱え、ただじっと前を見つめ、リオンに言われた言葉について考えていた。




 ……リィンスさんは器用です――――




 見破られてた。クラスメートやアレル、両親にさえもずっと隠していた気持ちを……。

 焦りに自然とまばたきが早くなる。鼓動の速さに揺り動かされているような違和感が身体を襲う。おかしいのよね。リオンくんと話してると、いつの間にか抑えが利かなくなってる。いつもより口数が多くなったり、笑みがこぼれたり。手をつないでみたり、膝枕をしてみたり。私の知らない間に、リオンくんに知ってもらおうとしてたのかな……。私の気持ちとか悩みとか。



「眠れんのか」


 寝言とは違う、静寂の空間に、上から目線で話す聞いたことのある声。それはとても近くからだった。首を動かさずに視線だけを移すと、私の目線よりも少し上の方で、二つの碧く輝く小さな光が宙に浮かんでこちらを見ていた。


「いつの間に……。そうよ……」


「ふん、悩み事か?」


「あなたに関係ないでしょ……」


「器用な娘だな」



 私と同じ目線まで降りてきて、こちらの顔を覗き込んでくる。


「…………」


「見ていれば分かる。娘が何かを気にして言葉を選んでいることも、常に何かを隠して自分を繕っていることも――」


「レウは考え過ぎよ。わたしはもう寝るわ、おやすみ――」


「娘よ、死ぬまで貫くつもりか?」



 死ぬまで。その言葉が重く脳裏に伸し掛かった。死刑を宣告されたような深い絶望感が身体を走る。恐怖にも似たそれに言葉を失う。



「言っただろう、見ていれば分かると。リオンも同じであろう。我のように正確に把握はしていないだろうが、似たものは感じ取っているはずだ。リオンもまた、相手の気持ちを読む才に長けておるようだな」


 暗闇に広がる声は普段と変わらない。少し上から目線の言葉は心地よくない。聞き慣れたはずの声音にも関わらず、一言一言が頭にまとわりついて離れない。意識しないように他のことを考えるが、頭痛にも近い痛みがそれを拒否する。


「娘が何かを隠したところでリオンは何らかの形で気づくであろう。器用な娘でも隠しきるのは難しいであろうな」


「……器用なんかじゃないわ。わたしは器用貧乏だからいつかは気づかれることぐらい覚悟してるの」


「器用貧乏か……。たしかに娘はそうかもしれんな。リオンを助けたときもそつなく幻創術を使いこなしているようだったな。きっと意識しないでも出来るのであろう。だが、それを悟られないようにしている」



 レウは口を閉ざしたが、言葉は返さない。レウの言葉にはまだ示唆が含まれているからだ。まだ話し続けることは直観的に、感覚的にわかった。 


「自分の才能に気づいているのにもかかわらず隠し続けている。そうすることが、あの喧しい小娘とリオンのためだと考えているのだろう。だがそれが、余計に娘を悩ましているのではないか? 才能の開花が現在イマの関係を崩す要因となるのを恐れて――」


 まだ言葉は返さない。まだ何かを言うのが分かるから。


「――だから娘はそつなく、無難に、安全に、危険な賭けを決してしようとしない。しかし最近、リオンの姿や言葉に、自分の気持ちが迷い、困惑して揺らいでいるな」



 碧い瞳の中で金色に輝く瞳孔は、今にも押しつぶされそうな圧力を感じる。


「今日はずいぶんと話すのね……」


 圧力に負けないよう、碧い瞳の金色の瞳孔に自分の視線を重ね、余計なことを言わせないように封じる。


「翼があるにも拘らず羽ばたこうとしないのか。空は縛りもせずに待っているというのに……息絶えるまで殻に閉じこもるつもりか?」


「……どういうこと」


「娘は今回の創技会コンテストで、とある幻獣を創る予定だったのだろう。娘の肩に乗っていたのはその羽根だったな。我は一度同じ羽根を見たことがあるが、生徒ごときでは到底不可能な幻獣だ。それを創り出せると言うのに、やめようとしている――」


 どこまでも見透かしているようなレウの言葉に我慢できずリィンフォースは口を挟む。


「……創技会コンテストで失敗はできないのよ。それに、あれは創り出せずに暴走する可能性の方が高いわ」


「だが、それを承知でリオンは挑むだろう。失敗を覚悟に、奇跡的に成功したあの夕陽空でな。一度暴走して娘を傷つけ、嫌と言うほど悔やんだ自分がいるのに、たった一度の成功を信じて、また暴走するかもしれない恐怖に怯えながらな」



