8 魔王城再び(1)
あたしは、記憶にある最後に訪れた部屋にいた。
アルさんと一緒に・・・・・・
魔王城 王の間!
「なんで???? ・・・・・・どうしてここに……」
「あそこには鏡はないから。マルルカに今の姿を見せてあげたくてね」
アルさんはいつもと変わらず、ニコニコしながらそんなことを言っている。
あたしは膝がガクガクしてきて、立っているのがやっとだった。
「うまく説明できないなー。どうするかなぁ」
アルさんは、ウーンって考え込んだかと思うと、また指をパチンって鳴らした。
!!
玉座から、禍々しい魔気が漂ってくる。
あたし、知ってる。この魔気っ!!
玉座のほうを見ると、そこにはハリーとデレクとで倒したはずの魔王が立っていた。
「えっ・・・・・・うそっ!! 魔王は倒したはず・・・・・・」
真っ黒な皮膚に黒い大きな角、そして赤く鈍く光る瞳。高い天井に届きそうな大きさ……
あの時と同じ、ニタニタとした気味の悪い笑を浮かべて、ただ立っている。
3人で戦った時のことがまざまざと思い出されて、ぶるぶると体が震えてくる。
立っているのもやっとだったあたしは、その場にしゃがみ込んでしまった。
パチンッ!
アルさんの指をはじく音とともに、魔王はあっという間に霧散して消えた。
どういうこと????
おどろいてアルさんのほうに振り向く。
アルさんはまるで手品を披露しているかのように、あたしを見て、「おもしろいでしょ?」と言いたげな顔をしてニコニコしている。
「あれは、僕が作ったんだよ。 ただの魔力の張りぼてなんだけどねぇ」
「そんな・・・・・・
魔王は……すごく強かった。3人で、ハリーとデレクとでやっと倒したんだよ!?
それをアルさんが作ったっていうの?」
目の前で起きたことが信じられなかった。
死に物狂いで倒した魔王が張りぼてって・・・・・・何???
アルさんのことがわからなくなった。
あんなにやさしくしてくれたのに、あたしを助けてくれたのに、
アルさんが、魔王を作った?? …… 何かの冗談??
ニコニコして目の前にいるアルさんが怖い!!
アルさんといるのが怖いっ!
身体の震えが止まらない。
「マルルカを怖がらせるつもりじゃなかったんだけどなぁ・・・・・・」
アルさんは首をかしげながら、相変わらず呑気なことを言ってる。
アルさんが怖い・・・・・・
アルさんが怖い!
アルさんが怖い!!!!!!
あたしは、ここから、逃げ出したかったけど、足にぜんぜん力が入らない。
這うようにして、アルさんから離れようと必死に入口のほうへと向かう。
そんなあたしの様子が面白いのか、
この部屋から出て行こうとするあたしにアルさんはゆっくりとニコニコしながら近づいてきて、あたしの前でかがみこむと、いつものようにあたしの頭をポンポンし始めた。
「いやぁぁぁー!! あたしに触らないで!! 」
「マルルカ、少し落ち着いて」
アルさんは静かにそう言ってあたしから手を離すと、笑顔を消して、あたしをじっと見た。
「マルルカを怖がらせるつもりじゃなかったんだけどね。
ただ、これから君が普通に生きていくため、次の段階だけはクリアしなくちゃいけない。
今は、僕のことを信じてほしい。わかってくれるね」
アルさんはそう言うと、あたしの手を取り、ゆっくりと立たせた。
アルさんの顔を見るのが怖くて、顔を上げることができない。
あたしを捕まえてるアルさんの手の温かさだけが、あたしの逃げ出したい気持ちを辛うじて抑えてる。
「それじゃぁ、鏡のあるところにいこうか。マルルカ」
あたしはアルさんを見ることができなかった。
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王の間から出たあたしは、アルさんに連れられて広い魔王城を歩いていた。
アルさんは何も言わず、迷いもせず薄暗い城の中をどんどん進んでいく。
歩いている間、繋いでいる手からアルさんの温かさを感じているうちに、少し落ち着いてきた。
(こんなぬくもりを持っている人が魔王をつくったの? なんで?
