15 マルルカのはじめて
今、森のおうちには、私とレイスさんしかいない。
こんなことは初めてで、私は不安でしかない!!
オルト兄ぃは、アル兄様から用事を頼まれて朝早く出て行ったらしい。
アル兄様は、メイちゃんを連れてブリドニクの街に出て行った。
「メイちゃんの安全は僕が守るから!」ってアル兄様が言うと、メイちゃんは大喜びでアル兄様にくっついていった。メイちゃんが、ずっとここにいるのもかわいそうな気もしていたから、気分転換になったらいいな……と思ったけど、本当に大丈夫か、ちょっと心配になる。
アル兄様が守るって言ったら、絶対大丈夫なのはわかるのだけど。
それよりも何よりも、レイスさんのことだ。
私がレイスさんの魔眼を開放しなくっちゃならない!!
「レイスさんの魔眼を、魔力を外に放出することなく開放して制御するんだよ。
それができないと、彼は永久に光を失うことになる。
ずっと魔力循環の訓練をしているマルルカならできるから!
それができればレイスさんを助けることができるからね」
アル兄様が出かける前に、私にそう言った。
アル兄様は、本当はレイスさんの魔眼を刈り取る! つもりだったらしい。
薬草畑の雑草を刈り取るのと同じ口調で、何でもないように話す。
――アル兄様は怖すぎる。
それって、私の責任は重大だってこと……
それからレイスさんを呼んで、アル兄様は真実を淡々と伝えた。
レイスさんが絵が描けない理由――魔眼であることを……
アル兄様の話は、レイスさんにとって思いもしなかった話だった。息をするのも忘れたかのように口をあんぐりと開けたまま、どうしたらいいかわからないという戸惑いの表情を浮かべ、アル兄様の顔を凝視したままピクリとも動かない。
「魔眼持ちはとは能力者だ。能力者は、程度の差はあれ魔力を持ってるんだけどね、その能力を使うときに魔力が放出されて、その残滓が漂う。
ただね、この世界で魔力が放出されたり残滓が残ると、動物や植物、いのちのあるものに少なからず影響を及ぼすことになる。
その結果、この世界のあり方を変えてしまう。それは絶対許されないことなんだ。
それをわかってほしい」
アル兄様の話が終わると、レイスさんは、手をぎゅっと握りしめて、声を殺すようにして問いかける。
「おれは―― 俺は――どうなるんですか? どうしたらいいんですか?」
「魔眼の制御を覚えてもらう。それにはマルルカが力を貸してくれる。でも、やるのは君自身だ。それまでは、この家を出てはいけない。いいね?」
レイスさんはコクンと頷いた。
「もし、できなければ、一生、君は光を失う」
何かをじっと耐えるようにして、レイスさんは俯いている。こげ茶色の髪が顔を隠しているから、表情は見えないけど、涙がぽとりと彼の足元に落ちた。
そして、意を決したようにして顔を上げると目に涙を浮かべたまま、少し怯えたふうにアル兄様を見て私を見た。
「あの・・・・・・・ あなた方はいったい誰なんですか?」
「君を助ける者にもなるし、害する者にもなる。どちらになるかは君自身が決めることだ。
君が集中できるように、メイちゃんは僕が預かるよ。ちゃんと守るから安心して……」
「わかりました。
――メイを、妹をよろしくお願いします!」
レイスさんは、ふっと息を吐くと、震えた声でアル兄様にそう言うと、深々と頭を下げた。
「じゃぁ、がんばってね!」
アル兄様はレイスさんの苦しい気持ちを意に介さないかのようにレイスさんを家の中に残して、外で待つメイちゃんのところへ行ってしまった。
「マルルカさん、よろしくお願いします」
森のおうちに残されて2人っきりになると、レイスさんは、改ためて深く私にお辞儀をした。
そう言われても、私はどうしたらいいかわからないし、そもそも魔眼のことなんかちっとも知らない!!
どうしよう――
アル兄様は、私がレイスさんに力を貸すって言うけど、貸せる力があるなんて思えない!
でも、レイスさんの眼から光を奪っちゃダメだよね……私のありったけでがんばるしかない。
無い知恵を、頭をフル活動させるしかない。
そうだ! レイスさんのことを知るところからだよね? きっと・・・・・・
「レイスさん、自分の魔力って感じたことありますか?」
「魔力ですか? いえ…… どういうものかもまったくわからなくて」
(困った――感じてすらないものを制御しようとか、解放しようなんてできるはずないじゃない!
・・・・・・魔力を感じてもらう……かぁ)
私は魔力の使い方を間違えてた。でも、最初っから魔力を感じることができたから魔力がないっていうのがわからない。
あっ! あの時――魔王と戦った後、魔力が空っぽになってた。
からだを動かすのもつらくて、力が入らない感じ。魔力が戻ったのは……ここ、森のおうち。
ぐっすりと眠った後・・・・・・
「レイスさん、しばらくは魔眼のことは忘れて、ここでリラックスしてゆったりと過ごしましょう。そうだ! 好きな絵を描いてみてはどうですか?」
「絵・・・・・・ですか?」
レイスさんは私の意外な言葉に、口を開けたまま、ぼーっと私を見ている。
「そう! 絵です。好きな景色や好きな物……私、この森が大好きなんです。
レイスさんのおうちに、少しだけ、いさせてもらったとき、レイスさんの森の絵を見ました。森が生き生きとしててとっても素敵な絵でした」
レイスさんはしばらく考えたふうに黙り込む。
「あぁっ! むりに描くことはないと思います。描きたくなったら描きたいものを描いたらいいと思います。
それまでは、ゆっくりと森の生活を楽しみましょう!
私、このおうちが、ここの生活が大好きなんです。だから、きっと、レイスさんも好きになると思います」
私は、レイスさんが絵を描けなくなっていたことをすっかりと忘れていた。
レイスさんを傷つけていなきゃいいけど――慌てて言葉を足したけど、放ってしまった言葉を取り消すことはできない。
「・・・・・・描きたいものが見つかったら、絵筆をとることにします。
手伝えることがあったら、いってください」
レイスさんは、そういうと外へ出て行った。
夏も終わり、すっかりと秋の空になっていた。