「それをリオンくんが決めたのならいいじゃない」


「隣で危険を冒してまで創り出そうとしている横で、誰でも創り出せる、簡単な幻創で済ます。眠れずにいるのは、そんな弱気な自分に息苦しさと嫌気が差しているからではないのか」



 痛みを伴う言の葉が全身に打ち付けられるのを感じる。

 それなのに、その痛みに負の感情は感じなかった。おそらく、レウがまったく私的な感情を交えずに、真摯に話すからだ。私の本当の気持ちを代弁しているかのような、嫌味も皮肉も風刺するでもない、鏡であるかのように深々と告げてくる。

 薄暗い部屋の中で、机の引出から緋色に輝く光線が洩れる。



「娘には翼がある。あの羽根には意思があるようだが、あとは娘の意思だけだ。殻に籠ったままがいいのなら好きにするがいい。飛び立つか籠るかは自分で考えろ」


 レウはそれ以上何も話さない。

 沈黙の時間が流れる。数呼吸分の時間しか流れていないのにも関わらず、数時間に亘って立たされていたような酷い疲労感もある。

 リィンフォースは膝の上で組んでいた腕を外し、ベッドの上に立ち上がった。そして、音をなるべく立てないように下り、緋色に光っている机に向かって歩く。引出から光輝く羽根を取り出して見つめる。



 ……ごめんね。

 迷いのなくなったリィンフォースの瞳には、羽根と同じ緋色が煌めいていた。



「楽しみにしてよいのか?」


 私が羽根を取り出すのを待っていたかのように背中に声が掛かる。普段とは少し違う、抑揚の混じった声。レウの気持ちや感情が振り返らずとも分かる。羽根を元の場所に戻し、眠るリオンの横顔を眺める。


 ――私も全力で創技会コンテストに挑むわ。


「ええ。会場の全員を振り向かせてあげる」


 レウの顔を見ないままベッドに横になり、ガーゼケットを頭から被った。


「それでいい。明後日を楽しみにしているぞ」



 言い残してから数秒後、ガーゼケットから頭を覗かしてレウの姿を確かめる。宙に浮かんでいた所にはすでにいなくなっていた。レウが現れる前の静寂が部屋を包んでいる。時折寝返りを打つアレルは暑いのか、ガーゼケットを蹴飛ばしていた。リィンフォースは笑みを浮かべてベッドを下り、ガーゼケットを手に取ってアレルに掛けた。落ち着いたアレルを確認して、リィンフォースもベッドに戻って眠りについた。


 リィンフォースが目覚めたのは朝練習がある日と変わらず、陽が昇ってから数十分後のことだった。窓の向こうの空は蒼白で、太陽のある位置だけが橙色をしていた。薄い雲がまるでレースのカーテンのように広がっている。

 ベッドから体を起したリィンフォースは、足を伸ばした状態で両腕を天井に向け、指を組んで息を吐きながら伸びる。早朝だというのに部屋の中はむっと暑く、送風機を回していたにもかかわらず汗をかいていた。襟元に髪がくっついてうっとうしい。


 ベッドシーツの皺を伸ばし、ガーゼケットを折りたたんで綺麗に整える。終えた時にふとアレルを見ると、隣で寝ているはずのリオンの姿がなかった。トイレにでも起きたのかと思い、ノックして声を掛けたが反応はない。トイレの電気も消えていて、いる可能性はゼロに近かった。



 ……どこいったのかな?



 フランネル姿のまま廊下に出る。明かりの点いていない、まだ薄暗い廊下に生徒の姿はない。朝練習が始まるのは現在の時刻より一、二時間後のことで、この時間に目を覚ましている者はいないようだった。ましてや、こんな朝早くから廊下に出ている者などいるはずもなかった。静かな廊下をサンダルを履いて歩く。窓の外の木々の葉は一枚も揺れずに黙ったままで、床に擦れるサンダルの音だけが響く。なるべく音を立てないように足を前に運んでいく。



 正面玄関へたどり着くと、すでに鍵は開けられていて、そこには制服に身を包み、タオルを首からかけている小さな少年が太陽の方を向いて体操をしていた。



「いち、にー、さん、しー……」



 ひとりなのに律儀に声出してる。邪魔をしないようにひっそりと近づいていく。



「ごー、ろく、しち、はち……」


 腰に両手を当てて上半身だけを左右に動かしている。リィンフォースは忍び足で正面玄関の石段まで歩いてそっと腰を掛けた。少年の左右に動く上半身と同時に首も動き、その少年の腰と首が左に限界まで向いたとき、ちらっとだがリィンフォースと目が合った。



