12 ミームとドゥラ
「ミーム?」
「あぁ、あんたはまだ知らないか。ミームは吟遊詩人さ。歌声とつま弾く竪琴の音色は天下一品だって言う話だ。
ただまぁ、仲間も聞きほれちまうらしいぜ。だから、誰もパーティを組みたがらない。相当の美人なんだがなぁ。
あいつは、戦闘中にミームの眠りの歌で眠っちまって、危うく命を落としかけた奴だよ!
眠り魔法の依頼は、まぁ……ミームに残してやってくれや……」
にやけた感じの男の人の後ろから、小柄の若い男の人が声をかけてきた。私をパーティに誘ったにやけた男の人は、「ちっ」と舌打ちすると逃げるようにして人混みの中に掻き消えていった。
「あの…… 教えてくれてありがとうございます。私、マルルカって言います」
「いや……別にどうっていうことじゃねぇ。このギルドのもんはみんな知ってることさ。
俺は、パッチ。長年Dランクさ。腕っぷしに自信はねえが、情報屋としちゃぁ使えるぜ。そんときはよろしくな! じゃぁな。まぁ、がんばれ」
パッチはそう言うと騒いでいる冒険者のグループの輪の中に入っていった。
パッチさんが情報屋っていうことは…… 私も気を付けなくっちゃ! 情報を手に入れようとしているうちに、知らず知らずのうちに自分の情報を流してしまいそうだ。
眠り魔法の依頼はミームさん用ってことで、私は薬草採取かな? と考えていると、あれほど騒がしかったはずのギルドの中が静かになっていることに気が付いた。
音が消えている! 何も聞こえない!
何が起きたんだろう? って思い振り返って、ギルドの入り口のほうへと視線を向けてみると……
そこには、ショートカットの黒髪に吸い込まれるほど真っ黒な暗い瞳をした褐色の肌をした長身の女性が立っていた。真っ黒な胸当てが鈍く光ってはいるけれど、その光さえも吸収してしまいそうなほど真っ黒な闇をまとっている。
ギルドにいる人たちは誰一人、その女の人に全く気付いていないようで、今までと変わらない様子だ。大勢の人たちの笑い声や話し声が聞こえるはずなのに全く音が聞こえない!
(なに!?…… これ……)
辺りを見渡して、改めて女の人を見る。私の視線に気づいたのか、私に近づいてきた。
いや……依頼のボードを見に来ただけかも?
「あんた、あたしに気づいているの? あたしの声も聞こえるんだね?」
少し驚いた顔をして話しかけてきた女の人に、コクンと頷く。
「あぁ、ギルドに来てよかったよ! 人と話をするのは本当に久しぶりだ。
お願いだ!
初めて会ったお嬢さんに頼むのも気が引けるけど、あたしの話を聞いてくれないか?
予定があるのだったら、それまでいくらでも待つから。
あっ…… あたしはドゥラ。決して怪しい者ではない。冒険者で剣士だ。
ほら、ギルドカードもちゃんと持っている!」
ドゥラさんはほっと安堵した表情を浮かべると、切羽詰まった様子で首にぶら下げているギルドカードを見せてくる。その必死なお願いに、応えてあげないと!って思ってしまう。
「あの…… マルルカって言います。さっき冒険者登録したばかりの魔法使いです。
特に用事はないので、私でよければお話を聞きますけど」
「あぁ、ありがたい! よければ、どこか人目のつかないところで話をしたいのだが……」
人目のつかないところ……と言われても、エドが待っている馬車しか思いつかない。馬車の中ならだれの目にも止まらないだろう。
「ドゥラさん、少し歩いてもいいですか? 馬車を待たせてあるのでその中なら……」
「馬車を待たせてる? あんた本当に冒険者なのか? まぁ、そんなことはどうでもいい。話ができれば!」
私とドゥラさんは冒険者ギルドを出ることにした。ドゥラさんと話をしていると、本当に周りの音が全く聞こえなくなってしまう。
ドン!!
「ちょっと、あなたたち、危ないじゃないのよぉ。ちゃんと前を向いて歩いてちょうだい」
ギルドのざわめきが戻ってきた!
入口のところで、女の人にぶつかってしまった。緩やかなウェーブのかかった長い金髪に透き通るような肌。アイスブルーの瞳が宝石のように輝いている。とってもきれいな人。
でも、その人の恰好――目のやり場に困ってしまうくらい、申し訳なさそうなほどの布しかないドレス。抜群のスタイルだから思わず見入ってしまう。
「あなたたち? ってことは、あんたもあたしに気づいているのか? なんてこった!
話しができるやつに2人もあえるなんて、最高の日だ!
こいつも連れて行こう! なぁ、マルルカ!」
「あなた、何を言ってるのよ! 私は依頼を探しに来たんだから、私の稼ぐ機会を取らないで頂戴!! それとも、あなたたちが私の、歌姫ミームの歌声をご所望ということかしら?」
この人がミームさん。確かにすごくきれいな人。でも、オルト兄ぃだったら、この人のドレスを見たらなんて言うのかな? ふっと思ってしまう。
「あの…… ミームさん、よかったら私たちと一緒に来ていただけませんか? ドゥラさんがお話を聞いてほしいそうです。お金――依頼料が必要だったらお支払いしますので」
「話を聞くっていう依頼? まぁ、いいわ、それでも。
1時間ほど話を聞くなら200ビリーでいいかしら? 一晩なら1200ビリー、食事とお酒、それにベッドも用意してね」
「わかりました。1200ビリーお支払いします。食事とベッドも。私たちと一緒にきてください」
ドゥラさんがお金を払うって言ったけれど、それほど余裕があるようには思えなかった。身に着けている防具もちゃんと手入れができていないようだし、黒い闇のせいで疲れているようにも見える。
たぶん、宿代も節約しているんだと思った。もしかしたら野宿もしているのかもしれない。
なんか変なことになってしまった。冒険者の依頼を受けようとしているのに、先に依頼料を払うことになるなんて……
でも、ミームさんが話をしたら音が戻ってきた。さっぱりわからない。
いったい、どういうこと?
兄様に聞いたら教えてくれるかもしれない。
またアル兄様頼りになってしまった。冒険者で独り立ちしようと思っているのに、ぜんぜん一人でできない。
ちょっとだけ、自分が情けなく思う。
そんなことを考えながらエドの待っている馬車のところまでやってきた。
ドゥラさんはびっくりした顔をしているし、ミームさんは「あら! マルルカさんってお金持ちなのね。ラッキー!」ってはしゃいている。
「おかえりなさいませ。お嬢様。そちらの方は?」
「エド、ドゥラさんとミームさんです」
「ドゥラ様とミーム様? あの……もうお一人の方はおくれていらっしゃるのですか?
その方がいらっしゃるまで馬車の中でお待ちになりますか?」
エドはドゥラさんのことを認識できていないようで、私とミームさんにしか気づいていないようだ。
やっぱり、兄様にも話を聞いてもらわなくっちゃ!
「いえ、屋敷に戻りますから、馬車を出してください」
ミームさん、ドゥラさん、私の順番で馬車に乗り、アル兄様のお屋敷にもどることにした。
たぶん、お屋敷に連れて行っても怒られないよね?




