39 ブリドニクのメイ
ブリドニク マックス・シェルドン邸
「何がどうなってるんだぁ?」
家の者が大慌てで帰って来るなり、夕食を取っている最中のマックス・シェルドンに報告を上げてきた。その話を聞いたときには、自分の耳を疑った。
隣り街のナーデルでプーレフェミナ・スザンナの子メイが見つかった。
さらに、メイは奇跡の力を宿しており、歩けなかった者が歩けるようになった――という。ナーデルでは既に聖女様と言われ、王都にあるセフィス教の大教会へと向かうと言うのだ。
訳がわからん・・・・・・
マックス・シェルドンの目の前には、そのメイがいたのだから……
「へぇ アルさん、おもしろいね! あたしがナーデルにもいるんだって。
でもナーデルのメイちゃんはすごいねぇ。 奇跡の力をもってるなんて! 」
「にせものメイちゃんはすごいね! でもこれで、君を探している教会や王国の人たちがこの街からもいなくなるだろうから、もっと自由に街を歩けるようになるね!
ナーデルのメイちゃんに感謝しなくっちゃ!
オルトもこの話を聞いたら面白がるだろうな……」
「オルトさん? あぁ、オルトさんこういう話好きそう!!
オルトさん元気かなぁ。お兄ちゃんとマルルカちゃんも仲良くしてるかなぁ……」
メイは面白そうにクスクスと笑いながら、隣りに座っているアルに話しかけている。
ふたりの様子を見ながら、シェルドンは、メイとアルが屋敷にやってきたときのことを思い出していた。
メイとアルがシェルドンの屋敷にやってきたのは、約2か月前――森の薬屋を出てからまっすぐとこの屋敷にやってきたと、アルは言った。
シェルドンが必死にメイを探していた時だったから、メイとアルの来訪には心底驚いた。
メイがアルに言い含められて、嫌々ついて来たのは明らかで、シェルドンに会うなりキッと睨みつけて、今にも飛びかかってきそうな勢いだった。
「よくも……よくも、おかあさんを!! おかあさんをぉぉおおおお!!
あたし、ぜったい、あんたを許さないんだから!」
メイはシェルドンの姿を目の前にすると、こころの奥がカッっと熱くなってきて、凄まじい怒りに飲み込まれ、自分を抑えきれなくなっていった。
アルに握られていた手を振りほどこうともがき暴れた、叫んだ、泣いた、絶叫した。
メイは、強くなる! と心に決めていた。おかあさんを助けられなかった自分がどんなに弱い存在だったのか、わかっていたのに……
わかっていたから、強い心をを持とう! と決めていたのに……
(あたし、ぜんぜん変わらない・・・・・・強くなんかなれないよぉ・・・・・・)
メイは悔しかったし、自分が情けなく思えた。
「シェルドン殿、突然の来訪の上、さらにお願いするのは厚かましいとは思いますが、メイを落ち着かせる、休ませる部屋をひとつ準備していただけませんか?
あなたにお話ししたいことがありますので・・・・・・」
アルの依頼にシェルドンは鷹揚にうなずくと、そばにいる執事が「ご案内いたします」と言って、アルとメイを客間のひとつに案内してくれた。
少しすると、アル1人だけが執事に案内されてシェルドンのところへと戻って来た。
「改めて…… 森の薬屋のアルです。突然の来訪申し訳ありません。
メイを探していると聞いたので連れてきたのですよ」
眉間にしわを寄せているシェルドンに対して、アルはにこやかに挨拶をする。
「なぜ・・・・・・アル殿――あなたが…… スザンナのところの薬屋なら、私が彼女にしてきたことを聞いていただろうに・・・・・・」
いぶかし気な様子のシェルドンを気にした様子もなく、アルは軽快に話し始めた。
シェルドンはじめ、教会も王国もメイを探している現状で、メイが見つかるのも時間の問題……
ならば、灯台下暗し――シェルドンにメイを預けるのが一番安全なのだと、アルは言った。
ブリドニクの教会神父もメイのことを内緒にしていてくれる。ブリドニクの街の人たちさえ言わなければ、王国もセフィス教教会もメイを見つけることができない。有力者シェルドンの力さえあれば、街全体でメイを匿うことができるのだ。
シェルドンには、時勢を見計らって、教会あるいは国にメイのことを報告すればよい。ブリドニクで起きた一連の出来事の切り札を、シェルドンが持つことができるという。
「アル殿…… あなたの言うことには一理ある。悪くない話だ。だが、メイは……それを受け入れる――納得するのだろうか?」
「メイにとっても悪い話ではないですよ。あなたという力強い保護が得られる。
私がしばらくそばにいましょう。
シェルドン殿さえよろしければ……ですが」
こうして、メイとアルはシェルドンの屋敷で過ごすことになった。
シェルドンは、表向きはメイを捜索するふりを続ける一方、街の人びとには、メイのことを口外しないよう厳命した。シェルドンに逆らえば、街で暮せなくなることを身に染みて知っている人びとはそれを守った。
メイは、はじめのうちは強く拒否していたが、アルが一緒にいることと街で暮らせることで、渋々、了承した。
メイはシェルドンの屋敷に笑い声と明るさをもたらした。誰とでも気さくに話し手伝おうとするメイを、シェルドン家に仕える人たちは優しく受け止めてくれて、誰もがメイを大好きになっていた。
最初のうち、シェルドンは、スザンナより父親のデイビッドに似ているメイを見ていると、苦々しい思いになっていた。だが、屋敷に仕える者たちの笑顔が増えていくにつれ、だんだんとその思いも薄れていった。
シェルドン自身、この屋敷がこれほどの笑顔に満たされるとは思いもしなかった。エリザと2人で暮らしていた時とは、屋敷の雰囲気がまるで違う。
時折シェルドンは、メイにちょっとしたプレゼント、花束だったり、洋服だったりを買ってくるようになっていた。相変わらず、メイのシェルドンへの視線は冷たく、メイがシェルドンに話しかけてくることはなかったけれど・・・・・・
それでも、シェルドンはメイと一緒に過ごしたくて、少しでも早く帰り、必ず夕食は一緒に取るようにしていた。
「この屋敷からこんなに笑い声が聞こえるとは・・・・・・。
子ども――メイ1人いるだけで、こんなに家の雰囲気が変わるのか……」
シェルドンは、街の発展にもますます励むようになっていた。教会の改築も順調に進んでおり、教会を中心とした広場の整備もはかどっている。
王国一の美しい街にしてみせる! シェルドンは強く思った。
あの審問官は、あれから一度もブリドニクには来ていない。果たして、広場での出来事で教会が力をつけてくるのか……ブリドニクにいては中央の様子はわからない。
見極めねば! 間違えてはならぬ!
(必ず爵位を得る!)
この願いだけは、――マックス・シェルドンの思いは変わることはなかった。




