その1 戻る(Part. H)
ある放課後のこと。
ライ君を抱いた私は、夕飯の買い出しに、いつもの商店街を歩いていた。
「ライ君、何か食べたいものある~?」
道行く人たちの賑わいの方向を見定めながら、ちょっときょろきょろ。
どうやら、お肉屋さんが繁盛しているようだ。
今日はハンバーグでも作っちゃおうか。
「挽肉買って何か作る…?」
「…あれ、ライ君?」
返事がないので、抱いたわんこの様子を確認する。
ちゃんと起きているし、ハナをひくつかせて、お肉の匂いもかぎつけている様子。
もしかして、寝ぼけてる?
「ワンッ!」「え…?」「ワンワンッ(’’ω’’)!!」
おいしそうな匂いに、急に鳴き出して暴れるライ君。もう完全にただのイヌウサギである。
いきなり身をよじるので、思わず手を離してしまうと、ナイス着地。
それから私を見上げて、しっぽを振り振り、くるくる回る。
「ねえ、ライ君…どうしたの?」「ワンワンッ!」
澄んだ目をキラキラさせて、お腹が空いたアピールをする彼は可愛かった。
でも、そこにいたのは、本当に本当に、ただのイヌウサギ。
まるで“中身”がなくなっちゃったみたい…。
いきなり喋らなくなってしまったライ君に、ふと怖い予感がよぎる。
飛びつく愛犬を抱く手に、震えが走った。
その1 終