15 ドゥラ・シュカ
「私、世界一の歌姫になってみせるから! ドゥラさん、これで失礼するわ。
これから特訓するから!
あなたの悩みだって絶対解決するわ。ではお先におやすみなさい」
ドゥラさんはワイングラスと水差しを手に持つと、そのまま部屋へと戻っていった。
「次は君の番だ。ドゥラ。よかったら話を聞くよ。
ところで、君の剣は双剣だったのではないか? それと対になる剣があるはずだ」
ミームさんが席を立ち、砕けたワイングラスを片付けられると、兄様はドゥラさんの持っている剣のことを聞いた。
「枢機卿様の言う通りだ。どこから話せばいいか……」
ドゥラさんは一瞬おどろいた顔をしたものの、すぐに悲し気な笑みを浮べると話し始めた。
あたしはドゥラ・シュカ。
このソラン聖国のある大陸からはるか南にある島国――シュカラートという国の出だ。
シュカラートは2つの家系――シュカ家とラート家によって交互に治世されてきた。これでもあたしは支配者シュカ家の出なんだ。
今はラート家の治世の時代だ。政治から離れている家は、シュカラートの精神を支える役割――シュカラートの神に仕える役割を担うことになる。
つまり、今は、シュカ家がシュカラートの神殿を守り、神の神託を下ろしている。そしてシュカラートの神殿には、神殿を守る家の最初に生まれた女子を神殿の巫女として捧げる決まりがあった。さらには治世が交代した年の巫女は、成人となったとき、完全に神に捧げられ、国の安寧を神に願う。ようは生贄にされるのさ。それがあたしだった。
あたしは嫌だったんだよ! 自分の運命が決められていたことが! なぜ自分が死ななければならない。あまりにも理不尽だとね……
だから、あたしはシュカラートから離れよう、逃げようと思った。ついでに理不尽の運命を押し付けられたことへの怒りから、シュカラートの国の至宝である守り刀を持ち去ったのさ。
光と闇の剣をね…… 島から脱出するためにも必要だったんだけどさ。
闇の剣を下に光の剣を上にして重ねると、どんなところだって滑るように移動できると言われていたんだよ。もちろん海の上もね!
案の定、そのとおりだった。誰もあたしを捕まえることなんかできなかったさ!
私がたどり着いたところはガジス王国の港町だった。
そして、そこで、ミームじゃないけれど、運命の出会いだと思えた出会いがあったんだよ。
今思い返せば、完全に手玉に取られてたんだけどね!
それが4年前、あたしが15になる直前の話だよ。
この大陸じゃぁ、アタシの褐色の肌はとにかく目立った。まだ港町はシュカラートと細々と交易をしていたから、それほどじゃぁなかったんだけどね、言葉も少し違うから、訛りも少しあったんだよ。新しい国、大陸に降りたあたしには、目に映るものの何もかも新鮮だったよ。でもさ、物心ついた頃から神殿から出ることのなかったあたしには、普通の市井の生活っていうものには全く縁がなくってね。心細い気持ちもあった。
そんなときだよ。親切な男に出会ったのさ。
そりゃぁ、あたしだって警戒したさ! でもシュカラートじゃぁ剣の腕は誰にも負けなかったし、巫女としての務めを果たす生活の中で、魔力もそこそこ上がっていったから、万が一、何かあっても大丈夫だっていう思いもあった。
男の屈託のない爽やかな曇りのない笑顔に接しているうちに、そいつに心を開くのはあっという間だったよ。男は剣士でね、そこそこ強かったよ。練習で剣を交えているうちに、気持ちも体も交わるっていうもんだよ。
すっかりと男にすべてを許しちまっていた。自分の出生の何もかも、そして二振りの光と闇の剣についてもね。そいつに光の剣を渡し、あたしが闇の剣を持って、二人で打ち合いをしていると、どんどんと力をつけていくことに気づいた。あいつは光の力、あたしは闇の力を…… 強くなっていくことがうれしくてね、毎日のように剣を交えて、冒険者としてもそこそこ名をはせるようになった。
そして、恋にボケていたあたしは、あいつの剣を見る執拗な眼差しに全く気付かなかった。
あるとき、あいつはあたしの前からいなくなったんだよ。光の剣と一緒にね!
