その10 ダンジョンと転移術(Part. H)
進んで、進んで、私達は地下書庫のB19Fまでやってきた。
階にも依るけれど、降りれば降りる程、深海に沈んでいくような気分。
そう思うのは、今、海底洞窟みたいなフロアを歩いているからかもしれないけれど…。
青黒い館内では、一冊一冊の本の上に、光る深海生物が揺れている。
綺麗だけれど、ここには海に関する本でも並んでいるのだろうか…。
「うぅ…;ワープでびゅーんと86階まで行けちゃえばいいのに…;」
「そういえば、なんでそれはできないんじゃ?」
「結界が施されているからです。」
転送術には、術の行使では行けない場所がある。
その一例が、ダンジョンである。
ダンジョンには外からの侵入を拒む結界が張られていることがあり、たとえ一度踏み入れたことのある場所でも、ワープでは行けない場合がある。
ダンジョンが魔物の家であるならば、当然の安全対策といえなくもない。
もちろん、場合によってはダンジョン内の一部ないし全部から外への脱出が許されていたり、ある層まで踏破すれば、それまで踏破した層の間では行き来できるように設計されたダンジョンもあったりする。
つらつら説明すれば、それはディアス先生に教わったのかな、と笑われる。
頷けば、ハーヴィー先生は目を細める。
「説明の順序がポケットそっくりだね。やはりあやつが裏にいたんかなあ。」
ポケット先生の存在を再確認する先生と、ディアス先生に講釈するライ君を想像して笑う私。
「侵入者達が無理矢理脱出を試みると、天井に頭をぶつけるんじゃろ?」
「物理的な系統の転移術ならそうなりますかね…;」
私が学んでいるのは瞬間移動系の転移術であるものの、物理的に空を飛ぶようにワープする系統や、ワープするまでに助走が必要な系統など、様々な流派がある。
「ま、結界を作ることができるなら、結界破りやすり抜けもできるってことじゃがな!」
「そんなことしたら司書さんの大目玉ですよっ(>_<);」
変な薬草を出してニヤつく薬草術士に抗議すれば、よく勉強しているねと褒められた。
首に綱をつけておかないと光るクラゲを食べちゃいそうな野生のライ君を引っ張りながら、私達はまだまだ地下書庫を進むのだった。
その10 終
ひとこと事項
・B19Fの意匠
この階のフロアマスターによれば、B19Fは深海にあったと言われるオーシェルム文明にちなみ、深い海の底の神秘を表す意匠となっているという。この文明は現在、文献上にのみその存在が確認され、その遺構は未だ発見されていない。伝説によれば、海底文明はディープスレーブスという名のカオス級の大海龍に打ち勝ち、その力を認められた者のみが入ることができるとされる海底洞窟の奥に存在するとされており、そこでは海や地殻を操る強大な魔術を扱う民が暮らしているという。
・リブラ・リンデの結界の仕様
50Fまでは5Fごとに安全地帯となる聖域の結界が組まれており、そこでは当番の司書が待機しており、安全に休憩をとることができる。しかし、結界によってどの階層からも外へは脱出が不可能となっている。これは深くにある禁書架から恐ろしい魔物が発生した際に、その魔物が一気に外へと転移するのを防ぐためである。
50F以降は禁書架となっており、50Fの聖域に詰める司書たちが50Fよりも下から魔物が上がってこないように見張っている。
また、定期的に冒険者が雇われ、最奥まで異常がないか確認をさせている。




