特殊な人々
人には言えない悩みを抱えている人は多いと思います。私もその一人です。
ようやく悩みを打ち明けても、理解されないまま終わることもたくさんあります。相手にとっては、しょうもないことなのでしょうか。
しかし最近は、人に自分のことをわかってもらいたければ、まず、自分が相手を理解することが大切だとも思います。
街は幽霊で溢れていた。彼には見える。自殺者の魂や、無念の死を遂げた者の怨念が形になったものが。
松田良亮の目には、はっきりと霊が映っている。嘘ではない。その実体のない存在を見ることができる。それは、3D映像のように触ることはできないが、彼にははっきりと見えていた。
しかも、この世のものではない霊たちの種類もわかる。浮遊霊、守護霊、地縛霊なんかは珍しくない。たまに死神を見ることがある。守護霊ではなく、死神が背後に憑いている人は、もうすぐ死んでしまうのだ。そのような人を見かけると、「自分には関係のないことだ」と、彼は逃げるようにその人から離れる。
実際、街で死神に憑かれた人を見ることはよくある。子供の頃に一度だけ、死神に憑かれた人の後をつけたことがあった。直後、その人は交通事故で亡くなってしまった。その衝撃的な光景を彼は忘れられなかった。
この能力を使い、死期が近い者にそれを伝えたこともあった。結局、気味悪がられて終わりだった。
そんなこともあり、いつしか良亮は、自身の能力を人に言わなくなっていた。実際、言ったところで信じてもらえるわけがないのだ。テレビに出てるインチキ霊能力者に対しても、何も思わなくなっていた。
彼は、生まれながらの能力を他人に理解してもらいたい気持ちと、理解されるわけがないという気持ちの狭間で生きていた。
そんなある日、街角で霊能力者と名乗る女が、何やら怪しげな演説を行っていた。どうやら、除霊の方法を広めているようだった。
良亮は霊が見える能力を持ちながらも、除霊は心得ていなかった。今まで霊を見てきた彼は、そんなことができるわけ無いとも思っていた。また、悪質な詐欺師が世に出回ると思いながらも彼は、
「本当に霊が見える僕が、どんなものか見てやろう」
と、その集会を遠巻きに眺めていた。
時間が経過するごとに、周りで聞いている人の数は減っていた。それはそうだった。実際に霊が見えない者たちに、いくら除霊の方法を熱弁したところで、ある程度聞けば興味は薄れていく。皆、彼女をいわゆる「イタい子」として見ていたのだ。
一人、また一人と数が減っていく。
今や女の話を聞いているのは、良亮だけになっていた。熱弁しているだけで、実際に除霊を行おうとしない彼女に、彼もいよいよ飽きてきた。
良亮が「そろそろ、帰ろうかな」と思った時だった。
「あなたも霊が見えるのですか?」
と、女が言った。
良亮はとても驚いた。今まで、彼がどんなに願っても、受け入れられることがなかった事実を指摘されたのだ。
「え、なんでですか......」
彼は思わず理由を聞いてしまった。まさか、今までインチキ霊能力だと疑っていた相手から、霊能力者であることを見破られるとは思っていなかった。
しかし、良亮は少し冷静になった。
(一向に除霊をしようとしない女だ。適当なことを言っているに違いない)
危うく彼女に心を開きそうになった良亮は、寸前のところで考えを改める。ただ、言葉を並べているだけの奴を信用するべきではないと。
そして、彼女が本物の霊能力者であるかどうかを確かめるには、聞いてみればいいとも思った。つまり、自分に見えている物が、彼女の目にも同様に映っているかを確認すればよい。
思い切って聞いてみることにした。
「先ほどから聞いていましたが、あなたには本当に霊が見えるのですか?」
「はい、もちろん」
「ではお聞きします。霊とはどのように見えるのですか?」
良亮は、期待を込めて訪ねてみた。
「そうですね......」
その女は少し悩むと、
「光の玉のように見ることができます。いわゆるオーブというやつでしょうか。幽霊そのものというよりは、魂を見ていると表現した方が近いですかね」
良亮は、落胆した。「やはり、こいつもインチキ霊能力者だ」と思った。彼の目には、はっきりと霊の姿が見えているのだ。オーブなんて見たことがない。
彼はあきれながらも、その女に本当のことを話した。今、自分が見ている物のこと。本物の霊とはどのように見えるのかを伝えた。
すると彼女は少し驚いたように見えた。しかし次の瞬間、
「それは嘘ですね。」
冷たく言い放たれた。良亮は、インチキ霊能力者にインチキのレッテルを貼られたのだ。彼は悔しかった。