あたしは、闇に突き落とされた気がした。
それから程なくして、あいつの名前がこの大陸中に聞こえるようになった。
あいつの名が広がれば広がる程、あたしの心の闇は深くなっていった。全く力が出ないんだよ。
生きる気力も起きない。ただ、光の剣だけを取り戻そうっていう強い想い以外はね。その想いだけで、この大陸を彷徨っていた。そして、今、ここにいるっていうわけさ。
彷徨っている間はずっと人目を避けて隠れるようにしていたけれど、声をかければ話もできるし、普通に街の中でも問題はなかった。
1年前くらいからだよ、あたしが誰にも認識してもらえなくなってしまったのは…… 誰もあたしに気づいてくれなくなった。
そう、あいつが魔王を倒して、勇者として世界中に名を馳せる頃からさ!
剣神ハリー、勇者ハリーってね!!
ハリー!!
やっぱり!
ドゥラさんの光の剣の話で、なんとなく心に引っかかるようなものがあった。
話を聞いているうちに心臓がドキドキしてきて、すごく不安になっていった。
もしかしたら…… まさか! でも…… って
ハリーの剣、光の剣だった。
ハリーは光の魔法が確かに得意だった。
ハリーとデレクとでパーティを組んでからは、光の魔法の威力が他の魔法よりもずっと強くなっていたから。
あまり不思議に思わなかったけれど、威力が強くなったから光の魔法をよく使うようになったのか、使う頻度が多かったから威力が強くなったのか? くらいにしか思っていなかった。
あれは、光の剣の影響だったんだ!
すごい剣だなって思ってたけれど、まさか、ドゥラさんの物だったなんて……
あのハリーの光の剣と対になる闇の剣がここにある。光を吸い込んでしまいそうな黒い闇の剣。
「ドゥラ、光と闇の剣は対の剣、2つを離してはいけなかったんだよ。
光が強くなればなるほど、闇もまた濃く強くなる。2つが対となり初めて本来の力を発揮する。
光の剣は名声を求める。全てに先んだとうとして、限りなくその欲を叶え、光り輝く場所を求める剣だ。闇の剣は影を支配しようとする。目立つことを嫌い、影の中で生きようと光ある物を引き込もうとする。2つが対である限り、闇が光の欲を押さえ、光が闇の存在を知らしめる。そこに初めて調和が生まれる。
ハリーが名声を欲しがり手に入れれば入れるほど、君の存在は認識されなくなる。そういうことだ。
まぁ、ドゥラがシュカラートから1対で持ち出してくれてよかったと思うことにしよう。
片方だけだったら、もっと、とんでもないことが起きたかもしれないからね!」
「そんな…… あたしは光の剣を手にしない限り、このままの状態が続くということか?」
「そうだね。続くというより、後1年もすれば君は闇の中に溶ける。君が闇に溶けたとき、ハリーもまた霧散する。もう少し前であればその剣を手放せばよかったが、もう遅い。君は闇の一部になっているからね」
兄様の淡々とした言葉に、ドゥラさんはがっくりとうなだれてしまった。
ハリーが、そんなことをしていたなんて、絶対許せないと思った。私を谷底に落としてまで、手柄――勇者の称号を得ようとしたのも光の剣のせい? そのうち、デレクも手にかけて、さらに名声を一人占めしようとするの? いや、もう、しているのかもしれない!
「兄様、ハリーを止めなくっちゃ!」
「マルルカ、ドゥラが助かれば、それでいいんだろ?」
必死になって言う私に、アル兄様が面白そうに言う。
「デレクも危ないかもしれない! 私を殺そうとしたように、デレクもきっと……」
「マルルカ! あんたはハリーに殺されそうになったのか??
あんた、もしかしたら伝説の賢者マルルカなのか?」
ドゥラさんが、目を丸くして私をじっと見た。




