4 ヤービスの真実(2)
ソラニスの大通りを1本外れた道で私たちは馬車から降りた。
街灯が灯っているのに、その街灯にも靄が周りより濃くかかっている。
目の前を歩く女の人が持っている小さなバッグにも濃い靄、私たちの横を通り過ぎて行った冒険者風の男の人の外套にも一層濃い靄がかかっていた。あのバッグは保存バッグだ。見た目以上に多く入る。男の人の外套はきっと断熱か防御の魔法が織り込まれているんだ。
「これって、全部魔力の残滓なの? 収納袋や身を守る外套……
魔石を使って灯りを灯している街灯…… 全部……」
「そうだね。私たちの身の回りにはこれほど多くの魔力や魔石が使われている。魔力を洗練して効率よく効果的に使うという考え方はなくて、使えるだけの魔力を、魔石の持っている魔力量をそのまま使う。
だから、十分に力を発揮できない粗雑な魔力をそのまま使うことになる。
不完全な状態の魔力を使うから残りカスのようなものも出る。街中に国中、世界中に残滓があふれている。ヤービスはそんなところだよ。
そして魔王城はこの世界の残滓を集める場所だ。魔力の残滓を掃除しているんだよ。
おもしろいでしょ?」
おもしろい? アル兄様はケラケラと笑いながら話す。
魔王城に集めた残滓が溜まってくると魔王の核となるものができる。それにアル兄様がちょっとした細工をして魔王を作っている。
魔王を倒すことは残滓を消していくこと。人が倒せるくらいの強さの魔王にしなければ残滓は当然消すことができない。その時間が10年~20年。
魔王の正体…… 魔王の真実だった。
「そりゃぁ、魔王城の区域の残滓は当然濃くなるから、強い魔物だっていっぱいいるのさ。
自分たちで出したゴミは自分たちで片付ける…… 魔王退治はそういうことだよ」
(そんな・・・・・・)
魔力量が多いことはすごいこと、大きな魔法を使えるのが強いことだって、当然のようにずっと思っていたし、みんなだってそう思っている。 魔法使いや賢者だけじゃなくて、剣で戦う剣士や騎士、弓使いだってみんな、あたり前のように魔法を付与して戦っていた。
残滓が出ることなんか誰も教えてくれなかったし、誰も知らないと思う。
「アル兄様はどうして、本当のことをみんなに伝えないの? みんな知ったら良くなるでしょ?
私だって、練習したら魔力を洗練させることができたわ!」
「そうだね。それができればいいけれど簡単なことじゃないんだよ。
モリーは魔力を洗練させるために何をしたか覚えているでしょ?
体中に魔力を循環させて行き渡らせてから魔力を編んでいく感じ。細い絹糸を紡いでいく感覚。
あれはね、誰でもできることじゃない。まず、ほとんどの人が体中に魔力を循環させるだけの魔力量がないんだよ。自分の中の魔力を感じることができないということだ。感じることができなければ魔力を編むこともできない」
「でも、魔力がある、ないはわかるわ! 」
「魔力量を感じることじゃなくて、魔力そのものの性質を手に取ることができるかっていうことだね。
その性質を知ろうとしても、絶対量が少なくてはどうしようもない」
「じゃぁ、魔力を循環できる人たちだけでもやったら……」
「あはは…… いったいこの世界に、それだけの――モリーと同じくらいの魔力量を持っている人がいると思ってるの? 仮にいたとしても5本の指でも余ると思うよ。そのわずかな人たちが残滓のない魔法を使えたとして、どれだけの影響がある?
さらに言えば、それだけの魔力量がある者は人として生きてはいまい。
その魔力量で、生まれるときに母親のいのちを奪うだろう。自分を養ってくれる者たちや周りをコントロールできない魔力の事象で破壊し、養い者を失った赤子は自分のいのちを落とす。
モリーはかなりの幸運だったと思うよ。少なくとも魔力の暴走を最小限度に抑えられた人が近くにいた……ということだ」
アル兄様と話をしながら歩いていると、いつの間にか、ソラニスの人たちが暮らしている場所に来ていた。一番最初にアル兄様が連れてきてくれたところ。
家々から漏れてくる灯りは滲んではいない。魔石を使って灯りをともしているのではないだろうなって思う。
「ここはね。比較的魔力量の少ない人たちが多く暮らしている場所だ。火を付けるための魔石の力を引き出せるくらいの魔力量くらいだね。
マルルカの魔力量が水汲みの桶いっぱいの量だったとしたら、雨の一滴くらいの量だと思ってもいい。
そんな人がたくさんいる。魔力や魔法に頼ることができず、街の外に出たら戦う力もない、守られている者たちが集まっているところだ。
だから世界から与えられる恵みを大切にしている人たちだと思うよ。本人たちは意識していないだろうけどね」
このヤービスであたり前だと思っていた魔法のある生活……
ノージスにいったからわかる。
火を守る大切さ。水汲みの大変さ。
魔王は私たちヤービスで暮らしている人たちが、魔法の利便性を求め続けた故に生み出したもの。
その責任は私たちにある…… そういうことだったんだ。
魔力の残滓が見えるようになったからアル兄様が教えてくれたんだ。見えていなかった時だったら、たぶんちっとも理解できなかったと思う。
ノージスで魔法を使っちゃいけないって言われた理由がやっとわかった。
本当に残滓を残しちゃダメだったんだ。
「そこの食堂に入ろう。
冒険者御用達だからボリュームと味は保証付きだ」
私が考え事をしているうちに、賑やかな居酒屋兼食堂のようなところの前に立っていた。
お店の中は大勢の人たちでにぎわっていた。ノージスの同じようなお店よりもずっと明るくて、まぶしいくらい。これが魔石の灯り……
アル兄様はお店の人に料理をいくつか注文すると、まもなくして、葡萄酒とオレンジジュースが運ばれてきた。
氷が入っていてとっても冷たいオレンジジュース。でもやっぱりうっすらと靄が見える。
ブリドニクで飲んだしぼりたてのオレンジジュースを思い出す。あのときはもっと冷たくしたらおいしいのにって思ったのに。
「氷の入ったジュースを飲んだって大丈夫だよ。魔法で直接氷を作り出したわけではないから。
魔物が生み出された変化は、長い年月、何世代も越えて変わる変化だから」
私がずっとオレンジジュースを見ていると、アル兄様は笑いながら言った。
「もし、魔王――を残滓をそのままにしていたらどうなってしまうの?」
「もうとっくの昔に残滓――魔気だらけの魔物だけの荒涼とした世界になっていただろう。人間はこの世界からは滅ぼされてしまって魔物と魔人の世界になっていたかもしれないね」
「そうなのね。でも、どうしてアル兄様が残滓の塊を破壊しようとしないの? アル兄様なら簡単にできるでしょ? わざわざ魔王を作って倒させなくてもいいのに」
「あぁ、そうだね。
さっき言ったように、自分たちで作りだした残滓は自分たちで片付けてもらおうと思ったのもそうだけど、もう一つの理由もある。
それはノージスに行った時に、思ったことはない? 何か気づいたことはない?」
ノージスで思ったこと? 気づくこと?
何だろう?
ちょっとまだ忙しいのですけれど、週2回(水曜日と土日)の更新ができるようにがんばります。