「だいたい、死神なんて存在しません。死期が近い者の背後には、黒い霧のような影が見えるのです。」
良亮は、女の声を何とか冷静に聞きながらも、はらわたが煮えくり返るような思いをしていた。嘘つきに嘘つき呼ばわりされる筋合いはない。まして彼は、こんな悪徳商売をしようとも思っていない。
(この女は、嘘をつくだけでは飽き足らず、金もうけをしようとしているではないか。人とは違う能力を手にしたい気持ちはわかる。実際、皆そう思っている。しかし、それが世間から認められることがない能力である苦悩を知らないのだ、この女は)
彼は、怒りが収まらないまま、次の言葉を口にした。
「いいでしょう。そんなに言うなら、私についてきてくれますか?」
「どこへですか?」
「私が知っている中でも、一番霊が集まるトンネルです。普段なら決して行くことはありませんが、あなたに本当の霊というものを見せてあげます。」
「......いいでしょう」
良亮は、この女に本当の霊とはどのように見えるのかを教えてやりたかった。能力がなくても、強力な心霊スポットだから写真に収めることができると思っていた。霊がより活発になる夜に行けば、うめき声くらいは聞こえるとも思っていた。
(さすがにオーブがうめき声をあげることは無いだろう。これでしばらくトンネルにいれば、あの女に本当の霊というものを見せてやれる)
良亮をここまで動かしたのは、彼にとって許せなかった女の言動である。
夜、車で向かうことになった。良亮は本当は行きたくなかった。除霊術を知らない彼は、霊に取り憑かれたらそれまでだった。今まで何人もの若者が遊び半分で行き、命を落としていると聞く。
(しかし、女の言動は目に余るものがある。一回、霊の恐ろしさというものを味わえば、二度と詐欺まがいなことはしないだろう)
そう思いながら、彼は準備を進めていた。
夜になり、良亮は車を走らせていた。隣にはインチキ霊能力者である女が座っていた。車内での会話は一切なく、冷え切ったカップルのようにも見えた。
「今頃、言い訳でも考えているのであろう」と良亮は思った。
トンネルまで約200メートルというところで、良亮は車を止めた。このトンネルはカーブの直後にあるので、路駐するには注意が必要だったのだ。
会話もなく、二人は車を降り、トンネルへと歩を進める。
街灯はあるものの、冷たい風が二人に襲う。
当然、良亮の目には、無数の霊たちの姿が見えていた。やはり、かなり危険な場所だったのだ。しかし、これだけいれば一体くらいは映るだろうとも思い、カメラを回し始める。
いよいよトンネルに入る。中は風が吹いていないのに、外よりもひんやりとした冷たさがあった。女が身震いをしたので、良亮は彼女に缶コーヒーを渡す。少し驚きながらも彼女は礼を言い、しゃがみこんだ。
慣れていない一般人には、この感じがつらかったのだろうか。
その時、彼の目は信じられないものの姿を捉えた。
彼女の背後にいる死神の存在だ。これだけいる霊の中で、それだけが真っ黒な姿をしている。何回も見てきた奴だった。
良亮は悟った。この女はここで死ぬのだと。彼女は彼女の背後に憑いている死神には気づいていないようだ。
(自分のせいだ、この女を殺すことになってしまう......)
霊を怒らせると、不味いことが起こることを理解していた良亮は、もう助かることのない命に対し、どうすることもできない歯がゆさを感じていた。ただ、詐欺まがいな行為をしていた彼女に対し、自業自得だとも思った。
(そもそも付いてきたのは彼女だ。別に無理やり連れてきたわけではない)
何とか彼は、自身の行動を正当化することに努めた。
しかし彼は、彼の背後にいる者の存在には気づいていないようだ。
一方、女も悟る。この男はここで死ぬのだろうと。缶コーヒーを渡されたとき、彼の背後に見える黒い影を彼女は見逃さなかった。
この光り輝く無数のオーブの中で、彼女は唯一、邪悪さを感じるその黒い影から目を背けた。自らわざわざ危ない場所へと足を運んだのだ、罰が当たって当然ではあったが、その残り少ない命に追悼の念を込める。
黒い影だけは、除霊できないのだ。彼女は、自身の非力さを嘆き、彼に同情した。
その彼女もまた、彼女自身の背後にある黒い影には気づいていなかった。
直後、二人がいるトンネルにトラックのライトが差し込む。カーブの直後にあるそのトンネルで、まさか真ん中に人が立っているとは思わない運転手は、対応することができない。
互いが互いのこれからのことを思い、これから起こるであろう最悪の瞬間から目を背けた。
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