36 アメリアの覚悟
「それは…… 私にいのちを捨てろ! ということ?」
きっと死んだら楽になれるだろうに…… 私が、一瞬、頭によぎったことだった。
「お察しのとおりです。セフィスの巫女の証である神の力と血筋をなくしてしまえばいいこと。メイ殿のお顔をご存じのアメリア様の遠見がなければ、タミネアはメイ殿を探す道筋を一瞬にして失くしてしまうでしょう?
それを王様の御前でそれをやって差し上げたら、タミネア王の苦痛にゆがんだお顔をご覧になれますよ?
どうです? 命を懸けるアメリア様の最期の余興として……」
オルトは本当に楽しそうに、私が自死することを話している。
私を――セフィス様の血筋を消すことを話すオルトは、悪魔だったの? そうだったとしたら、神の子孫である私のすぐそばでずっと悪魔が仕えていたなんて……
そして最後に「死ね」とささやく。 なんて滑稽なんだろう。
オルトに答える前に、もう一度レイスの姿を見たい――会いたいと思って、私は遠見を使った。
「!! 視えない! ラケム様の視界が真っ暗なの! 何も視えない。
・・・・・・いえ、違うわ。視界を外されているような気がする。
どうして!?」
ねえさんの世界を失くしたときとは明らかに違う。
あのときは、視界を繋げることすらできなかった。でも今は、視界を繋げられるけれど視ることができない・・・・・・
こんなことは初めてだったから、私はひどく動揺した。
「ラケム様、あるいはラケム様のすぐそばに、誰かアメリア様の遠見に気づいた方がいらっしゃるようですね。
これは、想定していた以上に……いや、失礼、今の発言はお気になさらずに」
オルトは一瞬別のことを考えていたようだったけれど、それよりも、私の神の力に気づける人がいるなんて!
それも神の力なの?……だとしたらレイス以外にいないと思う。
レイスに神の力があることを王様が知ったら、もっと執拗に二人を探すだろう。そして見つけたときには、どんな手段を使ってでも捕まえようとして閉じ込めてしまう。
レイス、そしてメイも、ここに来させてはダメだ!
ねえさんが自分の力で得た自由を、私が奪ってしまうことになるじゃない。
大好きだったねえさんの子どもは、私が守らなければ!!
私は迷わず、決心した。
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私のドレスは白ばかり。ドレスの布地の手触りが違ったり、織り模様が入ったりするけれど、どれも似たようなシンプルなデザインだ。細身のストレートのスカートに、その上から神官が着るような白い絹のケープを羽織る。ケープには金糸でセフィス様の象徴の白バラが品よく刺繍されている。
そのいろどりとして、王様が渡してくださった宝石の中から、どれかひとつを選んで着ける。
今日は口紅の色をいつもより濃くしてもらった。
鏡に映った紅の色は、私に勇気をくれる。ねえさんがきれいと言ってくれた紫水晶の瞳と色合いのよく合うワインルージュの深い色。
「アメリア様、お支度はできましたか?」
いつもの日と変わらず、身支度が終わった頃にオルトは部屋にやってくる。
「今日は一段とお美しい。
では、私からはこれを……ケープの下に隠してお持ちください。後は、手筈どおりに。
アメリア様のご幸運をお祈りいたします」
オルトは私に紫水晶のような宝石のついた銀色の短剣をひとつ渡してくれた。透かし彫りの繊細な装飾が施されているナイフはとても美しく、ナイフの刃にも何か模様のような文字のようなものが刻まれていた。人の手で作られたとは思えないほどの短剣の美しさに、私は魅せられていた。
オルトが目の前に手を差し伸べてくれたことで、我に返る。私が左手を差し出すと、オルトはそっと手を取ってくれた。
私の旅立ちの準備はできた。
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タミネア王国 王の謁見の間
岩山の斜面を利用して建てられている謁見の間は、部屋の頂点にある玉座に向かって、まっすぐと白大理石の階段が伸びていた。正面扉の上にある大きく開かれた窓から、陽の光が降り注ぎ、一番下の扉から入ってくる者は、一段上がるごとに、天に住まう者に近づくような畏敬の念を覚えるという。
王の側近や身近な者たちは、謁見の間の上段にある左右の扉から入ることが許されている。
アメリアは謁見の間の上段左側の扉から部屋に入ると、玉座に向かって深く一礼をし、後ろに控えるオルトと共に王の登場を待った。
「セフィスの巫女よ、何用だ?」
タミネア王が玉座に座ると、直接アメリアに声をかけた。
アメリアの控えている場所で玉座への階段を守っていた近衛兵が、「御前に進め」と言うと、そのまま左右に分かれて道を開けた。
私は一度振り返ってオルトを見る。オルトはわずかに笑みを浮かべて、私だけがわかるようにかすかにうなずいた。
ここからは玉座までは20段ほど上がる。私はまっすぐと前を見て一段一段を確認するようにして、ゆっくりと王に近づいていった。
「セフィスの巫女が王様にご挨拶申し上げます」
「顔を上げよ」
玉座の前まで進むと、後ろに控えるオルト共にひざまずいて王に一礼すると、玉座に座る王を見た。いつもと変わらぬ鋭い眼差し……あの眼差しが大きく変わるのを、私はこれから見る!
「本日は、セフィスの巫女から王様に、これまで王様からいただいたご恩に報いるため、私だけが贈ることのできるただ一つの贈り物を届けに参りました」
「ほう、それはうれしいこと……。巫女の贈り物とは――それはいったい何かな?」
王は、かすかに目を細めて私と後ろに控えているオルトを見る。
私はゆっくりと立ち上がると、両手で白のケープを大きく広げて王様にニッコリと笑ってみせた。右手にはオルトから渡された短剣を持って……
「巫女よ・・・・・・ その短剣が、そなたの言う贈り物か? 大層美しい物だが……」
少し首をかしげて怪訝な顔をするタミネア王。
これからだわ! 私はぜったい王から最後まで目を離さない。私の最期のときまで!!
「王様、どうぞ、とくとご覧に…… 私の最初で最後の贈り物――私の神の力の源――この眼をあなたに捧げます!!」




