32 王の覚悟
マルルカが部屋を出て行こうと向かう扉の前には、男がひとり、誰も気づかないうちに立っていた。
「アル兄様!!」
「私の妹――マルルカは覚悟を決めたのです。あなた方に自分の命を守られたことで……
命がけで自分を守ってくれたあなた方に応えたかった。そして己の命をかけることで応えた――命を捨てる覚悟で」
アルはマルルカが声に出さなかったことを代わりに応えながら、いつものやさしい笑みを浮かべ静かにマルルカの前にやってきた。
「お前、どうやってここに入ってきた!?
てか、命を捨てる覚悟? ってなんだよ!!」
掴んだマルルカの手を離し、アル兄様に食って掛かっていこうと立ち上がったジャイロを、クローネ王が手で制する。
王は直感で理解した (この者に決して逆らってはならぬ……人智を越えた先にある者だ)と。
「マルルカ――こちらのレディの兄上とお見受けする。
我は、モタニオス・クローネ、この国の王、
此度は、妹君が我が臣下を救ってくださったこと、深く感謝する。
そしてその感謝もまだ伝えられていない状況、お察し願いたい」
「こちらこそ来訪も告げず、無礼な振る舞い、申し訳ない。
私は、アル――とだけ……
マルルカが私との約束を破ったので、迎えにきただけのこと。
すぐに失礼する」
「少しだけ、時間をいただけないだろうか?
貴殿の話をぜひお聞かせいただきたいのだが…… アル殿」
クローネ王は丁寧に応対すると、自ら席を立ち、アルのところまで出向き、さらに言葉を続けた。
「王よ…… あなたに覚悟がおありなら……」
「覚悟…… 我の命を差し出す覚悟か? ならば・・・・・・」
「いや、国の民のいのちを守る覚悟、あるいは……捨てる覚悟か」
「きさまぁー!! 」
「ジャイロッ!! 口を挟むでない! これ以上騒ぐとお前を追い出すぞ」
いらだちを抑えきれないまま立ち上がってこちらに来ようとするジャイロを、クローネ王が厳しい口調で制する。ジャイロはふてくされたようにして自分の席にもどるとアルを睨んだが、そのまま拗ねたようにしてそっぽを向いた。
「アル殿、すまない。
国をかける覚悟があるか……ということか?
我は、民のいのちほど大切なものはないと思うのだよ。そのいのちを守ることこそが我の役目。守る覚悟はあれど捨てる覚悟は持てぬ!」
「ふむ…… ならば、王よ。
あなたが悪――あなたの民を害すると考える者を断罪する覚悟は?
それもあなたのいう民であろう?」
「それが、わからぬ…… 我の思うところが正しいのか――間違えているのではないかと。
我が悪と思うものを断罪すれば、この手は大勢の血で汚れよう……
それでは、教会が裁判と称してあちこちで我が民を罰しているのと変わらぬのではないかと。
それが正しいのか、我が行なっていいことなのか……わからぬ。
・・・・・・その覚悟を問うているのか……アル殿」
「人は、ずるいのだよ。自分の行為を正当化するときには『神の名の下に』と、
一言唱えればいい。違うか?」
アルはニヤリと笑うと、レイスに視線を向けて笑みを浮かべた。
「レイス、私を見ようとしても無駄だよ。魔力を消費するだけだ。
でも、きれいに魔眼の開放と制御ができるようになったんだね。残滓がない。
よかった。これで君から光を奪わなくて済む」
「アル……さん、マルルカがおれを助けてくれたんだ!
マルルカが約束を破ったって言うなら、おれも……同じだ!
