10 あたたかな歓迎会
「お嬢様…… その……冒険者になるおつもりですか?」
黒のケープを身にまとってちょっとはしゃいでいた私を見て、エドが遠慮がちに小声で話しかけてきた。
「そう…… 兄様からお許しを得ているけれど、みんなには内緒にしてね」
「お嬢さん、何かの仮装パーティにでも参加するのかい? それだったら、特別防御魔法をかけておく必要もないか……
防御効果を付けたかったら、いい魔法陣を描ける奴を知ってるからいってくれよ」
魔法使いがよく着るケープを身に着けてくるくると楽しそうに回っている私を見て、お店の人は仮装パーティの衣装探しに来たと思ったみたいだ。そのほうがいい。
お店の人にお礼をいって、エドと一緒に店を出た。
次は、私――冒険者マルルカの家だ!
そう思って、エドに家探しをお願いしたのだけれど、はっきりと断られてしまった。
「それは、ご主人様とよくご相談されたほうがよろしいかと思います。
明日また、お出かけになるのでしょう? 焦らずとも今日はひとまずお屋敷にお戻りいただけませんか?」
気負い過ぎていたのかしら……?
ひとりでちゃんと生きていこうって決めたけど、エドがそういうのなら仕方がない。連れて行ってもらわないとまだ何もできないんだって思った。それに家探しをどうやってするかもまだわかっていない。エドならそういうところに連れて行ってくれるって思っただけだった。
結局人頼み…… まだまだ甘いなぁって思いながら、馬車の中のクッションに沈んだ。
お屋敷に帰るなり、ジョナがいろいろと世話を焼いてくれる。お風呂に入れられて着替えをする。淡いレモンイエローにオレンジ色の糸で裾と袖口に刺繍が施されている軽やかな春らしいドレスだ。
「お嬢様には、やはり優しいお色がお似合いになると思いますよ。お嬢様のお好きなお色かどうかまだわかりませんけれど、お屋敷の中では、明るいお色をお召しいただいたほうが、屋敷全体が明るくなりますから、今日は皆のためにこのお色で我慢してくださいませね」
ジョナはちょっとだけ申し訳なさそうに言いながら身支度をしてくれた。
ジョナに連れられてお茶の支度が整っているサンルームに行く。
ここはお屋敷のお庭を眺めるには素敵なところだ。まだ春まもないこの時期には、これから咲きそうな薔薇の生垣、ピンクの小さな可愛らしい花が受けられた花壇が見える。
春の柔らかい日差しで、とても居心地がいいところ。
「素敵なところでございましょう? 庭師がお嬢様のために花壇の花を植え替えてくれたのですよ」
「そうなの? よかったら庭師の方を紹介していただけない?
あぁ、そうだ! よかったら、エドも呼んでいただける? みんなで、ジョナも一緒にお茶にいたしましょう。
みんなにお礼を言いたいの。それに、私一人でお茶をするのも寂しいわ」
ジョナは驚いた顔をしたけれど、ニッコリと笑って静かに部屋を出ると、まもなくして、エドと年配の男性1人を連れて、もどってきた。
「お嬢様、庭師のベンです、私たちはベン爺さんとよんでいますけれどね」
「お初にお目にかかります。モリーです。こんなに素敵なお花を植えてくれてありがとうございます。一言感謝を伝えたくて……
あの…… もしよろしければ、一緒にお茶をしていただけませんか? エドも」
「私らが、お嬢様とお茶!! ですか? それはちょっと……」
「私ひとりでお茶を楽しむより、大ぜいのほうがいいわ! それにこの花壇の花だってたくさんの人に見てもらった方が喜ぶ。
それに、私、以前は薬草を育てていたの。草花のことを教えていただきたいわ。
私のわがままだと思って、今日ばかりはお願い!」
「お嬢様のお言葉に1日だけお付き合いいたしましょう。ベン爺さんだって、お屋敷から見る庭を目にしたほうが、これからの庭造りのためにもなるんじゃない?
