47 銀の小箱
片目の男のそばにいくと、男はうろたえるようにして私から離れようとした。
この違和感…… 魔力じゃない! 私は必死にそれを感じようとした。
何? この男の人から、何かが流れ出ている。
オルト兄ぃがいのちを消耗するって言ってた。
これって、この人のいのち!!
「あなたはアメリアの瞳に視界を渡していますね? あなたのいのちがどんどん削られています。私は助けてあげられます。瞳のある場所まで案内してください」
「いのちが削られている・・・・・・? そんな・・・・・・
あぁー 助けてください!! 御使い様ぁー 地下にあります! 案内します!!」
私の言葉に、男は何を言われているか一瞬理解できなかったようだが、すぐに驚いたように目を見張り、急ぎ足で地下へと道案内をしてくれた。
「国のため、セフィス様に片目を差し出すように言われたんです。私の見た景色がそのまま国の助けになるのだと。
まさか、いのちまで削り取られていようとは!!」
男は、せつせつと私に訴える。
(助けてあげなくっちゃ!) 私は強く思った。
「シモン! お前は、国を、王様を裏切る気かぁー!」
私たちの前に、城の衛兵たちが道を塞ぎ、男――シモンに向かって切り付けた。私の先を急ぐシモンとの間に距離が少し開いてしまい、彼は切り付けられて傷を負ってその場に崩れた。
風の防護壁を自分だけにしかかけていなかったことを思い出して、シモンさんのそばにいき、すぐさまウインド・ガードの範囲を広げる。
「ごめんなさい、シモンさん、あなたを守っていなかった。傷を治しましょう。
私からあまり離れないで!」
【ヒール】
シモンさんの傷を治してあげたけど、削られたいのちが戻ることはない。
「おぉー 傷が塞がっていく! 痛みがひいていく! 御使い様、ありがとうございます!!」
シモンさんは感激のあまり、床に頭をこすりつけるようにして私にお礼を言った。それを見ていた周りの兵士たちは一様に驚嘆の表情を浮かべて、剣を構える気力もなくしたように茫然とそれを見ていた。
「神の御業だ…… 御使い様が降臨されたのだ……」
私たちに刃を向ける者も、行く手を遮る者も、だれもいなくなった。
「御使い様、こちらです!」
シモンさんと私は地下の階段を下りていき、うすぐらい地下の廊下を進んでいく。豪華な作りの上の王宮と違って、ゴツゴツとした岩をくり抜いたような地下は飾りっ気もなく、頑丈そうな木の扉が並んでいる。その廊下の突き当りにある扉の前でシモンさんは足を止めると、私を見てうなずいた。
扉に鍵はかかっていないようで、シモンさんが手をかけるとなんなく開いた。
部屋に入った途端、あのいやな違和感が部屋中に満ちているのを感じた。
いろんな人のいのちが、切り離された苦しみのいのちが喘いでいる……
さほど広くない部屋の真ん中にあるテーブルの上に、銀色の小箱がひとつあり、その上には、8つの視界が浮かび上がっていた。
テーブルの前には男の人がひとりぐったりした様子で座っていて、8つの視界のどれに焦点を定めているのかわからないけれど、私たちが入ってきても全く気付かない様子もなく、ただ、ぼーっとしていた。
銀色の繊細な透かし彫りの箱は鈍く輝いている。その中には、紫色のキラキラした結晶が2つ。
これが、瞳の結晶!
「シモンさん、あの男の人を瞳の結晶から離して! そして部屋の隅に連れて行って決してそこから動かないでください!」
シモンさんは男のそばに行き声をかけたけど、返事すらない様子で、そのまま男の人を引きずるようにして、部屋の隅へと移動した。
シモンさんと男の人が移動したことを確認すると、私は、銀色の小箱に向けて魔法を放つ。
【ファイア】
魔力循環がなめらかになっている私の炎は、今までになく激しく、そして威力がこれまでにないくらい凝縮されているのが自分でもわかる。無駄のない魔力の魔法の威力……
小箱は激しい炎に包まれたけれど、全く無傷だった。
炎、氷、雷、風、重力、光…… あらゆる属性の攻撃魔法を使ったけれど、小箱にはまったく効果がない。
(何これ! 魔法無効なの? オルト兄ぃの魔法を破れ!っていうこと?)