あたしが手を繋いでいる人はいったい誰? 本当に信じていいの? )
頭の中はこんがらかってる・・・・・・
長い廊下にあたしたちの足音だけが響く。
誰にも会わない。何もいない。
魔王を倒しにハリーとデレクでこの城に入ったときは、たくさんの魔物がいたのに・・・・・・
「ここが鏡の間だよ」
鏡の間と言われた扉は、長い廊下のつきあたりにあった。
今まで通り過ぎてきた扉よりもずっと小さい。
アルさんが扉を開ける。
窓もないさほど大きくない部屋の中央に、全身を映せるくらいの大きな鏡が2枚あるのがわかった。
鏡はとても高価なもので、貴族やお金持ちでしか持つことができないものだ。お金持ちの中には、壁一面に鏡を取り付けて、その財力を誇示するのに使ったりする。
「マルルカ、今の君の姿を映している。見てごらん」
アルさんはそういって、あたしを1枚目の鏡の前まで連れて行き、その前に立たせた。
怖くて目が開けられず、しばらく足元を見ていた。
姿見の鏡のフレームが見える。精密な彫刻のすばらしい鏡のフレームが金色に鈍く光っている。蔓バラの彫刻は、まるで黄金の本当のバラのように咲き誇っている。
こんなにきれいな鏡に映るあたしの姿って・・・どんなのだろう。
思い切って、顔を上げる。
そこには、銀色の絹糸のようなつやのある髪と、同じように銀色の輝きの瞳をもつ儚げな美しい少女が、鏡に映っていた。
「これが……あたし?」
「そうだよ。マルルカ。君の姿だ」
アルさんは、そう言って、あたしの後ろに立った。
鏡の中のアルさんは、いつものようにニコニコしていた。
「きれいな女の子だね。マルルカは……」
アルさんが買ってきてくれた水色のエプロンドレスがよく似合う女の子が、目を見開いてこっちを見てる。
手を鏡のほうへ差し出すと女の子も手をこちらに差し出してくる。
これが・・・あたし・・・・・・
自分の姿を初めて見て、今まであったいろんなこと、メザク様やハリー、デレクに言われてきたいろんな言葉が頭の中に浮かんでは消えていった。
自分の姿を忘れないように、確かめるように、ずっと鏡の中の自分を見つめていた。
「さてと、左側にもう1枚鏡があるだろう?
それは真実の鏡と言われていて。本当の姿を映す鏡だよ。
世界にたった1枚しかないものさ。
さぁ、その鏡の前に移動してごらん」
アルさんが後ろからそっと左側へと導いた。
本当の姿を映す鏡?
もしかしたら、今見た姿はアルさんの魔法で、本当のあたしは醜い女の子っていうこと?
さっきの鏡に映っていたきれいな子は、本当の姿じゃないってことなのかもしれない。
あたしは、目をつぶって、左の鏡のほうへ移動して、鏡の前に立った。
目を開けるのが怖い。
(勇気を出して目を開けろ! マルルカ)
気持ちを強く持つように、自分に言い聞かせる。
下を向いてから、目を開けた。
真実の鏡のフレームが見える。こちらも精密な彫刻のすばらしいフレームだったが、すべての色を吸い取ってしまうような闇の色だった。右側の姿見と同じような蔓バラの彫刻が施されていた。
静かに顔を上げてみる。
そこには、右の鏡に映っていた姿と同じ女の子がたっていた。
鏡に近づいて目を凝らしてみても、離れてみても、やっぱり姿は変わらなかった。
「アルさん、右の鏡と同じ女の子が映ってるよ?」
「そうだね。マルルカ・・・・・・本当にきれいな女の子だったでしょ?」
そう言って、アルさんは、あたしの後ろに立った。
あたしの後ろには、魔王が映っていた。