ご主人さまだってお怒りにはならないと思いますよ」
渋るベン爺さんとエドに、ジョナが後押しするようにしてテーブルのほうへと招いた。
はじめこそ緊張していたベン爺さんだったけれど、草木の話になるとだんだんと気持ちも緩んできたせいか、自分の手入れした庭を眺めるようになった。そのうち、「もう少し手入れをせんといかんな…… ここからはこう見えるか……」とひとりの草花の世界に入っていってしまったようだ。
思わず、ジョナとエドと顔を見合わせると、二人とも同じことを思ったようで、くすりと笑う。それからはベン爺さんの世界を邪魔しないように穏やかな温かいお茶会となった。
その日は、アル兄様の帰宅に合わせて、私の歓迎会を催してくれた。
お屋敷にいる召使いの人たち、厨房を預かっている人、もちろん庭師の人たちみんな勢ぞろいだ。
「今日は、私の妹モリーの歓迎と、日頃この屋敷を守ってくれている皆に対する感謝の意味を込めて催すことにした。
それから、モリー、15歳になったのだよね?
君の友人たちは遠くにいるから呼んであげられなかったから、私たちからの祝いの言葉でがまんしてほしい。
ようこそモリー、そしてお誕生日おめでとう!」
「「「お誕生日おめでとうございます。モリー様!」」」
そこには10人ほどの屋敷に仕えてくれている人たちが集まっていた。
皆の笑顔を見ていると、胸の中からじわんと温かくなってきて、心がぽかぽかしてくる。本当にみんな歓迎してくれているのがわかる。
「ありがとうございます。みなさん。
モリーです。これからお世話になります。よろしくお願いします」
そういうのが精いっぱいだった。
みんな楽しそうにおしゃべりしたりして、あちこちから笑い声が聞こえてくる。この人たちがこのお屋敷を守ってくれているんだなって思うと、自然に感謝の気持ちが湧いてくる。
「兄様、ありがとうございます。
こんな温かい歓迎会を、誕生会を開いてくれて!」
「こんな形で悪かったね。気を悪くしていなければいいけれど。
屋敷に仕える者をこういう形でねぎらう者もあまりいないのだけれどね。
普段、留守にしていることが多いから、皆が共に協力して屋敷を守れるような仕掛けを作っておかないとね!
モリー、君がいるとおもしろいことがいろいろとあるから楽しいよ。これからも楽しませてくれたらいい」と言って、ケラケラと笑った。
「それで、お願いがあるのですけれど……
私の――マルルカの家を準備したいのです。ここからではちょっと外出するのが大変で……」
「エドから聞いている。
その件は、私に任せてくれないか? モリーがマルルカとして動きやすいようにするから。少しだけ待ってくれないかい?」
これ以上お願いしたら、私のわがままだ。兄様から言い出さない限りは、私から言うのはやめよう。
それからは、兄様とお屋敷に仕えてくれている人たちと一緒に、しばらく楽しい時間を過ごした。
「後はみんなで楽しんでもらおう」
兄様はそう言うと、私を連れて賑やかな部屋を後にした。
次の日、エドに御者をお願いしてギルドまで出かける。馬車の中で昨日買った黒のケープに着替える。それにしても、みんな昨夜のことなんかなかったように、朝早くからいつもと変わらずにきちんと仕事をしている。すごいなって思う。
それに、兄様のお屋敷の中は、残滓がないことに、今さらながら気づいた。どうしてるんだろう? 残滓を消しているのか……? 今度聞いてみよう。
考え事をしているうちに馬車が止まった。昨日と同じ場所についたようだ。エドが外から声をかけてくる。
フードを目深にかぶり馬車から降りる。ギルドまでの道を昨日と同じように歩いたけれど、今日は特別目立っている様子はなくて、私に気を留める人もいない。
(先に、ケープを買ってからギルドに行ったらよかった) と思ってももう遅い。
冒険者登録をすることばかり考えて、気持ちばかりが先走っていた。順番を間違えてしまったなって思う。
(ちゃんと、落ち着いて考えてから行動しなくっちゃ!)
訪れた冒険者ギルドは、昨日と違って、騒然とした雰囲気だった。




