6 ソラニスの街へ
「おはようございます。兄様」
「おはよう。モリー昨日はよく眠れたかな?」
「はい。ぐっすりと! 今日は、街に出てギルドに登録してきます」
ジョナに案内されて食堂にいくとアル兄様は食事を終えたようで、お茶を飲んでいる所だった。テーブルにつくと、まもなくして温かいスープとパンが出てきた。
「気を付けていくんだよ。今日はもう出なくちゃならないから、先に食事を済ませてしまってごめんね。
みんな、モリーの歓迎会を開くと言って張り切っているから、モリーも早く戻ってきてね」
アル兄様はそう言うと食堂を後にした。入れ替わるようにしてジョナがやってくる。
「お嬢様、お出かけになるのですね。それではお着替えの準備をしてまいりますね。馬車も準備いたしますから……」
「ジョナ! 待って。馬車はいらないわ。
それに外套も…… その…… 目立たない恰好をしたいの」
冒険者ギルドに行くのに馬車で乗り付ける冒険者はそうそういないだろう!
それに、ジョナが昨日準備してくれた外套は…… ローズ色の外套だった。
冒険者になるのに、ローズ色の上質なウールに刺繍を施された外套を着ていく人はいないよ・・・・・・ね?
「その…… 外套も 黒とか暗い色のケープみたいのがよくて……フードがあればもっといい」
驚いているジョナに申し訳なく思いながら、小声でお願いしてみる。
「黒のフード付きのケープでございますか? ご主人様が準備されたものの中にあるか、探してみますね。
でも、これほどかわいらしいのにお姿を隠そうとなさるなんて!
お嬢様は恥ずかしがり屋さんですのね。
でも、馬車だけは準備いたしますよ! お嬢様の一人歩きは絶対ダメです!」
ジョナはそのまま「準備してまいります」と一礼をして食堂を出て行った。
なんかこの家から外出するのはとっても難しい・・・・・・気もする。
部屋に戻ると、そこにはジョナがドレスを手にして待っていた。
「お嬢様、こちらでよろしいでしょうか? 目立たない恰好ということでしたので、シンプルなワンピースドレスを選ばせていただきましたけれど」
ジョナが手にしていたドレスは、バッグの大きなリボンが特徴になっている深緑色の光沢のある厚手のシルクのワンピースドレスだった。確かに、レースもフリルも他にはないからシンプルだけど…… シンプルだけに上質な生地であることがよくわかる。
冒険者がこんな上質なシルクのドレスなんか着ないし!
いったいいくらするの? このドレス1着でって思ってしまう。
「あの…… もう少し目立たないほうが…… それから編み上げブーツはありますか?」
「何をおっしゃいますか!
ヴァニタス家のお嬢様にみっともない恰好はさせられません。
それに、こちらのドレスが一番お地味でございますよ。ご自身でお選びになりますか?」
ジョナは自分のドレスの選択を断られたことで、少し悲しそうな顔をしている。悪いことしちゃったかな。
「いえ、ジョナ、ありがとう」
「これから少しずつでいいので、お嬢様のお好きなものを教えてくださいましね」
ジョナはニコリとして、手際よく身支度をしてくれた。
髪の毛は左右サイドだけを編み込みにしてくれて、後ろは丹念にブラッシングをしてくれるから、髪の毛にとっても光沢が出てくる。
深緑色のシルクのワンピースドレスに皮の編み上げブーツ。それから……
黒のシルクウールのフード付きケープ、大きなサテンのリボンがポイントになっている。
これ…… 冒険者の恰好じゃない――よね……?
「お嬢様…… こんなお地味なお姿でよろしいのですか? ケープの真ん中のリボンにブローチをお止めましょうか?」
ジョナは明らかに不満そうで、手に大きな緑色の宝石のブローチを持っている。
「いいの。ありがとう! こんなに素敵にしてくれて。大好きよ、ジョナ!」
私はジョナがブローチを止めようとするのを断って、部屋を出ようとした。
「お嬢様! 馬車を正面玄関に回しております。
それから、今日はできるだけ早く帰っていらしてくださいね。お茶の時間にはお戻りになりますか?
みな、お嬢様のお姿を拝見させていただくのを楽しみにしておりますから!
おいしいケーキも準備いたしますので。お好きなケーキはございますか?」
あっ! おいしいケーキで思い出した。私、お金持ってなかった。
これじゃぁ、冒険者登録もできない。
「あの…… ジョナ……
言いにくいのだけれど、お金を少しばかり貸していただけないかしら?
必ず返しますから!」
ジョナはまた、びっくりした顔をしている。
「お嬢様。本当は護衛の者を決めていただいてから、外出いただきたいのですが。
でも、ご主人様からもお嬢様のお好きにさせるようにと申し使っております。
御者に小銭を渡しておきますので、しばらくは御者をお供にしていただけますか?
それなりに腕は立つ者ですから、お嬢様おひとりの護衛はできます。ご心配には及びません。
ある程度の大きな店では、ヴァニタスの家の名を出せば、お好きに買い物はできますので、ご安心くださいませ」
「ありがとう、ジョナ」
正面玄関までジョナを連れて歩きながら、頭を抱えたくなってきた。こんなに大事にされることになるなんて……
一人になるのがこんなに大変だとは思いもしなかった!
(お嬢様って大変な仕事なんだね・・・・・・)
「モリー様、いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「行って来るわね。用事が済んだらすぐ戻ってきますから」
ジョナに見送られて馬車へと進む。
御者の男性が馬車の扉を開けて、待っている。 アル兄様と同じくらいの年かな? と思う。
「おはようございます。よろしくお願します。行先は後で伝えますね」
「おはようございます。エドと申します。
モリー様の行先はご主人様より仰せつかっております。
それからこれをモリー様にお渡しするようにと……」
御者はそう言って、小さな黒いポシェットを渡してくれた。
馬車に乗るとしばらくして静かに動き出した。
渡されたポシェットは、革製の収納袋だった。もしかしたら靄がかかっているかも? と思って視てみる。それは何の曇りもないものだった。
ポシェットの中には、少なくないお金、それにシンプルなナイフがひとつ入っていた。
(兄様…… ありがとう)ポシェットを抱きしめてアル兄様に感謝する。
「お嬢様、着きましたよ」
馬車が止まったところはソラニスの大通りのはずれ南門の近くを東に逸れたところのようだった。
「私は、ここでお嬢様がお戻りになるのをお待ちしております。
ご主人様からそのように申し使っておりますから……
本当は心配でご一緒したいのですが…… お嬢様がお許しになればお供いたします」
エドは本当に不安そうな顔をして私を見ている。
あたりを見ると、そこは冒険者が多く集まる界隈のようで、決してガラがいいわけではないようだ。
「ありがとう。エド。
大丈夫! 私、けっこう強いのよ!」
エドにニッコリと笑顔を向けると馬車から降りる。
それからフードを深めにかぶると、本当の姿、銀色のマルルカに戻り、心に強く思った。
(私は冒険者のマルルカになるの! マルルカは死んでなんかいない!)




