その3 師の失踪(Part. H)
どうしたら良いんだろう…。
憑依術が解けてしまったと診断されたライ君を抱えて、頭の中が真っ白になる。
すると先生の残像が、ゆっくりと、優しい声で語る。
「驚かせていることでしょう…。この事態ですし、そろそろ頃合いかと思いますので、これから私は、真相をお話しするつもりです。これ以上聞くのが辛い場合には、退室してくだされば、この記録は止まります。」
その場合、ディアス先生が一人でこの問題を解決して、その後帰ってくるので、心配しないで待っていてほしいと告げられる。
信頼できる先生だから、確かにそれでいいのかもしれない。
でも先生、そんな言い方、ずるいです…。
退室にかかる時間を待ったあと、続きの記録が流れ始める。
ライ君を抱く手に、力が入る。
「…まずは、ライトの正体です。その犬は春にリンデ通りで購入したものですが、私が見た時には、売人の扱い酷く、既に命は長くない状態でした。」
「-っ!!」
「そのため購入後に蘇生を行ったのですが、彼はそれに対して何か恩返しをしたいと申し出たため、1つ、お願いを聞いてもらいました。」
それが憑依術の受け入れ…。
意識ある生き物に憑依をすると、二重人格みたいになるんだっけ?
先生の講義を思い出す。
「それが、当時私自身に憑依させていた、ドアーズ・ポケットの憑依のライトへのかけかえです。」
「ポケット先生-っ!?」
命のお礼に憑依を許したのが、行方不明のポケット先生だったなんて。
つまり、今まで私がライ君だと思ってお話していたのは…。
「憑依術といっても、ドアーズは存命ですので、いわゆる“半掛け”です。彼は必要な時にその犬の体を借りて、ハーミアさんの指導に協力してくれていたのです。」
ライ君って、一緒に天球儀石を探したときとか、ずいぶん転送術に詳しかった。
ディアス先生の使い魔だからだと思っていたけど、中身がポケット先生だったのだとしたら、余程そっちの方がしっくりくる。
「では彼の意識は、普段どこにあったと思いますか?」
話が展開して、質問の内容を理解しようとしていると、少しの間の後、すぐに答えが出される。
一方的な通信だから、仕方ないよね。
「…実はドアーズは今“勇者の揺り籠”に来ているんです。」
勇者の揺り籠。
異世界の勇者様がこの世界に降り立つという、あのおとぎ話に出てくる場所…?
「憑依術が解けたということは、本体の身に何かがあったということです。故に私はこれから、その場所に向かおうと思います。」
大丈夫。安心して待っていてください。
時機を伺うためとはいえ、真実を伏せていてすいません。
先生の姿は、そう言い残して消えていった。
その3 終
ひとこと事項
・半掛け
意識の残るモノに他の霊が憑依すると、いわゆる半掛けの状態となり、二重人格のような憑依となる。はじめディアスは、ポケットを自身に憑依させていたが、ハーミアの護衛と教育のため、拾ったイヌウサギにその意識を移した。
・勇者の揺り籠
おとぎ話に謳われる、異世界の勇者が最初に降臨する場所。「転送術士候補生I その13」参照。
・ディアスの授業
ディアスがハーミアに行っていた転送術系の指導は、実はポケットの指示の元に行われていたらしい。ライトを通じて、予めディアスにどのようなことを教え、どのように振舞うべきかをポケットはレクチャーしていた。




