29 酒場でのできごと
知らない男の人が、私の手首を掴んだまま離さない!
私を見もせずに、私が座っていたテーブル――4人に視線を向けていた。
「皆さん、楽しそうで何よりです。
そちらにいらっしゃるのは、レイス様ですよね?
いやぁ、ずっとお会いしたかったのでねぇ――私たちも混ぜてもらおうかと」
私たちの隣のテーブルに座っていたのは、それなりにきちんとした身なりをしている男の2人組だ。
手を振りほどこうとするけれど、しっかりと掴まれていて身動きができない。
私に危害を加えようすれば守り石が反応するはずなのに……どうして?
危害を加えるつもりはなかったってこと?――私に意識を向けていないっていうことか……
「おい! マルルカから手を離せ! てめぇら、教会の者か?」
ガタンッ!!
ジャイロさんが立ち上がると同時に、倒れた椅子の音が店の中に大きく響いた。
その音に驚いた人たちが一斉にこちらに視線を向けた。
ジャイロさんは腰にある剣に手をかけると、男たちを睨むようにして対峙する。
「おっと、そいつに手をかけちゃダメだよー
こっちに刃が届く前に、このお嬢さんが傷つくと思うけど、いいのかな?」
手首を掴んでいる男の反対の手には、いつのまにかナイフが握られていた。
店にいた大勢のお客さんやお店の人たちは2つのテーブルから離れて、私たちを遠巻きにして固唾をのんで様子を見守っている。
「セフィス教がこんなことしていいのかよぉ?
神様に仕える人たちもひでぇことするもんだな……」
「何を言う! 王国の者がプーレフェミナ様の子を奪うなど、神に対する反逆行為だぞ!
素直にレイス様を私たちに――セフィス様の下へお返しいただければ済むこと」
「マ、マ、マルルカは関係ないだろ!! 手を――手を離せぇー
傷ひとつつけてみろ・・・・・・お、おれは、ぜったい許さないし、ぜったい教会になんかいかないから!」
レイスが必死に声をはり上げて、男たちに抗議をする。
「レイス様、それではこちらに……
こちらにいらしていただければ、お嬢さんに傷ひとつつけることはありませんから」
男たちの呼びかけに、レイスが意を決したかのように拳をぐっと握り締めた。
一歩前に出ようとするのを、ラケムが引き留めようと動く――その瞬間、手首を掴んでいた男がすかさず私をぐいっと引き寄せると、私の喉元にナイフを突きつけようとしていた。
「おっと・・・・・・それじゃぁ、このお嬢――ギャーッ!!!!!!」
ナイフが私の喉元に触りそうな瞬間、男は驚愕の表情を浮かべたかと思うと、自分の喉元にナイフを向けて切りつけた。
血だらけになった首元を押さえようとして、私を突き放すとその場に倒れてしまった。
すかさず、私はジャイロのところへと駆け寄った。ジャイロは自分の後ろに私を追いやると、レイスが手を強く引っ張って私を抱きとめてくれた。
「お、お、おまえぇええー おんなぁあー 何をしたぁー!!」
もうひとりの男が、倒れた男の生死を確認するようにしゃがみ込むと、怒りで顔を真っ赤にして私を鬼の形相で睨んで叫んでいる。
「何もしてなかっただろうがよぉ
そいつがひとりで、自分の喉を掻っ切っただけだろ?
セフィス様のバチが当たったんだな……
さっさと連れ帰れ! 傷は浅ぇみてぇだから早く手当してやるんだな」
ジャイロは、男に興味をなくしたかのように背を向けると、「帰るぞ! 酔いが冷めちまった」と言うと、そのまま店を出て行った。
店の中は音を取り戻したかのように、ある者は大声で「医者を呼べー」と叫び、ある者は、「なんで自分の喉を切ったんだ!」と言い、一瞬にしてあわただしい様相に変わった。
ジャイロが出て行った後、レイスとリーシャが左右から私を守るようにして店を出る。最後に店を出たラケムは、店主に迷惑をかけたとして少なくない心付けを渡すのを忘れなかった。
5人が店の前に停めてあった馬車に戻り乗り込むと、馬車は夜の王都を静かに走り出した。
大国の王都とはいえ、大通りは大きな酒場や食堂などの店の灯りと街灯のオイルランプで少しは明るいものの、一歩大通りを外れると、建物の閉めた窓の隙間からのかすかな灯りだけが頼りで、薄暗く、夜の闇のほうが勝っているところのほうが多かった。
「マルルカ、大丈夫? 怖かっただろう?」
馬車が動き出すとレイスが心配そうに声をかけてくれた。
「おれが……おれマルルカに迷惑かけてばっかりで・・・・・・ごめん、マルルカ」
「どうやら王宮の中に、教会のネズミもいたようだな……
門番か…… あるいは……」
ジャイロは、レイスの様子も、マルルカを心配するそぶりも見せず、ひとり考え事をしていた。
「おーい、御者さんよぉ、すまんが人目のない通りに入って、一瞬停めてくれないか?
少し飲み足りねぇから 俺とラケムは暗闇に紛れて一杯ひっかけていくわぁ」
「かしこまりました」
御者は返事をすると、大通り外れてすぐのところの暗い路地に入ると馬車を停めた。
「悪ぃな。 リーシャ、頼むわ」
ジャイロはリーシャに声をかけると、2つの人影が馬車から降りて暗闇に紛れて消えていった。 馬車はまた静かに大通りに向かって動き始めた。




