40 王都へ
あいかわらず、スザンナのことから起きた一連の出来事は、自分の思い通りに動かない――とシェルドンは思う。
「アル殿、少しの間、この屋敷の留守を預かってくれるか?
私は、ナーデルと王都へ行き、どうなっているのかこの目で確かめてくる」
「王都にどなたか心当たりの方がいらっしゃるのですか? たぶん、王都は大勢の人で混乱すると思いますよ。ナーデルの聖女様に会いたい人たちで……
宿も取れないかもしれませんし」
「いや…… それでも今、確認しなければならないのだ。お会いしたい方もいるのでな。
2~3週間ほどで戻る故、留守を頼んだ」
シェルドンはアルの返事を聞くこともなく、側に控えている執事に旅の支度を命じると、そのまま席を立っていった。もともと人に頼みごとをするということを、シェルドンは知らない。自分の口にしたことは実行されることなのだ。
1時間もすると旅の支度はすっかりと整っていた。
「では、行ってくる。家の者にもこれまでどおり応対するように言いつけてあるから、心配はいらん」
玄関先に停めさせていた馬車に乗り込もうとするシェルドンに、メイが恥ずかしそうに小さく声をかけた。
「あの・・・・・・これ・・・・・・
ここに置いてくれたお礼してなかったから・・・・・・」
メイは白いハンカチをシェルドンに突き出して強引に手の中に押し込むと、アルの後ろに隠れてしまった。
メイの渡したハンカチの片隅にはオレンジ色の糸で船が刺繍してあった。
シェルドンのこころの中にじんわりと温かいものが広がってきて、思わず目が潤んでくるのがわかる。
こんな感覚は初めてだった。
「・・・・・・ありがとう・・・・・・行ってくる」
シェルドンはそう答えるのが精いっぱいで、そのまま顔を上げずに馬車に乗り込むと、バタンッ とドアを閉めた。馬車は静かに屋敷を出て行った。
シェルドンはメイのハンカチをずっと握り締めていた。その目からは温かい涙がこぼれ落ちて、しばらく止まらなかった。
シェルドンは、その日のうちにナーデルに着いた。宿を取り、ナーデルの聖女について宿の者に尋ねてみた。
「お客さんも、聖女様に会いに来たのかい?
残念だけど、もうこの街にはいないよ。教会の神父様が王都の大教会にお連れしにいってるよ」
「聖女はどんな方だった? あなたも聖女の奇跡の力というのを見たのかな?」
「金髪のきれいな子だったよ。
ずっと何年も寝たきりで歩けないっていう男が連れてこられてさ、ほら、この宿の前の広場だよ。人だかりができていたけど、2階の部屋から良く見えてね……
その聖女様は杖を持っていて、セフィス様に祈りの言葉を唱えていたんだろうね。
なんか目をつぶって祈りの後、持っていた杖で男の足を撫でるようにしたら、
男が『力が入ってくる!』って叫ぶと、立ち上がったのよぉ!
いやぁ、びっくりしたよ。担ぎ込まれてきた男が、立ち上がると足踏みして歩き出したのさ。
男が聖女様に何度も何度も頭を下げていたのを見てたら、こっちまでうれしくって泣けてきてねぇ・・・・・・
本当、感動したよ!」
「そうだったのか。私もその場にいたかったよ。
ところで、歩けるようになった男のことを知ってるかい? その男に会って話を聞いてみたいもんだ」
「いやぁ、悪いが俺は知らないね。教会に行っても教えてくれるかどうか……」
「そうかい、時間を取らせて悪かったね。ちょっとした手間賃だ。受け取ってくれ」
シェルドンはそう言うと、宿の男に気持ち程度の金を握らせた。
「いやぁ、悪いね。何かあったらまた聞いてくれよ」と、笑顔を見せた。
他にも何人かに話を聞いてみたが、みな同じようなことを言い、結局、その男の身元はつかめなかった。
(まるっきりのでたらめっていう訳でもなさそうだ。それにしても何年も寝たきりで、急に歩けるものなのか? ふつうはフラフラして立ち上がれても、すぐしゃがみ込んでしまうだろう!
まぁ、だからこそ奇跡なんだろうが……)
にせもののメイだから、やることも嘘じゃないかと疑ってしまう。
いかん! 変な先入観を持つと見誤ってしまうぞ!
俺の身の振り方が、行く末が決まるんだ! 気をつけねば……
王都への道すがら、立ち寄った街や村で聖女の話を聞いてみたが、奇跡の話や聖女の話はまったくなかった。聖女一行は人助けはしないでまっすぐに王都をめざしていったらしい。
冷たい聖女様だ…… シェルドンは一人笑う。
シェルドンは王都へと入った。先ずは宿を取ることだ。
思ったほど人は多くなく、宿はすぐ見つかった。多少の融通は効かせてもらえるようにと、1か月分の宿代を前金で払う。キャンセルするときは返金してもらえばいいだけのことだ。
アルの話では宿が取れないだろうということだったから、何かあったときのための場所の確保は重要なのだ。
荷物の片づけは従者に任せて、シェルドンはさっそくセフィス教大教会へと向かった。
あの審問官に会うために……
王都はさすがに大きい。宿のある地区から大教会まで、迷ったこともあって1時間ほど歩くことになってしまった。秋の季節とはいえ、さすがに汗ばんでくる。
セフィス教大教会は、王都のほぼ真ん中にあり、左右を公園に囲まれた広場に面していた。広場から続く大きな白大理石の階段を上ると、目の前には大教会の重厚な扉が3つあり、礼拝堂へと入ることができる。真ん中の一番大きくて立派な扉は閉じられていたが、左右の扉が開け放たれていた。
シェルドンは、階段上の教会をぐるっと取り巻く回廊の入り口に立っていた教会騎士に声をかけた。そっと手に金を握らせるのも忘れない。
「すまんが、ブリドニクにいらした審問官様にお会いしたいのだが…‥」
「あの審問官は、ここにはいない。……破門されたのだ」
「なぜ!? すまんが、審問官様のお名前を教えていただいてもよろしいだろうか?」
表情を変えず、シェルドンと視線を合わせることなく答えていた教会騎士は、かすかに眉間にしわを寄せる。シェルドンは、もう一度、今度は倍の金を握らせる。
「ここで聞いたと決して言うなよ。……コラモ。バンクス、バンクス伯爵家当主の弟にあたる者だ。
プーレフェミナ・スザンナ様の子レイス様が王宮に捕らえられていてな。レイス様を教会にお迎えしようとして失敗したのだ。今、バンクス伯爵と共に、王宮で捕らえられている。
これ以上は言えぬ。去れ」
「貴重なお話ありがとうございます。セフィス様のご加護をいただくことができました」
シェルドンは、そう言うと、もう一度金を握らせてから、その場を去っていった。
とんでもない話が聞けた!!
シェルドンは逸る気持ちを抑えるようにして、ゆっくりと階段を下りていく。
!…… すっかりと聖女の話を聞くのを忘れていた!
もう少し冷静にならなければ、ダメだな。
着いたばかりで動くものではないな…… 頭が回らぬわ。
シェルドンは宿に戻り、ゆっくりと休むことにした。
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