2 魔王討伐後(2)
ドン!
地面に降ろされた衝撃で目が覚めた。
体を起こしてちゃんと座ろうとしたけど、まだ、ぜんぜん力が入らない。
なんとか両手でふんばって、体をゆっくりと起こしてあたりを見渡した。
月の明かりを頼りに、崖の上に立つ魔王城のシルエットが見える。
朝早く魔王城に向かったけど、すっかり日が暮れてしまったようだ。
(1日中戦っていたのか・・・・・・疲れてへとへとになってしまうはずだ・・・・・・)
魔王城へと続く細く長く伸びる断崖の一本道を降りてきたところのようだ。
(この道を上るときはワイバーンに空から襲われて大変だったんだよね)
今はそれが嘘だったかのように、あたしたちを襲ってくる魔物たちもいない。
ゴォォォォーッ という谷底を吹く風の音が聞こえるだけ。
月のやわらかな光があたしたちの足元を照らしている。
魔王城への道は険しい峡谷をうねるようにあり、月の明かりでは谷底は全く見えない。
真っ暗で吸い込まれそうな闇の色が広がっているだけ……
「お城を出たんだね。デレクごめんね。疲れてるのにここまでおんぶしてくれて」
デレクは、こちらに振り向いたけど何も言わない。あたしを見下ろしているデレクの表情は、月の光の陰になってわからない。
(相当疲れさせちゃったよね。あの道をお城からずっとおんぶしてくれてたんだから)
「マルルカ、預けてあったテントと食べ物を出してくれる?」
あたしとデレクの少し前にいたハリーはこちらを振り返ってそう言った。
あたしはコクンとうなずいて、テントと一緒に、すぐ食べられるパンと干し肉を腰に括り付けている自分の収納袋から出した。 それから、甘い果物もいいかもしれないと思って、追加してオレンジも出した。
(ここで野宿するのかな…… 魔物がもういないんだったら、ここで休んでもいいのかもしれない)
収納袋から食べ物を取り出すのもおっくうなくらい、体がだるい。
「食料全部出してくれるかな?」
「この量じゃ足りなかった? でも全部っていうと1週間分くらいの量だけど……
元の道をたどれば、最後に寄った馬を預けてある村に着くのにじゅうぶん間に合うくらいあるよ?」
「いや、そうじゃなくて、マルルカの荷物は俺たちが持つからさ」
「魔力がなくなっても収納袋は使えるし、重さもないから大丈夫だけど……」
あたしは、そう言いながら、言われたとおり食料を全部収納袋から出すことにした。もう手を動かすのもいやになるくらいに力が入らなくて、ときどき手を止める。
そんなあたしの様子を、ハリーとデレクは何も言わずに、ただじっと見ていた。
(あたしの魔力が空っぽになることなんか一度もなかったから、すごく心配されてるのかもしれない)
まだ、魔力がぜんぜん回復していない。こんなこと初めてだ。
本当にすっからかんだから簡単には回復しないのかもしれない。
今まで魔力がなくなることなんか一度もなかったから治癒魔法や回復魔法は使い放題だった。ポーションなんか必要ないって思ってたけど、今度からは少し準備しておこう。
手にしていたリンゴでさえ、重くて片手で持ち上げられないくらい、力が入らなくなってきた。
先に体力を少し回復させたほうがいいかもしれない……
「ハリー、さっきのポーションを1つ分けてくれる? 体力もなくなってしまってるから、魔力がさっきからぜんぜん回復してこないの・・・・・・。
ここで野宿をするにしても、少し底上げをしておいたほうが、断然回復いいと思うし……」
「マルルカ、これから死んでいく奴にポーションは必要ないだろ?」
あたしが言い終わらないうちに、ハリーは言葉をかぶせてきて、あたしを嘲るように言った。
ハリーは何を言ってるの?
死んでいく? ・・・・・・あたしが?
質の悪い冗談?
「ハ・・・リー? 」
無理に笑顔をつくろうとしたけれど、顔がこわばって笑顔にならない。
「マルルカはもういらないんだよ。魔力タンクでしかない不細工な賢者は俺たちにはふさわしくないんだよ。
なぁ、デレク?」
「マルルカ、悪りぃな。お前には感謝してるんだぜ。
若い賢者なんかいねぇからよぉ。あらゆる魔法を使える賢者様でも、ここまでこれる体力のある奴なんかいねぇからな。賢者様は年寄りばっかりだからなぁ」
アハハハハ ハリーとデレクは笑いながら話している。
「デレクの言う通りだよ。賢者はいろんな魔法が使えても、それを使い続けられるだけの魔力がだいたいがないからねぇ。だから彼らはいつでも偉そうにもったいぶって魔法を使うのさー
気分悪いよねぇ 俺たち剣士から守られてるくせに、ムカつくんだよ!
普通は魔王討伐隊を組んで、魔王城を目指して進んでくるんだよ。
いくら俺たち2人が強くても、2人じゃ絶対来ることなんかできなかった。
それを俺たちで奴を倒せたのも、すべてマルルカの魔法のおかげだよー。
本当にすばらしいよ、マルルカは! 」
「魔王がいなくなった世界なら、魔力タンクのマルルカの出番はもうないだろ?
これからは平和で美しい世界になるんだから、美しくない奴には生きにくい世の中になるから。
俺たちがきれいにお前の役割を終わらせてやるんだよ」
「嘘…… 何言ってるかわかんない……」
体の力が一気に抜けて、手にしていたリンゴがコロンと転げ落ちる。
しゃがみ込んでしまっている私に、ハリーは自慢のきれいな顔を近づけて言葉を重ねる。
「嘘じゃないよ。
それにさ、報奨金は3人より2人で分けたほうがいいだろ?
でも、マルルカには本当に感謝してるんだよ。
たださぁ これから俺たちは、魔王を倒した勇者として世界中で憧れられる存在になるんだよ?
そんな憧れの存在が醜いちんくしゃっておかしいと思わないかい?
心配することはないからね。マルルカのことは愛らしく可憐な伝説の賢者にしてやるからさ!
勇者になるボクたちが、マルルカの命を懸けた戦いで世界を救ったことをちゃんと伝えてあげるからね」
何か言おうとするけれど、声にならない。
ハリーは、いつもの爽やかな笑顔をあたしに向けている。
月明かりに浮かんだその笑顔は、まがい物のようにきれいに見える。
「じゃあね。本当にさよならだ。マルルカ……」
とびっきりの自慢の笑顔をあたしに贈ると、すっと立ち上がり、デレクのほうへと顔を向けて深く頷いた。
「俺が、とびっきりの美少女の賢者様にしといてやるからな!」
デレクは、ハリーに応えるかのようにそう言うと、あたしを抱き上げて、崖っぷちまで連れて行き降ろした。
谷底から聞こえるゴォーっていう風の音で、そのまま吸い込まれそうだ。
「お前の魔力がからっぽで本当によかったぜぇ、賢者様は簡単に死んでくれないからよぉ。
さすがに、お前の血を見るのは目覚めが悪い・・・・・・」
ハリーよぉ、マルルカの最期は一緒に見送ってやろうぜ。・・・・・・谷底にな~」
「あぁ、ありがとう マルルカ」
「じゃあな マルルカ」
2人はそう言うと、あたしを思いっきり谷底へと蹴飛ばした。
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