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僕の私の創る世界  作者: 十六夜 あやめ
第三章 覚醒の胎動・奇想曲《カプリス》の調べ
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覚醒の胎動・奇想曲の調べ1

 第3章の幕開けです!





 リオンが目を覚ましたのはその日の夜だった。

 ふかふかのベッドに横になっている。初めに視界に入ったのは自分の部屋とは違う天井。そして、腹部に何やら重たい物が乗っかっているような感覚。首を少し浮かせて腹部を見る。重たい理由がそこにあった。アレルの上半身が伸し掛かっていた。

 首を落として枕は柔らかな音を立てる。静かな空間に心地よい寝息が微かに響く。動こうにも動けないリオンはただじっと、天井を見つめていた。


 ……ぼく、あのとき……いったい。


 天井越しにあの夕陽空を見る。広い広い夕陽色。いまでも信じられない光景に迷っていた。


 ……あれは、ほんとうにぼくが?


 リオンの視界が急にぐらつく。心に得体のしれない何かがぐるぐる廻るような、気持ちの悪い感覚に襲われていた。針で刺されるような痛みが時折身体を突き刺す。ゆっくりと左手をガーゼケットから出して左胸を掴む。手に伝わる鼓動は速く、息も少しずつ乱れていた。身体は痺れはじめ、視界が霞んでいく。

 はぁはぁ……。はぁはぁ……。きつく目を閉じたリオンは左手に力を込め、掠れた声が思わず洩れる。


「おかあ……さん……」


 ガチャ。扉が開く音と誰かの足音が、鋭敏になっている耳に伝わる。つむっている目に微かに届いていた光が消えた。僅かな光が消えたことにリオンは怯え、恐怖から逃れようと震えながら薄く目を開く。ぼやけた視界に映る、光を遮っている影。その影は徐々に近づいて来て、次第にはっきりと確認できるようになる。


 ……おかあ……さん?


 弱弱しく左手を伸ばす。その手を包み込むように握る両手は、最近何度か触れたことのあるぬくもりがあった。それは――リィンフォースの手だった。

 

「リオンくんすごい汗! ちょっとまってて、いまタオル持ってくるから!」


 急いでバスルームの方へ向かったリィンフォースはタオルを持って戻ってくる。そのままリオンの前髪を手のひらで上げ、額を軽く押さえつけるようにして拭いていく。

 リオンの視界は澄んでいく。その瞳に映るリィンフォースの姿は真剣で、幼い頃に看病をしてくれた母の姿と一緒だった。


 ……リィンスさんがいると、なんだろう……心が落ち着く。


「リィンスさん……ありがとうございます……」


 胸の違和感も痛みも和らいで消え、身体の痺れもあっという間に消えていく。だが、鼓動の速さだけは治まってはいなかった。リオンは不思議な鼓動の速さに戸惑っていた。それが一体何なのか、彼は分らないまま、速く脈打つ胸に左手を添えていた。


「こらアレル。あんたがリオンくんの上にいちゃ苦しいでしょ」


 アレルの両肩を引いてカーペットの上へ移動させ、横にねかせてガーゼケットを掛ける。アレルの起きる気配は一切感じない。

 リオンはリィンフォースに背中を支えられながら上半身を起こす。その時に彼は自分の着ている服が制服とは違うことにようやく気が付いた。女性の好む可愛らしい赤を主にしたチェック柄のフランネルを着ている自分がいた。


「あのっ……これは……?」


「リオンくんが倒れちゃったあと保健室に連れて行ったんだけどずっと眠ったままだったのよ。先生に看病するって言って私の部屋まで運んでもらったのはいいんだけど、制服のままだと疲れちゃうと思って着替えさせたの。私の服じゃ大きすぎるからアレルのにしたのよ。でもリオンくんにはアレルのでもほんのちょっと大きいかな?」


 フランネルから香る女の子特有の香り。アレルの匂いがリオンの身体を包んでいる。そして、脳内を駆けるリィンフォースに見られた恥ずかしい姿。

 リオンはそれらの出来事に動揺していた。


「えっと……これはアレルさんの服でっ……。リィンスさんはぼくの眠っている間に着替えさせてっ……そのぼくはずっとリィンスさんのベッドで寝てて……。リィンスさんのことお母さんとか言って……」