だから……おれが、二人分の罰を受けます。だから、マルルカを見逃してください。
マルルカはみんなを助けてくれたんだ!」
「マルルカに感謝こそすれ、罰を与えるなんて、俺が許さねぇー!」
レイスはアルに魔眼を使ったのがばれたのを恥じたかのように、一瞬、顔を赤くしたが、すぐにアルをじっと見て、堰を切ったように声を上げた。ジャイロもそれにつられるようにして、大声で吠える。
「マルルカにもいい仲間ができたようだね。
私は罰を下すとは言ってないんだけどね……迎えに来たとだけ……」
「えっ? 兄様…… だって、私……」
アルの言葉に、マルルカが啞然とした面持ちで涙を浮かべた顔を上げた。
「昨日のマルルカの魔法は、淀みのないきれいな魔法だった。
君のこころの戸惑いや不安がなくなったのだろう。冷静な判断ができるようになったと思うよ。
君が必要とするときには魔法を使ってもよい。
淀みや残滓も見えるようになったはずだ。
合格だ!」
「兄様ぁー!!」
アルは泣きじゃくるマルルカに優しく微笑むと、クローネ王に厳しい眼差しを向けた。
「そして、王よ。 あなたの覚悟は、いかほどか?」
クローネ王はアルをまっすぐに見て、それからここにいるジャイロ、ラケム、レイス、マルルカを見る。それから声を絞り出すようにして、言葉を発した。
「我は、セフィス教を、神を信じておらぬ故、『神の名の下』とは言えぬ。
だが、我の信じる正しさを貫きとおす覚悟は、アル殿のご指摘どおり確かに不足であった。
・・・・・・我も腹を括ろう!
我が国の民に仇なすものあれば、セフィス教であっても、タミネアであっても我が堂々と対峙する!
『己の信じる正しさを貫き通す覚悟――己の中にいる神の声を聞け……か。
セフィス真教の大神官の言葉はそういうことであったか・・・・・・」
クローネ王はつぶやくようにポツリと言った。
(神がいるとすれば――目の前の方こそが、そうかもしれん)
「オルト、いるのだろう?」
「ここに」
気づくとアルの後ろにはオルトが控えるように立っていた。
「後は、お前に任せる。これはお前の采配と約束したから……」
「マルルカの2番目の兄、オルトと申します。
兄に続いての無礼、ご容赦を願います」
オルトは、少しふざけた口調ながらも、膝を折り丁寧にあいさつをした。
「マルルカ殿の兄上お2人にお越しになるとは……!」
「あなたがたは、いったい何者・・・・・・」
「ラケム、聞いてはならん! ……知らぬほうがいいこともある。
そういうことだ。
もう、我は驚かんよ……」
クローネ王は、ラケムに、これ以上言葉を重ねることを禁じた。
「さすが、賢王でございます。良きご判断かと……
この度の件について―― モタニオス・クローネ王よ!
王のご覚悟が揺らがぬ限り、あなた様に正義の采配が下りましょう。
兄の許可もありましたので、マルルカをしばらくあなたの手元にお預けします。マルルカの力をお使いください。ただし、その力は、街のひとつやふたつ、滅ぼすものであることをお忘れなく!
私はタミネアにおりますし、兄はセフィス教に向かいます故……
私たちが王の敵となるか味方となるかは、クローネ王、あなた次第です。そのほうが趣向があるというもの
『神の名の下に正義を』 王の覚悟をお見せください。
そして、すべて終わった暁には、共に食卓を囲みましょう。
このオルト、皆さまを歓迎いたします。
至高の食事となるか、最悪のものとなるのか……これもまた楽しみというもの」
オルトは、本当に会食を楽しみにしているかのようなにこやかな表情をクローネ王に向けた。
「では、これで失礼いたします。突然の来訪に重なる無礼、切にお許し願います。
また、お会いできることを楽しみにしております」
消えて去ろうとする兄2人にマルルカは慌てて声をかけた。
「兄様、メイちゃんは? メイちゃんはどこ?」
「メイちゃんは、僕と一緒にいるよ! レイスも安心して。
危険な目には合わせることはないから……」
アルはマルルカとレイスに笑顔を向けると、そのままオルトと共に消えた。
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