「え、……リィンスさん?」


「こんな朝早くから起きて体操なんて元気だね。あ、言い忘れちゃってた……おはよう」



「えっと、その、はい、おはようございます」



 汗を拭く仕草に紛れて顔を隠している。おまけに下まで向いてしまった。顔は隠しているが、耳までは隠れてなく、ほんのりと赤みを帯びていた。



「どうしたのこんな朝早くから? 今日はお昼くらいから登校だよ?」


 顔を上げてタオルを少しだけ下げ、目だけがひょっこりと出る。汗で濡れた前髪が目の周りではねていた。



「ちょっと目が覚めちゃって……。眠ろうとしたんですけどなかなか眠れなくて。リィンスさんもアレルさんも眠っていたんで、起こしちゃ悪いと思って、外で朝日でもみようかなって思ったんです。それはそうと、リィンスさんも早いですね。まだ五時過ぎくらいですよ?」


「しってる。いつも朝練習のある日はこの時間に起きるの。でも普段は目覚まし時計をセットして起きるんだけど、今日はなんだか起きちゃったみたい」



「起こしちゃいましたか……?」



「ううん。たまたまだから気にしないで」



 少しばかりの沈黙が流れた。リオンはタオルで顔を隠したまま、「となりいいですか?」と一声かけて、私の返事を待った。「うん」と頷くと、タオルを膝に掛け、僅かに赤い顔を私の方に向けた。



「さっき気が付いたんですけど、リィンスさんって何か部活してるんですか?」


「あれ、言ってなかった? わたしはオーケストラ部に一応入ってるの」


「ええ! オーケストラなんてすごいですね! ぼく楽器は苦手です……。手が思うように動かないので……。なんの楽器なんですか?」


「ピアノよ。まぁ、ピアノしかできないからね……」


「ピアノ弾けるなんてすごいです! あれ、でも午後は部活に行ってるんですか?」



「ううん、行ってないわよ。放課後はいつも一緒だったでしょ。奏者は私も含めると三人もいるの。でもピアノは二台しかないから、午後は行かないようにしてるの。もともと他の二人はわたしよりも先に入部してるからね。朝練習のときは二人とも来ないから貸してもらってるの」


 話しているうちに蒼白だった空は青くなり、太陽は私たちを照らしていた。その陽差しがまぶたに差しこんで眩しい。額の前に手を持ってきて、陽の光を軽く遮る。まだ眠気の残る身体は次第に活動を始めた。そよ風が吹く中、リオンの方からきれいな音でお腹が鳴るのが聞こえた。治まりかけていた顔の赤みがさっきよりも色味を増す。



「ごはんにしよっか」


「……はい……すいません」



 立ち上がって部屋に戻ろうとすると、リオンは太陽の光を背中に笑顔で言った。





「今度でいいのでピアノ、聴かせてくださいね」




「リオンくんが創技会コンテストで全学等部の最優秀者に選ばれたなら聴かせてあげる。約束するわ」



「むりですよー!」



 ううん。きっとリオンくんなら出来ると思う。私が全力で挑んでも、リオンくんには敵わないような気がする。あの空を見たとき、私は確信にも近い強い想いを感じたから。今年がダメでもきっと来年、再来年には、リオンくんは学園一番の幻創術師になってるよ。だから私も冗談じゃなくて真剣に約束できるの。



「リオンくん、ちなみにさっきのは冗談じゃないわよ?」


 小声で「が、がんばりますっ」と言うリオンと並んで部屋へ戻った。




 リィンフォースとリオンは部屋に戻るなり朝食の用意を済まし、いまだに眠っているアレルを叩き起こした。寝ぼけているアレルの発した第一声は「まだ朝だよぉー」だった。昼からの登校と聞いていたアレルは午後まで眠るつもりだったようだ。リィンフォースはアレルの抱いている枕を取り上げ、リオンはガーゼケットを取った。それでも丸くなって横に倒れるアレルを押し、マットから下して寝具を片付ける。

 ようやく起きたアレルを椅子に座らせ、いつもよりも遅い朝食を取ることとなった。かりっと焼けたトーストにバターを塗り、リィンフォースの作った温かいオニオンスープと、リオンの作ったババロアをデザートに、アレルの眠気は一瞬で消えた。顔を見合わせるリィンフォースとリオンは笑みを浮かべ、スプーンを手に温かいスープを口に運んだ。













 ご愛読ありがとうございます。感想・コメント・ポイント評価をしていただけると幸いです。

 まだまだ続きます。よろしくお願いします!



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