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2.パーティーで

 王都に戻り、弟妹たちへのお土産を買い揃えながら、エイダはせめて最後に名前くらい呼んでもらえば良かったとため息を吐いた。


 スティーブンが王宮に戻ると宣言した三日後、エイダは一足先に王都に戻り“教育”の終了を国王へ報告した。勿体ない程の言葉と多額の報酬を渡されたけれど、エイダには必要のないものだったのでそのまま全てを自領の教育施設の増設や管理費などにつぎ込むことにした。呆れたエイダの父が宝石類は加工して身に着けるよう厳命したので、確かにそれはそうだと慌てて職人を探す羽目になった。


 ただ、ここで一つ問題が発生した。国王に「もう暫く、スティーブンの教育係を続けて欲しい」と頼まれたのだ。エイダが、もう必要はないのだと伝えても、国王は頑なに「頼む」と言うのだ。更には王妃まで。一度受けたものを、しかも国王自らの頼みを断ることはやはりできなかった。


 とはいえ、王宮で公務に復帰しだしたらしい王子様に会いに行くことなどできず、しかし自領に帰ることもできずで、エイダは鬱々と日々を過ごしていた。やることと言えば、弟妹に手紙を書いたりお土産を贈ったりすることくらいだ。何せ、友人たちは結婚生活や仕事や婚約の取り決めに忙しく、会えたとしても数時間程度だった。多忙な彼女らを誘うのも気が咎めて、エイダは王都にある屋敷で本を読んだり刺繍をしたりと深窓の令嬢のような生活を送っていた。


 エイダは父に結婚の話をしてみたが、父も王子が帰って来たことによって忙しいらしく、どうにも話が進んでいる気配がない。母に相談しても「エイダちゃんの嫁ぎ先はとびきり良い所にしてもらいますからね」と言うだけで、具体的な解決にはならなかった。


 本当に働きに出ることを考え始めたエイダだったが、そんな彼女に母は明日の天気でも話すようにこう言った。



「あ、エイダちゃん。明後日、王宮でパーティーがあるらしいわ。主催はスティーブン殿下ですって。エイダちゃんはマシューくんと一緒に出てね。マシューくんはシーザーくんと一緒に明日にはこっちに来るから。ああ、ドレスも靴もお母様がもう用意しましたからね。アクセサリーはこの前、陛下に頂いたものと合わせましょうね」



 エイダは耳を疑った。しかし彼女の母は「これからお父様とお母様の準備なの~」と去っていってしまった。使用人や商人が大荷物を持って母の後ろをついていく。彼女の母は、酒の次に衣服が好きでイベントごとになればその手腕を遺憾なく発揮した。急遽決まったパーティーだったようで、仕立てからは始めないようであったが、“準備”とやらはきっと夜遅くまでかかるのだろう。



「……うそ」

「エイダお嬢様、どうかされましたか?」

「い、いいえ、何でもないわ」

「マシューお坊ちゃんとシーザー様がいらっしゃれば賑やかになりますわ。よかったですわね、エイダお嬢様」

「そうね……」



 エイダが毎日をつまらなさそうに過ごしていたのを知っているメイドたちは、彼女のすぐ下の弟と再従兄弟がこの屋敷に滞在することを喜んだが、エイダはそれどころではなかった。


 エイダはその夜、中々寝付くことができなかった。まだ、再会するには早すぎる。だってまだ数週間しか経っていない。あの離宮で過ごした日々は、思い出話にはなっていないのだ。ベッドの中でエイダはぎゅっと自身の手を握りしめた。


 何せ、もうエイダは認めてしまっていた。自身があの“王子様”に焦がれている事実を。たった一ヶ月と少しの間で、舞台のヒロインたちのように呆気なく。エイダは自身がそういう人間でないとばかり思っていた。恋など一生できずに生きていくのだと信じていた。あれはそうではなかったと、どんなに自身を誤魔化した所で、エイダは確かにスティーブンに恋をしてしまっていた。


 エイダの名前さえ覚えてくれない人なのに、一体何がよかったのだろう。国内にはあまりいなかったが、遊学先では露骨にエイダへアプローチをしてくれる人だっていた。格好いい人だって沢山見てきた。それがどうしてまた、あんなにも望みのなさそうな人なんかに、とエイダはずっと悔やんでいる。


