番外編・エイダのぬいぐるみ
時系列として、二人が結婚してから暫く経った頃です。子どもはまだいません。
「クリストフ、これは?」
「見たままだ、よくできているだろう?」
「確かに」
クリストフがスティーブンに差し出したのは、愛らしいぬいぐるみだった。デフォルメをされているが、とてもよくエイダに似ている。
「うちの奥さん、最近ぬいぐるみ作るのが趣味なんだが、この前、エイダ様に会った時にインスピレーションが降りてきたとかなんとか」
「器用なものだな」
「できたはいいが、さすがにそれがうちにあるのはおかしいだろう? ですので、献上いたします」
「そうなのか、お礼を言っておいてくれ」
「ああ、じゃあ、俺は今日は帰るな。スティーブンもほどほどにしておけよ?」
「大丈夫だ。もう少ししたらエイダが迎えに来てくれることになっている」
「……迎えに来てもらわなくても自主的に部屋に戻れよ」
「僕も自分で戻れると言ったんだが、教育係殿から許可がおりなくてね」
「あっはは、ま、日頃の行いだな」
「最近はちゃんとしているんだが」
「あー、前よりは、まあ、うん……」
クリストフは言葉を濁しながら執務室から出て行った。その言動に含まれた意味にスティーブンは少しムッとしたが、すぐにクリストフが持ってきてくれたぬいぐるみに視線を落とした。
可愛い。掛け値なしに可愛い。自身が子どもであったなら、きっと一緒に眠っただろう可愛さだと、スティーブンは心の中で絶賛した。スティーブンの愛する王太子妃であるエイダの愛らしさが凝縮されたようなぬいぐるみだった。
ぬいぐるみのエイダが着ている服装は、教育係として初めて会った時に着ていたものと同じだった。最近では王太子妃に相応しく新しく誂えたドレスばかりだから、少し懐かしさまで感じる。
「……スティーブン様?」
びくり、とスティーブンの肩が跳ねる。彼がばっと視線を上げると、そこには僅かに怪訝そうな顔をしたエイダが立っていた。どうやらスティーブンはエイダの入室に気付かなかったらしい。
「その、どうされたのですか、それ……」
「え、あ、いや、これは!」
スティーブンは何も悪いことはしていない。していないはずだが、何故か慌ててしまってどうしようもなく怪しくなってしまう。それもこれも全てスティーブンが持っているぬいぐるみが可愛らし過ぎるせいだ。
「違うんだ、これは、クリストフの奥方が作ったもので」
「ああ、カレン様が」
「そ、そうなんだ。それでクリストフが持ってきてくれて」
「そう言えば、そんな話をしましたわ。素晴らしい出来ですね」
「……そうだよね、売り物みたいだ」
エイダが視線を緩めて、スティーブンの手元を覗く。そこでやっとスティーブンは落ち着くことができた。冷静になれば、何を慌てていたのかと逆に不思議になってしまう。
「ですが、こうなるとあれですね」
「あれ?」
「わたくし一人では寂しいです。スティーブン様も一緒に作って頂けばよかったな、と」
「それは、いいね。一緒に飾ったらいいかも」
「ふふ、カレン様に作って頂けないか、お願いをしてみますね」
「何だか、人形遊びをしたことを思い出すなあ」
「あら、スティーブン様もそのような遊びを?」
「え? 君としてたと思うよ?」
「え? あ……」
エイダが口を押さえて少し視線を外したが、スティーブンは少しその頃を思い出した。子どもの頃、スティーブンを人形やぬいぐるみを使った遊びに誘ったのはエイダくらいだったからよく覚えている。
「エイダの持ってきていた大きいぬいぐるみと、乳母が急遽出してきた小さな人形でさ……」
「当時はご迷惑をおかけしました、しましたからその話は止めましょう!」
「何で?」
「何ででもです!」
当時のエイダは、遊び回りたい盛りの男の子が人形遊びに付き合ってくれる優しさを知らなかったのだ。そんなに何度も付き合わせた覚えもないが、父であるラフィネ公爵にそれとなくやんわり注意されたことを思い出し、エイダは頬を赤く染めた。
「ね、これさ、アルコイリスに見せに行ってあげようか」
「アルコイリスに? 気に入ってもらえるでしょうか……?」
「あ、駄目だ。気に入って離さなくなるかもしれないから、やっぱり止めよう」
「そんなことあります?」
「ある、だってこんなに可愛いんだから」
「まあ……」
エイダはまた笑ったが、スティーブンはまたまじまじとぬいぐるみを眺めた。
「……僕が、恋した時の君だ」
「え?」
「すごく可愛い」
そして今度はエイダの方を向く。
「この時も可愛かったけど、今の方がずっと可愛くなってる気がする。……君、どうしてそんなに可愛くなっていくの? 疲れたりしない?」
「……」
「エイダ?」
エイダはいろいろなものを、ぐっと堪えた。スティーブンはたまに不思議なくらい純粋にこういうことを言ってのけるので、エイダはその度にこんな思いをしなければならなかった。
「その問いに関する答えをわたくしは持ち合わせておりませんが、とにかく、もうすぐお食事の時間ですわ。もう参りませんと」
「ああ、そうか。その前にこのぬいぐるみを置いてこないとね」
「そうですね」
やっと話が変わって、エイダはほっと肩から力を抜く。そして今度は、その肩をスティーブンが抱いた。
「エイダ」
「え、ん……」
スティーブンは何の脈略もなく、エイダにキスをした。二人は夫婦であるし、まだまだ新婚であるのだから、スキンシップはあってもいい。あってもいいが、せめて心の準備がほしいと、エイダは小さくスティーブンを睨んだ。
「ぅ、ごめん、僕の妃が可愛いなと思って」
「もう、何なんですか、それ」
「だって、可愛いって思ったら、キスしたくなるんだよ」
スティーブンが、許してほしいと困ったように微笑む。これがどうして中々、断れないのだ。エイダはもう一度だけ、もう、と返したが、それ以上は言わない。そもそも別に怒ってはいないので、この話は終わりなのである。
「ぬいぐるみ、どこに置こうか。……夫婦の部屋はちょっとあれだし」
「あれ?」
「ちょっとまあ、あれだから。僕の部屋に置いてもいい?」
「……わたくしの形のぬいぐるみなのですから、わたくしの部屋に置くべきでは?」
「……いや、でも、僕が貰ったし」
「え? ……え? 王太子の部屋に、妃のぬいぐるみを置くんですか?」
「だ、駄目、かな?」
「……いいですけど、いいんですか?」
「……」
「取りませんから、そんな顔しないでください」
この後も少しだけもめたが、結局、エイダのぬいぐるみはスティーブンの部屋に置かれることとなった。
読んで頂き、ありがとうございます。
書籍化致しました!ご支援ありがとうございます!
今回、表紙を花染なぎさ様に描いていただきました。めちゃくちゃ可愛い表紙です。本当に可愛いです。
今回の短編は表紙折りこんだ所のイラストから作りました。本当に可愛いんです!
本当に可愛く描いてもらったんです。すごく嬉しい。本当に感謝しかありません。
上記のように語彙力がなくなるくらいには可愛いイラストです。
お手にとって頂ければ幸いです。よろしくお願いいたします。