「御使い様、お越しいただけなかったようなので、私が足を運びましたよ」
部屋の外には、タミネア王が立っていた。
(全く気付かなかった。私、すっかり油断して、周りの気配を察知していなかった)
冒険者としては失格だ! ふとそう思ってしまう。
「この国――セフィス様に選ばれた国の王が直々にきてやったのだ。御使い様でなければ、このようなことはしませんぞ。
それにしても神々しい程の美しさだ。
その銀の箱には何もしないでいただこうか。セフィス様からいただいた神の力が納められているこの国の至宝だ。
御使い様とて、この所業をセフィス様はお許しにならないのでは?」
「これは、人びとを苦しめる結晶です。
人のいのちを削り取るなど……! 決してこの世界にあってはなりません。
それ故、私が破壊しに参りました」
(あっ! そうだ。人のいのちを奪っている箱……
もしかしたら・・・・・・)
【モルス】
黒い靄が小箱の周りを覆い、次第にその色を濃くしていく。そして、一瞬にして凝縮して黒い点になったかと思われた瞬間、真っ黒な粒子が飛び散ったかのようにして、銀の箱は消えた。
「御使い様ぁー!! あなた様はなんということを!!」
テーブルの上には紫色の結晶が2つ、転がっていた。最初はキラキラと輝いていた結晶だったけれど、次第に輝きはなくなり、黒い炭の塊のようなものに変化していく。しまいには、その形をとどめることなく、粉のように崩れて消えた。
(やったぁー!! やっぱり、いのちを奪っている物には「死」だったんだ。自分より魔力の強い者には通用しない魔法だけど、オルト兄ぃの魔力そのものでなくてよかった)
「シモンさん、これであなたがたのいのちは奪われることはありません。
失くしてしまった眼と奪われたいのちがかえることはありませんが……」
部屋の隅にうずくまったままのシモンさんに声をかけた。
「御使い様ぁー あなたは私を、この国の王を無視するおつもりですか?
タミネアの王はセフィス様に選ばれた特別の王! 言わば、あなたと同列にあるこの私を!
御使い様がセフィス様の至宝を破壊したことは大罪です!
あなたには、この城にずっと滞在していただくことにいたしましょう。
アメリアの瞳の代わりに!」
タミネア王は、醜悪な顔を私に向けて、言い放った。
(この人は、何を言っているんだろう? 私がここにいようって思う訳ないじゃない!)
「王よ、あなたは私を閉じ込めることができるとお思いですか?
私のすべきことは果たしたので、ここを去ることにいたします」
「ならば、あなたの助けたと言うシモンや他の者のいのちを、アメリアの瞳の代わりに、この王が奪うことにしよう!
この国のものはすべて私のものなのだ!!」
王は醜くゆがんだ顔でニヤリと笑うと、シモンさんたちのほうへと歩み、剣を高く振り上げようとした。
【グラヴィティ】
王のからだが押しつぶされるようにしてその場に崩れ落ちる。
「御使い様―! 何をする! 王である私に向かってぇー」
「あなたが、この国の民のいのちを奪い続けるというのならば、わたしは絶対に許しません!
王とは、民を守る者なのではないですか?」
そう! クローネ王は民を守る!って言っていた。国のいのちは、人のいのち。それに動物や植物、いろんないのちで作られている。
それを奪うのは、国を殺すこと!
ぜったい、許されない。
アル兄様だって、言ってた。『命を粗末にしちゃいけない、命を糧にしている私たちは命を捧げてくれたものに感謝しなくちゃダメ』だって!
この王様はぜったい、このままにしちゃいけないって思った。この国を殺してしまう人だ。
じゃぁ、どうする? 私がこの王様を亡き者にする――殺さなくちゃダメなの?
怒りと悲しみとごちゃまぜになって、訳がわからなくなってきた。