 口を閉ざして「冷静に……冷静になろう……」と一人で頷く。

 だが、思うように冷静になれず、顔を真っ赤にして涙を浮かべていた。その姿を見たリィンフォースはベッドに腰を掛けてリオンの頬を伝う雫を拭う。冷静に話を掛けながら動揺しているリオンをなだめる。いまだに真っ赤な顔をしたリオンは下を向いて手で覆い隠し、呼吸を整えていた。

 どうにか落ち着いたリオンは顔を上げたが、ひどく落ち込んでいるようだった。


「えっと……リオンくん?」


「大丈夫です……。まだちょっとショックが大きいですけど……」


「……そう。それよりもリオンくんお腹空いてない?」


「お腹は……空いてます」


「私とアレルはもう食べたんだけど、リオンくんの分あるから食べていかない? それに明日は創技会コンテストの準備で遅く登校することになってるの。だから今日は泊まっていきなよ」


「ちょっと待ってください! ここ女子寮ですよ? ぼく……その……いくらリィンスさんのお部屋でも泊まるのは……」


 恥ずかしそうにもじもじするリオンにリィンフォースは言う。


「もう九時過ぎてるなぁー。いまから女子寮を出るのはなかなか大変だと思うよ? 部屋に戻るまでに巡回の人に見つかったら停学かも。男子が女子寮に遅くまで居たってなると噂にもなるし、ね」


 リィンフォースの笑顔にリオンの表情が委縮した。リオンも考えた末、諦めてリィンフォースの部屋に一日お邪魔することになった。


「そうと決まればリオンくんは先にお風呂入ってきて。着替えはないけれど、汗流してきた方がいいよ。タオルとかは脱衣所に置いてあるから好きに使って。その間に夕飯作っておくからゆっくりでいいよ。それに、三人が眠れるように準備もしないといけないから」


 少し大きめのフランネルを引きずりながら渋々脱衣所の方へ向かう。リィンフォースの言った通りタオルや石鹸などの準備はすでにされていた。脱衣所のカーテンを閉めてボタンをひとつずつ外していく。上着を脱ぐと綺麗にたたみ、ズボンも同様にきっちりたたんで風呂場へ入っていった。

 シャワーの水を出してさっと頭から濡らしていく。石鹸を泡立てて髪を洗い、体も洗っていく。きれいに泡を洗い流してお湯の中へ浸かる。


「あったかい。きもちいいな――」


 手で柄杓をつくって水を掬う。揺れる水面を覗き込んで自分の顔を映しこむ。


 ……リィンスさんって、お母さんみたいだな。あったかくて、やさしくて。リィンスさんといると不思議と気持ちが楽になるんだよな。でも、最近はどきどきばかりする……。手を握られたり膝枕されたり、着替えさせられたり汗拭いてもらったり、恥ずかしいことばかりされてるな……。


 掬った水を顔にかける。


 ……ずっと守られてばかりだ。次は絶対にリィンスさんを守りたい! 幻創術をもっと使いこなさなきゃ!


 お風呂場から出ると、先ほどたたんで置いたフランネルがなくなっていた。そのかわりに水色を主としたフランネルが置かれていた。カーテン越しにリィンフォースに尋ねる。


「リィンスさん? さっきのはどこですか?」


「あぁーあれはもう洗濯してる。汗かいてたから取り替えておいたの。アレルのもさすがに2枚もないからそれ私のなの。さっきよりも大きいから折って着てね。それにしても男の子ってあがるの早いわね。カラスの行水ってやつ?」


 リィンフォースのフランネルを着てみると腕も足もすべて隠れてしまい、まるで子供が大人の服を着ているような姿が鏡に映っていた。裾を三度折って整え、カーテンを開けると卓子テーブルにパスタが用意されていた。