 笑顔を向けられた時だろうか、子どものようにじゃれ合った時だろうか。手に入らないものは愛さないと決めていた筈のエイダは、愚かにもそれに恋をしてしまったのだ。


 しかしエイダは、きっと時間が解決をしてくれると信じていた。この報われない恋も、父にスティーブンとのことをお願いしてしまおうかと一瞬でも考えてしまった浅ましい自身も、きっと時間がどうにかしてくれるのだと信じていたのだ。


 エイダが教育係であることは続いているが、スティーブンはもう早々にあんなことにはならないだろう。もう少しすれば任だって解かれるだろうし、そうすれば自領に戻ってゆっくりと今後の身の振り方も考えられる。そうこうしている内に、恋心なんてただの思い出にかわるだろう。そうだとばかり思っていたのに、王子主催のパーティーなんてとんでもない。スティーブンを見てしまっていらない熱に浮かされるのも、彼が誰かと睦まじく踊っている姿を見るのも嫌だ。


 嫌で嫌でたまらないけれど、王子主催のパーティーに公爵令嬢であるエイダが出席しないことなんてありえないのだ。それこそ一番下の妹のように手足をばたつかせて駄々をこねたくなるのを我慢して、エイダはベッドの中で丸くなりながら「何かの理由でパーティーが中止になりますように」と祈った。


―――


 勿論、パーティーは予定通りに行われた。祈りは届かなかったが、けれど別段困りもしないだろうと、エイダは無理に自分を納得させて会場に乗り込んだ。


 これまでだって、パーティーで王子様に挨拶をすることだってあったのだ。その後にお話をするような間柄では決してなかった。王子様と話がしたい人なんて老若男女問わず大勢いるのだから、用もなく特に親しい間柄でもないエイダが彼と顔を合わせるだけで気まずくなる必要なんてない。王子様に恋する乙女なんてそれこそ沢山いて、ただその中の一人になっただけでエイダが特別にかわりばえするようなこともない。


 挨拶するだけだ。それだけならば、と両親の後ろに隠れてやり過ごして、エイダは早々に友人たちの輪の中に入った。友人や再従兄弟のシーザーは彼女の遊学中の話をよく聞いてくれ、久しぶりに楽しい時間を過ごしていると、そろそろダンスが始まる時間になった。出席する前とは違い、少し気分が上向いたエイダが「一曲くらい誰かと踊ってみようかしら」などと呑気に考えていると、後ろから声がかかる。



「やあ、ご機嫌いかがかな?」

「スティーブン殿下」

「お心遣いありがとうございます。素晴らしい夜ですわ」



 心臓が、止まるかと思うくらいだった。シーザーが最上の礼を行おうとするのを見て、一瞬遅れてエイダもそれに習った。動揺を表に出してはいけない。その訓練をそれこそ泣きながら何度もしたことが、こんなにも役立つ。エイダは当時の指導役に心の中で何度も感謝した。



「――ところで、そろそろ曲がかかる頃だね」

「あら、そうですね」

「エイダ嬢、よければ私と踊って頂きたいのだが」



 嘘だ、今、目の前のこの人は何と言ったのだろう。エイダは理解が追い付かなかった。そもそも、スティーブンが自身の名前を覚えていたことに対してだって十分に衝撃的であったのに、まさかファーストダンスに誘ってくるだなんて。



「いかがかな?」

「エイダ嬢?」

「えっ、あ、ああ、すみません。……謹んでお受け致します。お誘い頂き、ありがとうございます」



 これ以上はいけない、これ以上、感情を露わにするなどはしたないことだ。エイダは持てる力を総動員していつも通りの表情を作り上げた。何か外野が煩かったが、それはもう聞かないことにした。もう心をざわつかせたくはなかった。


 ダンス中、何やら詰られてしまったエイダは、その真意が掴めずに困惑したが、それでもそれらは彼女の動揺を収めるには役立った。実際にスティーブンと話したことで、離宮での気安さが蘇ったような気もした。


 曲が終わって「話がしたい」と言われた時点で、その先が察せられない程にエイダはどんくさくはない。緊張も動揺も過ぎると冷静になるようで、スティーブンの話を遮らずに最後まで聞くことができたし、エイダは自身の思っていたことをスティーブンに話すこともできた。寒いからと貸してもらえた上着が、存外に熱を持っていたせいかもしれなかった。



