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1.教育係のエイダ

「本日より貴方の教育係に任命されました、エイダ・ラフィネと申します。よろしいですね、スティーブン王子殿下」



 形だけは丁寧に、最上の礼をとってエイダはそう言った。真っ昼間から離宮で酒を飲んでいたスティーブンは、しゃっくりを抑え込みながらどうにか口を開く。



「よろしいも、何も、君、僕と同い年じゃないか」

「そうです。そのわたくしが任命されたことに意味がございます」

「はっ、意味? そんなものがあるというの。ついに父上が僕を見放したというだけだろう?」



 スティーブンは手に持っていた葡萄酒の瓶をあおった。それを見てもエイダは特にうろたえることもなく、ツンとすました顔をくずさない。



「まったく違いますわ」

「じゃあ何だと言うんだ?」

「それはご自分でご確認ください。わたくしはそこまで面倒見切れませんわ」

「……君、僕のこと馬鹿にしてる?」

「しておりませんが、さっきから質問しかなさらないのね、くらいは思っております」


 とうとう押し黙るしかできなくなったスティーブンは、新しい酒の瓶を取ろうと手を伸ばした。しかしその手は、整えられた愛らしい爪紅を乗せた指にパチンと叩かれた。



「な」

「わたくしは教育係だと申し上げたでしょう。わたくしが離宮におります時間は、これ以上の飲酒を禁じます」

「き、君にそんな権限があると思っているのか」

「ありますわ」



 エイダはぱっと令状を差し出した。そこには『エイダ・ラフィネ公爵令嬢に、王子スティーブン・フィエルテへの教育を命ずる。その教育上必要な全ての権限を、国王ウィリアム・フィエルテの名をもって許可する』と書かれてあった。



「“飲酒を禁ずること”これは教育上必要な事象であり、わたくしはその権限を持っております」

「嘘だろう」

「事実です」

「……」

「こちら、ここに置いていきますわ。どうぞ、存分にご確認ください。本日は顔見せだけですので失礼致します」

「……」

「ああ、ないとは思いますが、隠したり破ったりしたところで無駄ですわ。諸事情で紛失してしまうことがあれば『いつでも同じ令状を発行する』と、陛下が仰っていましたので」



 では、ごきげんよう。そう言い残し、エイダは離宮から出ていく。その凛とした後ろ姿を黙って見送ったスティーブンは、カウチに深く沈み込み乾いた笑いを漏らした。


「今更、なんだっていうんだ」


 恨みのこもった声で、そう呟く以外にスティーブンになすすべはなかった。


―――


 スティーブン・フィエルテは、フィエルテ王国の第一王子である。子どもの頃から麒麟児と名高かった賢王ウィリアム・フィエルテと文化芸術に秀でた王妃アリス・フィエルテの一人息子だった。そんな二人から生まれた王子はどんなに素晴らしく成長するだろうと、皆がスティーブンに期待をしていた。


 しかし、スティーブンは、良くも悪くも普通の子どもだった。父ウィリアムのように五歳で法律を諳んじることもなければ、母アリスのように八歳で五つの楽器を各々完璧に弾きこなすこともなかった。他の子どもたちと同じように学び、そして同じように躓いた。


 皆は大いに落胆した。それは、子どもだったスティーブンにも感じ取れることだった。実際、スティーブンの成績は悪くはなかった。同年代の貴族の子どもたちと比べても常に上位にはいた。ただ、確かにスティーブンより秀でている者も複数いたのも本当のことだった。


 スティーブンは努力をした。夜遅くまで勉強をし、朝早くに起きて剣の稽古や乗馬を習った。自分は第一王子なのだから、自身がこの国を継ぐのだからと一生懸命に努力をした。そのかいあって、スティーブンは同年代の子どもの中では常に一番をとれるようになっていた。スティーブン自身にも自信がついていた。


 それらをやっと少しずつ周囲の者たちが認めだし、これで全てが上手くいくと思われた。しかし、成人を済ませ公務を精力的に行うスティーブンに向かって、父ウィリアムはこう言ったのだ。



『スティーブン、暫く休め』



 夜遅くまで起き朝早くから仕事を行うスティーブンの顔色は、日に日に悪くなっていた。しかしそうしなければ公務は溜まる一方だった。文官たちが王子ならばできるだろうと楽観的にどんどん書類の束を持ってきたので、スティーブンの執務室には常に書類の山があった。



『何を仰っているのです、父上。仕事はこんなにも多くあるのです。今、休む訳には』

『休めと言っているのだ。その程度の仕事、私なら一時間もかからん』

『……そうですね、僕ではその倍以上かかります。ですが、これは僕に与えられた仕事で』

『お前は私ではない。私と同じようにしようとしたとて、できるはずがないだろう』

『―――』



 その言葉に、スティーブンの内にあった何かがぶつり、と切れてしまった。それが何だったのか、彼にすら分からなかった。父に何かを言い返すこともせず、スティーブンは部屋に戻った。どういう道順で戻ったのか、覚えていない。もう、何もかもがどうでもよくなった。


 次の日もその次の日も、スティーブンは部屋から出てこなかった。毎日欠かさず公務に励み、下々の者にまでにこやかに接していたあの勤勉な王子がどうしたことかと皆が騒いだが、一週間が過ぎてもスティーブンは部屋から出なかった。


 一ヶ月が過ぎようとした頃、母アリスが離宮で休んではどうか、と言ったのでスティーブンは黙ってそれに従った。王都から馬車で一日かかる場所にある離宮に閉じこもり、スティーブンはぼんやりと酒を飲むだけの生活を送った。暴れだしたり、怒鳴り散らすことはしなかったが、あの勤勉で心優しい王子の面影はなかった。


 そんな生活を半年続けて、今に至る。



「廃嫡でもなんでもなさればいいのだ。それを今更、教育係などと。最後通告のおつもりなのだろうか。……もう、どうでもいいな」



 エイダが去った後、スティーブンは酒を飲みなおす気にもなれず、入浴だけ済ませて髪も乾かさずにベッドに横になった。

読んで頂き、ありがとうございます。


また、王子編では恋愛要素が薄めかもしれません。恋愛の部分は王子編終了後の令嬢編にて詳しく書いていく予定となっております。(R-15は保険です。)


大変恐縮ですが、よろしければブックマーク・評価などして頂けるととても嬉しく思います。よろしくお願い致します。


ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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