16 魔眼の開放
アル兄様とメイちゃん、オルト兄ぃが森のおうちを出てから数日が過ぎた
口数の多くないレイスさんとの毎日はとっても穏やかだった。
私はオルト兄ぃみたいに料理も上手じゃないし、いろいろな料理も作れないけど、レイスさんは「おいしいです」といって、食べてくれた。
薬草畑は、ピキリがもう少しで実をつける。このときはあまり水をあげちゃいけないって言われていたので、土と実の様子をちゃんと見るようにしていた。ピキリの実はおなかの調子を整えるらしい。実が大きくなったら、枯れるまで刈らずにそのままにするそうだ。
あと少ししたら、リンゴの実も大きくなる。
今は、それほど手入れが必要な薬草はなかったけど、おうちの中のことは、やらなくっちゃいけないことがたくさんあった。
魔法を使ったらダメだとは言われていないから、使ってもいいんだろうけど、レイスさんの魔眼に影響するかもしれないと思って、魔法は使わなかった。
だから、いろいろと大変だったけど・・・・・・
湯あみのお湯が作れなかったし、台所の火種も消えないように注意した。
朝、井戸から水を汲んできて水がめにいっぱいにしなくっちゃならない。
レイスさんと2人で仕事を分担して、なんとかおうちの暮らしを整えることができていた。
簡単な夕食を終えると、私は刺繍をする。レイスさんは、それをぼーっと見ている。
最初は見られているのに慣れていなくって落ち着かなかったけど、それも気にならなくなって、ただ静かな時間だけが過ぎていった。
この静かな時間は嫌いじゃない――私はそう思い始めてた。
「マルルカさんも、能力者なんですか?」
レイスさんが唐突に切り出した。
ちゃんと答えていいのかなぁ――なんて答えたらいいかわからなくて、刺繍の手を止めた。でも、ちゃんと答えたほうがいいのかもしれない。
「あの…… 能力者じゃぁないです。
私、魔法を使えるんです」
「魔法?」
レイスさんは思いもよらない言葉を聞いたみたいでびっくりしていた。
「私、魔力がとっても多くて、ずっと苦しんでいたんです。でも、アル兄様とオルト兄ぃがたすけてくれた。だから、ここにいる・・・・・・」
「・・・・・・そうだったんですか」
レイスさんは私をまじまじと見ると、急に恥ずかしそうにして、また黙ってしまった。私もそれ以上話すことがなかったから、また刺繍の手を動かした。
それから少し時間が経って、レイスさんは部屋に戻ったんだなぁと思っていたら、手に紙を持って、すぐに戻って来た。
「あの―― マルルカさんを描いてもいいですか?」
レイスさんが申し訳なさそうな小さな声で聞いてきた。
「私―― ですか?」
「いやなら・・・・・・いいんです。いやなら・・・・・・」
レイスさんが描きたいっていう気持ちになってくれたのに、恥ずかしいからって断れるはずがない。
「いいですよ! 私なんかでいいんですか?」
「マルルカさんを描きたいって思ったから・・・・・・」
レイスさんは、ボソッとそう言うと、手にしていた木炭でサラサラと描き始めた。
描き始めると、少しオドオドしながら私を見ていたレイスさんじゃなくて、真正面から私を見るレイスさんになった。
こんなに真剣な目で何度も見られることなんかないから――ちょっと恥ずかしい。
気を紛らわせるように、手元の刺繍に視線を落とす。
サラサラ・・・・・・と、レイスさんの紙に木炭を動かす音だけが静かに響く。
いつしかその音が心地よく聞こえてきて、レイスさんの視線も気にならなくなってきた。
「ウワヮァアアアッ――!!」
静かな時間は、レイスさんの叫び声で唐突に破られた。
レイスさんが、描いていた絵を投げ出すと、両目を押さえるようにしてソファから転げるように落ちた。
「どうしたんですか⁉ レイスさん⁉ 大丈夫ですかっ!!」
私は手にしていた刺繍を投げ出すと、急いでレイスさんのところに駆け寄った。
「目が・・・目がイタイッ!! 破裂しそうだぁああー!!!!」
両目を押さえている指の間から、紫色の煙のようなものがゆらゆらと漏れていた。
(レイスさんの魔力??)
どうしたらいいんだろー・・・・・・
魔力だったら、抑えたらきっとダメだ。
開放・・・・・・アル兄様は魔眼を開放しろって言った。
魔眼――魔力の開放・・・・・・
「レイスさん、私の手を感じますか?
感じたら、私の手に意識をもっていって!!」
私はそう言うと、両目を押さえているレイスさんの手に重ねるようにして自分の両手を合わせる。
魔力を抑え込むんじゃない!
私は、レイスさんの魔力の開放をイメージして手のひらに意識を集中させた。
開放のイメージ―― 私が知っているのは、外に向かって魔力を向ける。
そのイメージがレイスさんに伝わるように、自分の手のひらに願いをかける。
ゆらゆらとしていた紫色の煙が、少しずつ私の手のひらに吸い込まれるように見えた。
手のひらの感覚は何も変わらなかった。ただ、レイスさんの手の温かさがあるだけ・・・・・・
しばらくして、紫色の煙は消えていた。
「俺、目が破裂すると思った・・・・・・」
レイスさんは目を押さえていた両手を静かにはずすと、かすれた声でボソッとつぶやいた。ゆっくりと私に向けられた瞳の色は少し紫がかっていた。
レイスさんは部屋中を見渡すようにしてぐるりと顔を向けると、ゆっくりと首を振った。
「あっ! あの・・・・・・ありがとうございます。
助けてくれて」
レイスさんの言葉に、こころの底からホッとした。
「よかったです。
あの、たぶんですけど、それがレイスさんの魔力だと思います。
今度は、抑えようとするんじゃなくて、目に手を当てたら、それに魔力を、意識を向けるようにしたらいいと思います。抑えちゃだめです。目は破裂しませんから・・・・・・
これが第一段階のはずです」
「わかりました。マルルカさんがすぐそばにいてくれてよかった」
レイスさんは紫がかった瞳で安堵の表情で、私をみつめてニッコリと笑った。
「・・・・・・ポロ茶を、こころを落ち着けるお茶をいれてきますね」
なんだか、ちょっと恥ずかしくなった私は慌てて立ち上がると、そそくさと台所のほうへ足を向けた。