「……離宮での僕は、今までの僕が一番に嫌悪する類の人間だった。だが、あれも僕の一部だ。僕が王になる以上は、そういう僕でさえも支えてくれる人でなければならない。……君を利用するように聞こえるだろうけれど、公爵家の娘で外交に強く勉強もできる。そして僕を立ち直らせてくれた。僕の后として君以上の条件の人はいない」



 自身の半ば八つ当たりのような話を聞いた上でそこまで言ってくれるのならば、とエイダは覚悟を決めた。恋だの愛だのそういうことではなく、臣下として国王を支えるべく王妃という職に就こう。エイダの父も、恐らく反対はしない。エイダはもう一度、スティーブンに頭を下げた。



「殿下が王宮にお戻りになられたのは、殿下のお力でございます。更に殿下のご結婚相手として、条件を並べられるのは当然のことですわ。ですが、そこまで言って頂けて光栄でございます。謹んで――」

「待って」

「え?」

「まだ何か言っていないことがあるんだろう。結婚をしてくれるのは嬉しいけれど、できればちゃんと、納得をした上で返事をして欲しい。……急がないから」



 スティーブンの顔は、明かりがさほど届かないバルコニーであっても赤く見えた。それを盗み見てしまったエイダは咄嗟に言葉が出ず、目も合わせられない。しかし、気を使ったのか戻ろうと言ってくれたスティーブンに従う訳にもいかなかった。



「殿下は、わたくしの名前など、ご存じないとばかり」

「えっ、え゛!? 知っている、というか覚えているよ! 僕たちは昔から――」

「離宮では、一切お呼びにならなかったので。今もではありませんか」

「それは、そ、でも、ちゃんと覚えているよ。エイダ・ラフィネ公爵令嬢、ちゃんと、あの……」

「ええ、ですから、先程、ダンスに誘ってくださった時に、名前をお呼びくださったから、わたくし、びっくりして……」



 そう、エイダはあの時とても驚いたのだ。しかしまあ、よくよく考えればおかしな話でもない。主催で行うパーティーに出席する人を確認するのはよくあることであるし、そもそも離宮で過ごしていた時だって知っていてわざと呼ばなかった可能性だってあった。でもだからこそ、今日だってこんな風に呼ばれるなんて思ってもみなかったのだ。



「ごめん、あの、本当にすまない。どうにも気恥ずかしくて、だってほら、昔は“エイダちゃん”って呼んでただろう。それをかしこまって“エイダ嬢”っていうのが何だかおかしくて」

「昔の呼び名まで覚えてらっしゃるの?」



 そこでエイダはやっとスティーブンの方を向いた。子どもの頃のことなんて、全て忘れているとばかり思い込んでいた。思い込みとは何て恐ろしいのだろうとエイダが僅かに唇を噛むと、スティーブンも僅かに眉間に皺を寄せて話しだす。



「覚えているよ。いつも兎とか犬のぬいぐるみを持って王宮に来ていたこととか、僕のことを“スティくん”って呼んでたこととか」

「その節はご無礼を」

「子どもの頃の話にそういうのはなしだよ。君、あ、いや、エイダ嬢はあの頃からずっと可愛いものが好きだよね」

「え?」

「あの頃はよくリボンとフリルのたくさん付いたドレスを着ていたし、今もその爪が――」



 指摘された爪をエイダはバッと胸に抱きこんだ。



「あ、あの、お目汚しを」

「可愛いよ、似合っている。……僕が、そこまで見ていないと思っていた?」

「……」



 苦笑を漏らしたスティーブンに、何か釈明をしないととエイダは考えた。けれど考えれば考える程に訳が分からなくなっていく。


 だって、離宮では一度も触れてこなかったのに。それとなく言ってくれればすぐに止めたのに。子どもの頃から可愛いものが好きで、しかしもうそろそろ、こういったものは止めなければならないとエイダだって分かっていた。けれど、でも気づかれもしないのなら好きにしていようだなんて。エイダの頭の中は後悔と言い訳と反省で満ちていた。



