表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

扉越しの会話

 ニーナの家で暮らし始めて1週間が経った。

 僕は伯爵について領地のことを学んでいる。


 ニーナの家はこの地方都市の管理を行っている。

 かなり数字を見ることが多いが数字関係もそれなりに学んだのでなんとかついていけている。

 留学の最後の年にとにかく暗算を鍛えたのも効いている。


 「ノアお茶をどうぞ。」


 ニーナが僕と伯爵に紅茶を出してくれた。

 本来ならメイドの仕事だがこれから伯爵夫人になるということでニーナも学んでいるようだ。

 子ども時代にあんなに暴れていたニーナが女性らしくなっていて僕は緊張した。

 何度見てもニーナはかわいい。


 この家に来て気付いたのだがニーナはかなり僕を警戒している。

 最初は緊張しているのかと思ったが警戒だった。

 いくら話しかけて暗算を披露してもほとんど距離が近付かない。

 丹精込めて育てたバラを一輪あげても嫌な顔をされた。


 僕には何を直せばいいのか分からなかった。

 僕は限界までニーナの好みになったはずだからだ。

 これ以上はもう無理である。


 ニーナが出ていった扉を僕はじっと見つめていた。


 「そう言えばお前たちの部屋の内扉が閉まっていると聞いたが…。」


 そんな僕を見て伯爵が言った。


 「…はい。」


 「何か問題が?」


 伯爵は心配そうだ。

 娘と婚約者の仲が悪いのでは気になるだろう。


 「…僕にも分かりません。

  初日にニーナが閉めてしまったので開けていいのか困っています。」


 伯爵には割と素直に話すことができた。

 本当の父のような気持ちだった。

 どこかニーナに似ていて強そうな雰囲気も良い。


 「…まあ、夫婦の問題はふたりで解決するしかない。」


 伯爵にも覚えがあるのだろうか。

 僕はニーナの部屋に繋がる内扉を思い出す。

 僕は毎晩内扉を見ていた。

 隣の部屋からする微かな音にも緊張した。

 ニーナの好みの男ならどんな風にこの扉を開けるのだろうか。


 「自分で開けてみなさい。」


 「…はい。」


 伯爵に応援されている。


 「愛情を与えることが大事だ。」


 伯爵は思ったより夫人が好きなんだなと僕は思った。


 「…僕ってあの彼にそっくりですよね。」


 伯爵は困った顔をした。


 「ニーナが子どもの頃描いていた奴だな。」


 「はい。似ていますか?」


 「…似過ぎていて怖いくらいだ。」


 僕は安心した。


 「だがその髪色は魔族に近くて怖いな。」


 そう言われて僕はそうか黒は魔族の色だったと思い出した。

 僕は伯爵と領地の視察に行った時、魔族を忌み嫌う団体があることを知った。


 「滅魔会…のことですか?」


 「ああ。全ての世界の不幸が魔族が引き起こしていると考えている宗教団体だ。

  あれに目をつけられると面倒だ。」


 「わかりました…。」


 領地の見学は一通り終わったので外に出る用事はない。

 次に外に出た時は気をつけようと思ったが黒髪を変える気にはならなかった。

 そんなことよりもニーナに好かれることの方が最優先事項だったからだ。


 「外に行くときは気を付けなさい。」


 「はい。」


 そのあと黙って僕らは数字仕事に戻った。

 貴族は領地に住む人や貸している建物や土地・店が収入源だ。

 滅魔会に貸している土地の収入を見て意外と人が多いんだなと思った。

 領民の人数管理から土地の管理、収入管理などとにかく仕事が多い。

 また手紙のやりとりなどで僕の語学力も役に立つ。

 本当は数字の管理は人を雇っているが学ぶためにやらせてもらっている。

 なんでもできる僕になりたかった。



 その晩、僕は内扉の前に立っていた。

 ニーナも部屋にいるはずだ。

 「自分で開けてみなさい。」という伯爵の言葉が頭をよぎる。


 鍵に手を伸ばしてハッと気がついた。

 風呂に入ったことで僕は今髪の色と目の色が戻っている。

 髪の染料はお湯で洗って落とす物を使っていてコンタクトは1日で交換するもので寝るときにはつけられない。

 僕は毎日早起きして髪を染めコンタクトをしていた。


 今の姿ではニーナに会えない。

 緊張して身体が止まった。

 手を離そうとしたときニーナの部屋からカタッと小さな音がした。


 それに驚いて鍵を開けようとしていた手を思いっきりドアノブにぶつけてしまった。

 バシンッと大きな音がする。


 「…ノア?」


 思ったより近くの扉の向こうでニーナの声がした。

 僕は一気に身体が強張る。


 「…ニーナ」


 多分お互いに扉の前にいることはわかるが僕らは何も話さなかった。

 今すぐ扉を開けたいが開けたらニーナはショックを受けるだろう。


 「ノア、そっちにいってもいい?」


 心臓が大きく高鳴った。

 ニーナに会いたい。

 会いたいが今の姿では会えない。


 「…ダメだ。」


 「…そうだよね。ごめん。」


 ニーナの声が震えている気がした。

 違う、本当は今すぐにでも会いたいと僕は思った。

 僕は慌てる。


 「あ、明日の夜、会おう。」


 明日は風呂に入る前にニーナに会おう。

 やっと話すことができると僕はホッとしていた。


 「…うん。」


 そのあと僕らは無言だった。

 ニーナは眠っただろうかと思ったが僕はずっと扉の前にいた。

 ニーナは何を考えているだろう。


 僕はありのままの姿でニーナに会えない自分を恥ずかしく思った。

 ずっとニーナの好みでいられたらいいのに…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