役者は練習曲を奏でる4
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視界から消えるのをしっかりと確認した後。――風の精ありがとう。
アリエスの傍で宙に浮かんでいる小さな精霊。人の姿をしているが耳は尖り、背中には蝶のように薄く透けた鮮やかな羽が四枚生えていた。彼女が名を詠って感謝を込めると薄緑色の細線となって消えた。
右手に残っている炎も徐々に小さくしていき、赤光となって消える。
「大丈夫だった?」
足に力が入らないリィンフォースとリオンはアリエスの手を借りて立ち上がった。
「いろいろと驚いたわ……。アリエスって精霊術科の生徒だったの?」
「ううん。両親が精霊術師だったから教わってたんよ。私自身の力は微弱で精霊を詠び出すのは無理なんよ……。だからお母さんからもらった四精霊の指輪の力を借りて精霊を詠んでるんよ。」
アリエスは首から掛けられているネックレスを見せた。そこには四精霊の名が刻まれた指輪がぶら下げられていた。
術者の力を引出したり強化する道具のことを〝神具〝と呼ぶ。それは剣だったり槍だったり、指輪や首飾りなど様々なものがある。それらはとても稀有な物であり、誰もが持っている物ではないのだ。
ゆっくりとした足取りで先ほどまでリィンフォースとリオンが座っていた三人掛けのベンチに向かい腰を掛ける。
「精霊術科は精霊を詠び出して戦うのは知ってるんよね。一般には精霊と契約していないと詠び出せんのよ。中にはその場で契約もなしに詠び出せる天才もおるらしいんよね……」
「あ、あの、さっきはありがとうございます!」
「いいんよー。悪いのはあの生徒の方! 生徒間での、術者同士の決闘は教師なしで行ってはいけないことぐらい、常識中の常識なはずなのに一体何を考えてるんだか……。リオンちゃんは怪我なかった?」
服は飛び散った火の粉で少し焦げてはいたが、幸い火傷も大きな傷もなかった。「大丈夫です」と答えるリオンの瞳はなぜか潤んでいた。
「ぼく、またリィンスさんに迷惑を掛けちゃいました……。本当にごめんなさいっ!」
大粒の涙を流して下を向く横顔は見ていられなかった。
「リオンくん気にしなくていいよ。わたしも怪我なんてしてないし。でも……幻創術がなんとか発動してよかった。あれが成功してなかったらリオンくんきっと危なかった……」
あのローブを纏った生徒が平然と口にした言葉を思い出すだけで背筋にひやりと冷たいものを感じる。
アリエスはリオンの頭を優しく撫でながら深刻な顔をする。
「四精霊の中でも最も攻撃性に優れた火の精霊サラマンダー。わたしももちろん使えるけれどあれだけ火力のある炎は出せんよ。あの人はサラマンダーを主に強化してたようやね。あれがサラマンダーじゃなく他の炎を司る精霊だったら勝ち目はなかったかもしれんのよね……」
「ねえアリエス精霊術っていったい何体まで詠ぶことできるの?」
「何体って言われても、その人の力量らしいんよんね。精霊術は詠び出す前に契約をしておかないといけんのよ。つまり契約している数がその人の詠び出せる数。四精霊のような小さな精霊なら生徒は一体くらい必ず契約してると思うよ」
「同じ精霊と契約していれば逆に利用できちゃうの?」
リィンフォースは気になっていることを次々と質問していく。
「精霊術に興味あるん?」
「興味ではないけれど、この機会に他の術の基本知識くらい覚えておこうかなって……」
「損はないねー。今回みたいに他の科の生徒が襲ってくる可能性は低くない。リオンちゃんはこの学園で有名すぎるみたいだから……」
