14 ミームの魔法
「ミーム嬢、それは素敵な提案だ。特別なワインを開けるとしよう。
ドゥラ嬢も飲めるよね? 少し用事があるので、一緒にディナーのテーブルに着くことはできないが、食後のひと時を共に過ごそう」
それだけ言うと、アル兄様はティールームを後にした。
「ちょっと! ヴァニタス枢機卿本物だわ!!
『ミーム嬢 食後のひと時を共に過ごそう』 って言ったわ。あなたたちも聞いたわよね? 私、歌を作らなくっちゃ。夕食の時まで少し一人にさせてね。また後で会いましょう」
弾むようにして部屋を出ていくミームさんに取り残されたような形になってしまい、私とドゥラさんは思わず顔を見合わせてしまう。どちらともなく思わず笑ってしまった。
「あのミームって、変な奴だな。あれは悩みなんかない奴だろうな。
でも、そのおかげで本当に久しぶりに、人らしい感情を味わうことができた気がする。
それに枢機卿様も声をかけてくれた。今日はあたしに気づいてくれる人に3人にも会えた。
ここまで連れてきてくれたこと感謝する。マルルカ」
「あのね。兄様ならたぶん、ドゥラさんに起きていることがわかると思ったの。
だから夜まで、兄様が戻って来るまで、ドゥラさんの話を聞くのは待ってね。
お屋敷のご飯はおいしいから、いっぱい食べてね!」
闇のような深い影は変わらずまとわりついているけれど、ドゥラさんの表情が柔らかくなったような気がする。
夕食の席はちゃんと3席準備されていた。ドゥラさんにもちゃんと料理がサーブされている。ドゥラさんはとっても美味しそうに、そしてよく食べる。
「あたし、ずっとまともな物を食えなかったんだよ。誰もあたしを認識しない。見えないんじゃなくて、人の認識の中に入れないみたいなんだ。
だから物を買おうとしても、宿に泊まろうとして話しかけても、誰も返事をしてくれないのさ。野宿をしたり、宿の片隅で勝手に休んだりしてたね。
誰も『あたしがいる』って認識しないから見つかることがないのさ」
ドゥラさんは悲しそうに笑った。
「でも、それいいわね! 勝手に何を盗ったって気づかれないんでしょ? やりたい放題できるじゃない!」
ミームさんは食後のコーヒーを飲みながらにこやかに話す。
この人ってすごくポジティブ…… 悩んだことあるのかなって思ってしまう。
でも、もうちょっとドゥラさんの気持ちわかってほしい。
「でもね、それがずっと続いたらどう思う? ミームさん。
おしゃべりしたくてもできなくて、話を聞いてくれる人もいないのがずっと続くんだよ? そんなのミームさんだっていやじゃない?」
「あら…… そうね。私の歌を聞いてくれる人もいなくなっちゃうなんて、やっぱり嫌だわ。みんなに聞いてもらいたいのに聞いてもらえないなんてつらいわよね。
ドゥラさん、ごめんなさいね。ちょっと無神経だったわ」
「いいさ。ミームはそんな奴だと思ってるから気にしちゃいないよ」
苦笑しながら話すドゥラさんに、今度はミームさんが、「私が無神経だっていうの? 繊細な感性じゃないと歌なんて作れないのよ!」って怒っている。
案外、ドゥラさんとミームさんって仲良くなれそう?
ちょうど食事を終えた頃、兄様が戻って来たという知らせで、私たちは兄様のいるリビングへと移動することにした。
「改めて、ようこそわが屋敷へ。
アルレオール・ヴァニタスだ。妹の友だちを歓迎するよ」
アル兄様がにこやかにドゥラさんとミームさんに挨拶すると、2人とも少しはにかみながら挨拶を返す。
「ここへ来たのはドゥラ嬢のことでしょ? ドゥラと呼ばせていただくがいいか?
ゆっくりと話せるところから話したらいい。時間はたっぷりかるからね」
「ちょっとお待ちを! その前に私の歌を聞いていただきたいですわ!」
ミームさんはいきなり口を挟むと、持っていた竪琴をかき鳴らし始めた。
「ミームさん……!」
ちょっと勝手だよ!って言葉を続けようと思ったけれど、ミームさんの歌声に思わず引き込まれてしまった。
のびやかな歌声は、艶やかでビロードのような感触がする。ソラニス一番の歌姫って言っていたけれど、嘘じゃないと思う。こんなにも美しい歌声は聞いたことがない。
運命の糸がつながっていることを信じているから、
たったひとりでもいくつもの夜を越えられた
ただ、あなたに会うために・・・・・・
ミームさんの歌を聞いていると、少しずつ切ない気持ちになってくる。
私があなたに会ったのは運命。やっとあなたに会えた。
あなたに会うために私は生まれてきたんだ!
もうぜったい離れない! ミームさん!
パチン!
アル兄様が指を鳴らした音が聞こえたとたん、ふっと我に返る。
あれ? 何? 今の気持ち……
なんでミームさんが愛おしいって思っちゃったんだろう?
「いったい何が起きた? なんで、ミームを愛おしい、こいつを一生守ろうって思ったんだろ……」
ドゥラさんは涙も流しているけれど、キョトンとした顔をしている。
「ミーム、君は誰をもみんなを虜にしてしまうとても魅力的な女性なのだね。
でもね、君の想いはたった一人、愛する人にだけ伝えたほうがいいかもね」
「もちろん、そうですわ! 私の想い人はただ一人ですの。
でも、この気持ち、歌声はみんなに聞いてほしいの! 私の愛の喜びを!
だから精いっぱい心を込めていつも歌いますの。私の心が伝わりますようにって」
「心を込めて歌っているのかぁ。 でも込められているのは君の魔力だよ。
伝わっているのは君の魔力。心じゃない。残念ながらね」
「そんなぁ……私の心が届いていなかったなんて
私、歌しか歌えないのに」
ミームさんは、すっかりとしょげてしまい、しくしくと泣き出してしまった。
「ミーム、君の声に魔力が乗るんだよ。歌声にじゃない。みんなに歌声を届けようとすれば届けたい者みんなに君の魔法がかかる。
それをコントロールできれば、ミームは素晴らしい吟遊詩人になれるよ。
素質があるからね」
「そうなの? 私、本当の吟遊詩人になれるの?」
涙で腫らした目で微かな希望にすがるようにしてアル兄様をみつめるミームさんに、兄様はニッコリとほほ笑んだ。
兄様は目の前にあるワインの入ったグラスを見るように私たちに言うと、「揺れろ」と言葉を発した。グラスの中のワインが揺れ始めて、その揺れは大きくなり、グラスからワインがこぼれるくらいになった。それから、「熱せよ」と言うと、ワインは熱を持ち始めたようで、沸々と沸騰し始めて、辺りに熱せられたワインの香りが強く漂う。
目の前で起きている出来事に、私たちは言葉を失ってしまった。
「砕けろ」
ワイングラスが粉々に砕け散ってしまった。
「「「すごい……!」」」
「ミームが魔力をコントロールできれば、これくらいはできるようになるだろう」
声は空気の振動だから、その振動の強さと方向を魔力でコントロールすればいいらしい。歌のように無意識で魔力を乗せていると、ゆっくりと声の音の振動が伝わり、少しずつ魔法がかかっていく。音の魔法を使うことを意識すれば、一瞬で大きな振動を作ることができるのだという。音の魔力が干渉できるものは、音が届く範囲すべてだという。物でも人でも……
「私、やるわ! やってみせる!」
ミームさんの瞳に力が宿った。