「子どもっぽいと思われたでしょう、成人も済ませたのにいつまでも少女趣味で」

「どうして、好きなんだろう?」

「それは」

「だったらいいじゃないか、君は素敵で可愛い女性だよ」

「か、あ……」

「エイダ嬢?」

「う、上着をありがとうございました! わたくし、今日はこれで!」

「え、ちょっ」

「失礼致します!」

「……あ、え?」



 エイダは淑女にあるまじき勢いでスティーブンに上着を突っ返し、雑に礼をしてぱたぱたとバルコニーから逃げて行った。そのままパーティー会場からも出て行ったので、後ろで会場が静かに揺れたようだったが構ってはいられなかった。


 残されたスティーブンが上着を握りしめながら立ち尽くしていたことなんて知らずに、エイダは自宅へ逃げ帰った。


 だって、あんなあんな、いや、違う、ちが、何が!?


 一人だけで真っ赤な顔をして先に帰って来たエイダに使用人たちは少しばかり驚いたが、別段怪我などはしていないようだったので様子を見ることにしたようで、特には何も言われなかった。エイダはそのまま部屋にこもっていたが、勿論そのままという訳にはいかなかった。後から帰って来た両親に呼び出され、笑われながらやんわりと注意を受けた。



「そういう事情であったなら、私から陛下たちにお伝えしておこう。心配はいらない、我が国の王族方は寛大な心をお持ちだ」

「申し訳、ございませんでした……」

「うふふ、もういいのよ。恥ずかしかったのよね」

「その、あの……」

「おや、喋るのが難しいのならウサギさんに来てもらうかい?」

「……」

「貴方、ここは茶化す所ではありませんよ。そんなだから嫌われるんです」

「きらっ、え、え!?」



 “ウサギさん”とは、幼かったエイダが大切にしていたぬいぐるみの一つだ。あの素晴らしい友人がいれば、エイダは何にだって挑戦できた。しかしそれはあくまで昔の話だ。彼女の父は稀にこういった小さかった頃のことをからかうように話すので、子どもたちから白けた目で見られる時がある。



「それでエイダちゃん。結婚を申し込まれたと言っていたけれど、エイダちゃんはどうしたい?」

「……え?」

「エイダが決めて構わないんだ。我が家としては、本当にどちらでもいい。これは言葉遊びではなく、真実だ。ただ、今夜中には決めて欲しい」



 先程とは違い、エイダの父は、親ではなくラフィネ公爵の顔をしていた。自然と背筋が伸びるが、けれど決めろと言われてすぐに決められる問題でもない。そもそも判断基準が分からない。自分がどうしたいかなんて、エイダの方が教えて欲しいくらいだった。


 こんなことは今までなかった。遊学に行ったのも、そこで様々な勉強をしたのも経験を積んだのもエイダが自ら望んだことだ。身分や性別、年齢の関係で叶えられなかったことだって多くあったが、エイダは自身が何をしたいのかを明確にしてそれに向かって努力もしてきた。それなのに、この件に関してはどうにも答えが出なかった。



「結論を急かせてしまって悪いね。だが、お前が殿下との結婚を断るのなら、他の方の擁立も急がねばならなくて。ほら、まだあまり良い情勢とは言えないから」

「難しく考え過ぎないで、エイダちゃん。結婚してあげてもいいと思うのか、あんな人はお断りだと思うのか、どちらかでいいのよ」

「お断りって、君ねえ」

「まあ、大事なことですのよ。選べる権利があるなら尚更ですわ。わたくしもそうだったもの」

「そ、そうだったの? 私、初耳なんだが……?」

「いやだわ、だからわたくしは貴方と結婚しましたのに」

「そっか~」

「そうですわ~」



 目の前で手を取り合う両親を、エイダは黙って見つめた。彼女にとっていつまで経っても仲の良い両親は自慢でもあり、憧れでもある。すぐ下の弟であるマシューなどは「ちょっと仲が良すぎる」と難しい顔をしている時があるが、そういうお年頃なだけらしく、二人が少しでも口論を始めると家族の中でも一番にそわそわしだして、遊学で外国にいたエイダに手紙で助けを求めるくらいだった。



「……お父様」



 いつも通りの二人を見ていると、自然と肩の力が抜けていった。そうだ、そう難しく考えることでもない。それが許されるのなら、その特権を甘受してしまおう。迷っているのも馬鹿らしくなって、エイダは笑いながら答えを出した。


読んで頂き、ありがとうございました。

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