うつむくリオンを一目見てからリィンフォースに視線を戻してアリエスは続ける。
「精霊術の特徴は幻創術に似てるんよ。想像しなければ幻創術は使えんよね? 精霊術は詠唱が必ず必要なんよ。しかもその精霊の名を称えながら詠わんといけんの。やけ、時間が掛かるんよ。小さな精霊は短くて簡単やけど、大きな精霊――ペガサスやユニコーンとかは長くて難しい詠唱があるから大変なんよ。その前に契約できるかどうかが問題やけどねー」
息継ぎをしてさらに続ける。
「さっきの質問だけど、同じ精霊と契約していても逆に利用するのはそれなりの技量が必要。あの炎は手のひらに溜めておいた風で弱めていたから操れたんよ。本には相手の二倍ほどの技量が必要って書いてあったかな。逆に言うならね、たくさん契約しているような精霊術師には一般生徒の精霊術はまったく効果がないかもしれないの。だから精霊術科の生徒は武術も授業で一応学んでるんよ」
「へー知らなかった。じゃあさっきのは〝まだ〝運がよかったってことよね……。根も葉もない噂でもしこれからもリオンくんが襲われるようなら教師に言って何とかしてもらわないといけないわね――」
リィンフォースの言葉に反応して勢いよく立ち上がるリオン。
「あの、大丈夫です! ぼく、もう……リィンスさんにもアリエスさんにもアレルさんにも、クラスメートも教師の方々にも……迷惑を掛けたくないんです!」
地面を見つめたまま涙を流して拳を強く握りしめ、きつくきつく歯を食いしばっていた。
その姿を見たリィンフォースとアリエスは自然と目が合った。そこでアリエスは震える小さなリオンの拳を両手で包む。そしてリィンフォースは柔らかな頬をつまんだ。
「リオンくん一人で抱え込んでもどうしようもないことだってあるのよ。それに、迷惑は掛けるものよ? わたしにもアリエスにも、もちろんアレルにも掛けていいの。クラスメートだって教師にだって掛けちゃえばいいの。誰も迷惑だなんて思わないわ。きっとみんな助けてくれるから!」
「そうなんよー迷惑は掛けるものなんよ! 何かあればいつでも相談していいんよ!」
力の入っていた硬い肩が解かれていく。顔を上げたリオンの目は赤く充血し、唇からは血が流れていた。
……それほど悔しかったんだ。
リィンフォースはポケットからハンカチを取り出して涙を拭き、流れている血を優しく拭き取った。
「よし、リオンくん戻ろ! さすがにアレルも起きて誰もいないことに慌ててるでしょ。さ、いくよ!」
「荷物は仕方がないね……。さっと片付けちゃお!」
散らばっている食材を破れかけの紙袋に詰め込む。
リオンはあえて重たい物ばかりを詰め込んでいた。
「戻りましょうリィンスさんアリエスさん!」
目の周りを赤くしながら笑顔で微笑むリオンを真ん中に、両側にリィンフォースとアリエスは並んで皆同じ歩幅でカフェテリアに戻っていった。
「ちょっと! みんなどこ行ってたの! ボクだけ置いて行くなんてあんまりだよ~!」
扉を開けるとすぐにアレルはリィンフォースに飛びついた。
「もうっ! 離れてよアレル……暑い……」
力尽くで離れようとしたが思うよりも右手に力が入らず結局離れない。いくら言っても無論離れるはずがなくむしろ逆に力を入れて抱きつく。
「だってさぁ~! 目が覚めたらだぁ~れもいないんだよ? わかるかなぁ~この気持ち。ボクがどれほど心細かったか……。まさかアリエスまでいないなんて驚いちゃったよ! お客さんがいるのにお店を出るなんて!」
