その2 研究室にて(Part. H)
コンコンコン…
翌日、在室時間に合わせて支度して、急ぎディアス先生の研究室を訪れた。
鞄には完全にわんこになってしまったライ君を入れて。
ノックをしたものの、暫く返事はない。
「…ハーミアさんですね。どうぞ。」
「あ!失礼します…?」
どうしようかと思っていると、かなりの時間差で返事があった。
ゆっくりと扉を開けて、中を覗き込む。
元々死霊術の準備室だったから、怖いインテリアが多くて嫌なんだよなあ…。
安全を確かめると、そこには確かに先生の姿。
でも、下からライトを当てたかのように体が薄く緑に輝いている。
「この光が気になりますか?実はこれ、残像の魔術です。」
「…(๑°ㅁ°๑)!」
何に驚いたかといえば、先生が私の考えを読んでこの映像を残したということ。
まるで自然な会話のようだけれど、これは再生された過去の先生の姿に過ぎない。
ある時点で話した言葉を、姿と共に伝言として魔術で残したものである。
「この術は貴方がここを訪れた際に、自動で起動するようにしておきました。」
ライ君を抱きかかえて、ぐわっと見せる。
首を傾げて、ヘェヘェと息をするわんこに、先生の焦点が合わない。
やっぱり一方通行の記録のようだ。
「おそらく…現在、ライトの憑依術が切れているのではないでしょうか。」
「-っ!!」
だからライ君は喋れなくなっちゃったのか…!
同時に、逆にこの子が今まで喋れていた理由についても知ってしまった。
ディアス先生の実力を考えれば、それはできないことではない。
けれどもそれは、私が今まで“ライ君”として接してきていた“憑依主の誰か”がいたということを示していて、少し予感はしていたものの、やっぱりそれはショックだった。
その2 終
ひとこと事項
・ディアス
専門は死霊術士。わけあってスコラ・リンデに赴任し、ハーミアの担任として転送術科も兼任することとなった。正体はグリムバースという名の龍で、普段は人の姿を取っている。
・残像の魔術
伝言の手段として用いられる魔術。音声メモとホログラム技術を併せたものに近い。ある術者の声を察知した際や、誰でもよいのでその場を訪れた際など、伝言が再生される起動条件は様々。
・スコラ・リンデのオフィスアワー
スコラ・リンデでは各教員にオフィスアワーが設定されており、その時間の間は、教員達は研究室や応接室等、訪ねてきた学生に在室して対応することが義務付けられている。
・憑依術
死霊術士の得意とする魔術の1つで、ある対象に精神を宿らせ、意のままに動かす術を指す。ゴルトシュタットにて小鳥に宿ったダウゼン(転送術士候補生II その14)、グリューンリッテの骸骨兵士(転送術士候補生I その16)等もこの例。