34 セフィスの巫女
アメリアの視点です。
山岳地帯にあるタミネアは、入国できる場所は限られており、小国ながら頑強な自然の守りを有する国だった。その王宮は、ひとつの岩山の斜面を利用して建てられており、ほとんど侵入は不可能と言われている。その王宮奥深くの一室に、セフィスの巫女アメリアはいた。
姉のスザンナの世界が視えなくなってからは、たった一人、毎夜、空を眺めていた。
(姉さんと共に見たあの夜空の月は今夜もある)
月が見えるとほんの少しだけアメリアのこころが落ち着く。
私――アメリアは一人取り残された里を捨て、スザンナが視せてくれた景色を頼りに外へ飛び出した。最初にたどり着いた集落で、スザンナの妹だと言うと、スザンナを懐かしむように温かく迎え入れてくれた。
(これが、姉さんが視せてくれた現実の世界! 今、私はそれに触れている。手に入れている!)
解放感と自由を一番感じたときだった。
私がセフィス様の子孫で神の力があると伝えると、みんな少し困ったような顔をして、隣町のセフィス真教の神殿に行くようにと勧めてきた。そこから、セフィス真教大神殿まで連れてこられて大神官様にお会いした。
「神の力のあるアメリア殿の祈りはこころ強い。共に人びとの安寧のために祈りましょう」と、大神官様に言われたけれど、ほとんど大神殿から出ることもなく祈る毎日は、衣食住は賄ってくれるものの里にいたときとそれほど変わらない。
遠見の力があると言っても、大神官様はわずかに微笑むだけだった。大神官様の反応に、(私の力は、あまりわかってもらえないのだ)と、がっかりした。
あるとき、私は大神殿を出ると、思い切ってタミネアの王宮を目指した。
(王様なら、私の神の力を理解してくださる!)そう思ったから……。
謁見を許された私は、タミネア王――王様という人を初めて見た。こげ茶色の髪と口ひげのある王は、40歳くらいの鍛えられたがっしりとした体格の持ち主で、鋭い目つきをしている方だった。怖い方だと思ったけれど、話をよく聞いてくれた。
そしてねえさんの話を教えてくれた。プーレフェミナと呼ばれていることを、このときはじめて知った。
(だから、ねえさんの世界が消えたんだ……)
里のことや、スザンナが姉であること、そして子どもが2人いることを伝えると、王様は私の神の力を驚きとともに認めてくださった。そして私に、セフィスの巫女として王宮で暮らすようにと言ってくださったのだ。
「そなたの親族、プーレフェミナ・スザンナ様のお子――レイス殿とメイ殿にも、このタルミアにお戻りいただこうではないか!
セフィスの巫女アメリアと共に、セフィス様の血筋を途絶えさせてはならぬ。
それがセフィス様降臨の地であるタミネアの国としての使命だ!」
王様は力強く約束してくれた。
(私の家族も迎えてくれるって言ってくれた。もう、私はひとりじゃないんだわ!!)
王様のところ――王宮へきて、本当によかったと思った。
王様は神の力遠見を「すばらしい!」と言ってくださり、私も触れた者からさまざまな景色を視ることができた。
私は王国に重用され、美しいドレスや宝石までくださった。里にいたときには想像もできなかった光沢のある肌触りのいい布の感触、キラキラと輝く宝石。まるで夢の世界のようだった。ねえさんだって、こんなの視せてくれなかった。
そして私を驚かせたのは、触れる物の感触! 布はなめらかだったり、あるものはとても軽やかだったり反対に重厚感があったりする。そして香り――香水は華やかな花畑のような香りや、森林の緑の香り、酔ってしまいそうな魅惑的な香りもある。決して視るだけでは知らなかったこと!
私には、初めて知ることばかりだった。
少しして私にひとりの召使いをつけてくださった。身の回りの世話や必要な行儀作法を教えてくれるらしい。
名はオルト……。彼がきてからというもの、私の遠見の力はなぜか制限なく使えるようになった。
オルトは私が神の力を使うときには、いつもそばにいてくれる。でも彼が離れているときに遠見の力を使うと、すぐに疲れてしまう。それも以前よりもずっと早く……
オルトにそれを話したら、「私ごときが、アメリア様のお力となれること、光栄にございます」と、一礼をしてほんの少し口角を上げるだけだった。
そして、とうとう私はクローネ王国のラケムという者を通して、姉の子「レイス」を見つけた!
「レイス! レイスがいた!! オルト……間違いないわ。姉さんの子どもよ。
今度こそ、会える! 姉さんの子どもにレイスに触れられるときがきたの!
私の家族よー!!」
「それはようございました。アメリア様。
すぐに王様にご報告を・・・・・・」
私は、遠見で重要なことが視えたときには、いつでも王様に謁見できる権利をいただいている。そして、居ても立っても居られずに、すぐさま、王様にご報告したのだった。
「王様! レイスがいました。クローネの王宮にいるのが視えました。
今すぐ、迎えに、会いにいきたいのです!
どうか、クローネ王国に行かせてください」
「巫女アメリアよ…… そなた簡単に国を越えられるとお思いか?」
「えっ? 行ってはいけませんか? すぐ戻ってくるつもりですが……」
「そなたは己の立場をわかっておらぬようだな…… まぁ世情に疎いのは仕方あるまい。
そなたは、今やタミネアの、セフィスの巫女――タミネアの象徴としていてもらわねばならぬ。軽々しく動くことはできぬ。
指示にしたがってもらおう」
王は、呆れたように私を見た。
「それに、そなたには神の力遠見もある。いくらでも人を出せばよいだけのこと。それでこそ、この世界のすべての事柄は、このタミネアに集まるというもの。
簡単には、そなた――セフィスの巫女様を王宮から出せぬよ。
レイス殿の件については、任せておけ。すぐにもクローネに人をいれよう!
そなたは、その者たちの眼で神の力を使うがよいぞ」
そう言って私の近くまでくると、
「お前がもう少し若ければ、側妃にもできたがな……まぁ、メイ殿を一刻も早く探していただこうか。――私のためにも……
タミネア王家とセフィス様の血筋が交わるとはすばらしいとは思わぬか?」
タミネア王は耳元で囁いてニヤリと笑った。
(見つけたのに会いにいけないの?)私から希望が消えたときだった。
アメリアは王宮の奥に準備された自室に戻ると、こらえきれずに声をあげて泣いた。
(私は結局、どこにも行けない……
私の居る場所があの里から大神殿、そして王宮に変わっただけ!)
きれいなドレスや宝石を身に着けていても、食事を準備してくれる人がいても……
私は自由にどこにも行けない。これじゃぁ里にいたときと何も変わらない!
結局、私はひとりぼっちだ!!
「アメリア様、いかがなさいました? 王様にご報告できなかったのですか?」
オルトがやさしく声をかけてくれた。
オルトの姿を見ると、また涙があふれてきた。私のこころをわかってくれるのは、オルトだけ
もう、私にはオルトしかいない……