アリエスは不思議そうに首を横に傾ける。
「お客さんなんて他にいなかったよ?」
「ボクはいたでしょ! ボクはお客さんでしょ!」
声を張りながらアレルは怒り、リィンフォースに回している腕にさらに力を込める。きつく締め付けられたリィンフォースは声すら出せずにうなだれていた。
散々叫んだあと、ようやく落ち着いたアレルは回していた腕の力を緩めた。強い力で締め付けられていた身体が解放されたリィンフォースは膝から崩れ落ちた。首は落ち、息をする音すら聞こえない。
「あれ? リィンスぅ?」
意気消沈しているリィンフォースの肩を揺らすと勢い良くアレルの手を掴んで引っ張った。
「アレル……ちょっとここに座ってゆっくり反省しようか……」
アレルを床に座らせて両肩をがっちり押さえ、普段では決して見せない静かなリィンフォースの瞳に冷たい憤怒が浮かんでいた。その異様に冷たい瞳と冷房で冷えた床に思わず震える。
アリエスとリオンは見てはいけないと悟ったのか、リィンフォースの荷物を持ってカウンターへ何も話さずに早足で向かった。荷物を置いてリオンは振り向こうとしたが、アリエスによって首を抑えられた。声を出さずに口だけ動かして話す。
(見たらきっといけんよ……)
(……はい)
リオンはその言葉にただ黙って頷いた。
――――――――
リオンはアリエスの手伝いをしていた。勉強をしようにも気が散ってまったく頭に入らず、明日の下準備をすると言うアリエスの手伝うことになった。
そのころアレルは泣きながらリィンフォースに謝っているようだった。姿はカウンターの奥からでは見えず、泣きじゃくる声だけは店内に小さく響いていた。リオンが調理に使用した調理器具を洗い終わり、水道の蛇口を閉めると同時に――ぴたっと声が止んだ。アリエスがそっと顔を覗かせて二人の姿を確認する。リィンフォースは優しくアレルの頭を撫で、頬を流れた涙の後を拭いていた。
「ようやく終わったようやけ」
二人がカウンターに戻って座る。
「アリエス紅茶とお菓子もらえるかしら。ちょっと休憩してから最終調整していくから」
「はいよー。やっとアレルの目にやる気戻ったみたいやね! もうコンテストまで時間ないからしっかり頑張るんよ!」
リオンもカウンターに戻ってお菓子と紅茶をいただく。そして三人は簡単にお茶を済ましたあと、外に出た。
リィンフォースは想像をする。瞳を閉じて意識を心の奥深くまで伝え、自分の心拍に耳を澄ましながら集中する。赤色と朱色の二重螺旋。黎明の空に姿を現し輝く太陽の大きくあたたかい揺り籠の抱擁。真紅の翼は炎のように煌々と輝き、その澄んだ涙は友の傷を癒し、その身体に流れる血は永遠を与える。緋色の欠片を頭の中でつなぎ合わせて構築していく。
「想像幻獣――『黎明より生まれし緋翼を持つ不死鳥』!」
(呼ぶノはアナタ……?)
扉が開く瞬間――脳裏の奥、心の深層に響く声。
(誰よりもキレイなイメージ。羽ばたくべきはイマ?)
耳からではないところから入ってくる声。
(アナタの迷いの鎖はイマ砕けた。けど、サイゴの鎖が残ってイル……。羽ばたくべきはイマ?)
扉は今までのどんな時よりも安定している。完璧な想像。そこに聴こえてくる声は何かを迷っている。
(あなたは『黎明より生まれし緋翼を持つ不死鳥』?)
心の通信で会話を試みる。混在する雑念は自然と浄化されていく。
(――ソウ。アナタの創り出したツバサ。アナタのヲ守る両翼)
(わたしのをって――)
(イズレわかる。マダ時期じゃナイ……。アナタの羽ばたくトキはイマ? 鎖を断ち切るのはイマ?)