「おかえり、冷めないうちにどうぞ。リオンくんほど上手に作れないけれど」


「いえ! ありがとうございます! いただきます!」


 リオンは椅子に座って卓子テーブルに準備されているパスタを口に運ぶ。カフェテリアで調整の前にお菓子を少し食べただけで、それからずっと眠っていて何も口にしていなかった。そんなリオンのお腹は空腹だったのだ。


「このカルボナーラとってもおいしいです!」


「それはよかったわ。もう少しあるからいっぱい食べて」


「はい!」


 リオンは満面の笑みを浮かべ、パスタをぺろりとたいらげた。


「リィンスさんお皿洗っておきました。ごちそうさまです」


「あぁごめん! アレルが邪魔でなかなか用意できなくて……。ベッドにでも座ってゆっくりしてて。それとももう眠たい?」


「いえ、まだ眠たくないですよ。リィンスさん手伝うことないですか?」


 リィンフォースは周りを見回してみるが、とくに手伝ってもらう必要もなく、


「んんーいまは大丈夫みたい。お皿も洗ってもらったし。あ、そうだ。アレルを動かすの手伝ってくれる?」



 アレルの両腕を引きずりながらリィンフォースは言った。リオンは足元の方に移動し、アレルの両足首を掴む。互いに落とさないよう、揺らさないように慎重に一歩ずつ運んでいく。カーペットの上に敷いたマットの上にそっと乗せてガーゼケットをかけた。起きないアレルの傍らでリオンは口には出さないが驚いていた。


「よしっ。アレルはどうせ朝まで起きないでしょう。リオンくんは明後日の創技会コンテストの流れとか知ってるの?」


「そういえばなにも聞いてないです……」



 リィンフォースはアレルを跨いで奥にある本棚に手を伸ばす。そこから一冊の冊子を引き出してリオンに手渡した。冊子は昨年度使われていた創技会コンテストの物のようで、右上のところに中等部三生生用と書かれている。

 跨いでいた足を元に戻して、冊子に目を通すリオンの前に座った。



「それは去年の創技会コンテストで配られた冊子。初等部でも高等部でも内容はほとんど変わらないわ。まず教師方の挨拶と開会式があって、その次に初等部から順番に幻創術を披露していくの」


「あの、競技場ってそんなに広いんですか? 外から見た限りでは言うほど広くなかったような……。それに初等部も中等部も一緒に行うんですか?」


「そうよ。前の学園では創技会コンテストってなかったの?」


「はい。文化祭で高学年の生徒が行うのはありましたけど……」


「そうなんだ。創技会コンテストはリオンくんの言う文化祭みたいなものよ。一種のお祭りなの。だから会場も驚くくらい広いわ。リオンくんはまだ行ったことないと思うけど、普段の授業で使う競技場とは比べ物にならないくらいね。外から見えていたのは受付会場だけ。そこで受付を済ましてパスカードを渡すの。んで、代わりに鍵をもらうの」



 リオンは不思議そうに「鍵ですか?」と問う。


「うん。その鍵を使って創技会コンテスト会場に行くの。そこは初代の学園長が幻創術で創り出した場所らしくて、ずっと神具で空間を維持してるそうよ」


 リオンは目を少し上に向けて思い浮かべるが、創技会コンテスト会場がどんなところで、神具が一体どんなところなのか、どうにも思い浮かばないのか、苦笑いをしながら目線を元に戻した。


「まぁ明後日は実際にそこに行くから。きっとびっくりするわよ」


「すっごく楽しみです!」


「毎年すごい幻創術を魅れるのよ。みんな自信のある幻創術を披露するからね。それを評価、審査するのが現幻創術師の有名な術師の方々なの。生徒の中から各学等部の最優秀者、全学等部の最優秀者を決めてもらって、全学等部の最優秀者に選ばれた生徒には白銀のローブが授与されるのよ。それは教師と同じか、それ以上の力があると認められたことになるの」



「それってすごいことですね。教師と同じなんて夢のようです。ぼくももっと自在に幻創術を使えるようになりたいです……」


「レウと一緒に練習したら? レウがいれば練習してもいいんじゃないの?」


「どうでしょう……。ぼくがもし暴走したら、レウでも止められなかったら大変ですから……」



 落ち込んでいるのか、悲しげな表情で目線を逸らすリオンにリィンフォースは天井を見つめながらつぶやくように言った。


「むかし有名な幻創術師の人に言われたの。魔術や武術、精霊術は多少の才能と訓練の積み重ねで身に着けられるんだって。でもね、幻創術は才能とか訓練をしただけじゃ身に着けられないらしいの。想う心と信じる心がないといけないんだって」