(どういうことなの……。時期って何? 鎖っていったい……)
(ワタシの羽根ヲアゲル。必要二なったらモウ一度創り出して。そのトキには迷いはなくなってイルから――)
通信が途絶える。リィンフォースの声も向こうの声も届かない。
扉は静かに閉じていく。音を立てずにゆっくりと。
「――リィンスの肩に乗ってるのなぁに~?」
耳からアレルの声が入ってくる。目を開けて周りを確認する。とくに変わったことはなく、想像した『黎明より生まれし緋翼を持つ不死鳥』は存在かった。アレルの言葉を頭の中で繰り返す。そして肩に手を伸ばす。
(これって……)
それは緋色に煌く一枚の羽根だった。自然界には存在しない燃え盛るような羽根。たしかにこれはあの羽根だった。
「――これが私の、創技会で創る幻獣」
一枚の羽根から伝わるあたたかいぬくもり。リィンフォースは自分の幻創術に少し自信が付いたようだった。
「その羽根が……? リィンス変わってるね。ボクはこの子にしたよ!」
アレルの肩に乗っている鳥。褐色の羽毛で覆われ、ところどころに濃褐色や灰色や白色の斑紋が入っている。眼はやや小型だが、虹彩は漆黒色に褐色の筋が入っているのが見える。ふくよかな体系をしたその鳥は頭上へ飛び、その身体の大きさからは想像できない大きな翼を広げた。
「すごい……。それってフクロウよね!」
梟はそっとアレルの肩に降り立つ。
「そう! ボクのパートナー! 扉が一番安定してるこの子でいくよ!」
リィンフォースは感心していた。梟などという稀少な鳥を創り出すには細かな生態まで知っておかなければならない。やはりアレルの知識の深さが誰よりも優れていることを再認識した。
「リオンくんは……って、禁止令が出てるのか……」
「――簡単なものならば我が側についている間、練習することを許可しよう。」
その声はリオンとほぼ同じのようだが口調は上からものを言うものだった。
「レウっ! いいの!」
リオンは宙に浮くレウに向かって目を輝かした。
「あぁ。ただし、創るものを先に申せ。それがお主に危険がないか我が確認次第、許可を下す」
「うん! えっと、動物とかはまだ無理だから、風景で、夕陽空を創りたい!」
レウは笑みを浮かべた。
「いいだろう。だが、お主に創れるか? お主の母君は天才的な幻創術師だった。だが、その風景だけは一生の中で創り出すことは不可能だった。その景色をお主が挑戦したいと言うのならば、たとえ危険でも我に止める権利はない。これは母君との約束でもあるからな」
その言葉を聞いてリオンは目を閉じた。急に風は止んで静寂に包まれる。自分の心臓の鼓動だけが聞こえるほど深く集中する。リオンの意識はどんどん深層へ入っていく。焼けるような橙と夜の深い群青の二重螺旋。さらにそこに朱色と紫の二重螺旋を追加する。似てはいるが異なる四重の螺旋構造を持つ扉が構築される。境目は存在しない。繋がっている。
「想像世界――夕陽空」
誰もが息を飲む。太陽は傾きかけてはいたがまだ空は青々としていた。その空が徐々に橙になり、夜の群青へグラデーションを成していく。その色は本物の夕陽空と同一で視界に入る空は何処までも染まっていく。大きく広い幻想的な世界が覆っていった。
リオンはそんなことになっているとも知らずに目を開けた。
「――――!」
その光景は本人も理解できないようだった。あまりの圧倒された世界にリオンは震えた。
扉は暴走もせずに静かに閉じ、空は元に戻った。
「リオンくん……」
「ボク、あんなに綺麗な幻創術の空見たことないよ……」
「お主……」
みんながリオンを見ていた。
「ぼくが……ぼくが……あれを創ったんですか……?」
自分でも信じ切れず問う。もちろん皆は首を縦に振った。
「リオンくんすっご~い! すっご~い!」
アレルはリオンに飛びついて両手を掴んで上下に振る。
リィンフォースもリオンに寄って目線を合わせる。
「リオンくんすごいよ! 声にならなかったわ。これなら創技会優勝間違いなしよ!」
リィンフォースは満面の笑みを浮かべ嬉しそうに言った。
「しかし……感心した。今回の構築は遥かに前回の空と草原より困難だったはずだが……見事に完璧だった。驚嘆したぞ! リオン何か掴んだのか!」
レウも今までにないほど喜ぶ。
「ううん。ただ想像しただけだよ。ぼくも驚いてるんだ……」
リオンは自分の手を見つめる。まだ震えが止まっていなかった。足にも力が入らなくなり座り込んだ。 リオンの視界が急に暗くなり、その場で意識を失った。
二章は終わりです!
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