「想う心と信じる心?」


「うん。大切な人に伝えたい想いを伝える術、それが幻創術って言ってた。誰もが持ってる想いや信じる心を昇華させたものがいまの幻創術として存在してるんだって。だから本当は誰でも使える術らしいの。でも実際は誰でもとはいかないわ。それに、誰でも最初っから使えるなら学びもしないしね」



 リィンフォースは視線をリオンに向けて笑顔で言った。

 リオンの暗かった表情も太陽の日が当たったように明るくなっていた。「想う心と信じる心……」と自分の手の平をみつめながらリオンは微笑んでいた。



「リオンくんが幻創術を失敗するのは自分を信じ切れてないから。想う心は強いのに、その心に信じる心が追い付いていないと思う。リオンくんはもっと自分に自信を持っていいのよ。あの夕陽空を創った時みたいに。まあ、そんな偉そうに言ってる私自身、自分を信じ切れてないのよね……」


 苦笑いをするリィンフォースにリオンはうつむく。



「リィンスさんは自分を信じ切れないんですか?」


 リィンフォースの顔が曇った。薄い靄がかかったような霞んだ表情。重たそうな口をゆっくり開く。


「……そうね。私は器用貧乏だから……きっとどこかで悩んだり迷ったりしてるのよ。うわべでは信じてるんだけど、心の奥では信じ切れてないみたい……」



「リィンスさんは器用ですよ……。なんでもそつなくこなせちゃうんですもん。勉強も料理も幻創術でもなんでも。でもリィンスさん……悩んだり迷ったりしてることまでずっと隠してます……。ぼくやアレルさん、誰にも見せないように隠してます。リィンスさんは器用です……」



 リオンの思わぬ言葉に動揺をするリィンフォース。しかし、その動揺すら悟られないように身の内に秘めてしまう。だが、リオンの目があまりにも真っ直ぐで、目を背くことさえもできずにいた。リィンフォースは笑い、誤魔化そうとしたが、リオンの目は一向に真っ直ぐなままだった。


 ――だめ。何か言って逸らさなきゃ……。


「ぼくじゃだめですか?」


「――えっ?」


「ぼくじゃリィンスさんの悩みを聞いちゃだめですか?」


 ――リオンくん。


「あの、その、ごめんなさい。リィンスさんを見てたらそんな風に見えたんです……。誰にも見せない顔を隠しているような感じがしたんで……その……」


 黙ったままの私を見て怒っていると判断したらしい。リオンの姿に、ようやく我にかえった。

 何ということはない。ただあまりにも唐突に、的確に、しかもストレートに見抜かれていて固まっていただけだ。隠していたはずの動揺が込み上げて、恥ずかしくなる。


「……ありがとね」


 リオンの瞳に映っている私は愛想笑いなんかじゃない。本当に照れ笑いを浮かべているに違いない。


「……そうね。リオンくんの一途なところみせられちゃったし、隠し事も意味ないみたいだからさ、私の悩みでも聞いてもらおうかな」



 ――説教をしたのは私じゃなくてリオンくんみたいね。


 まるで正反対な存在のリオンにリィンフォースは脱帽していた。隠し事や人のことばかり伺っている私とは違って、明確な意思を素直に伝えられる強い心を持っているリオン。

 友達だからとか、よく一緒にいるからだとか、恋愛とか、そういった感情抜きで、ずっといっしょにリオンくんといたいかもしれない。

 それはリオンが見習うべき人物で、傍にいてあたたかくなるような――応援したくなるような輝きを放っていたから。

 リィンフォースは素直に嬉しそうで、やさしく微笑んでいた。










 






 読んでいただきありがとうございます!

 今回は少し文章が荒いです……

 時間があるとき直していくので、気にしないでいただけたら幸いです。

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