58 教会の未来のかけら
「我ら一介の司祭神父が、セフィス教の行く末を決めるなど恐れ多いことだ。しかし、我らとしても導いてくださるお方がいなくなっては、どうすることもできない」
「まさか、あの教会裁判が虚偽だったとは…… 悪魔、魔女と貶められた人たちの無念はいかほどだったのだろう…… 彼らの魂を鎮めるのも我らの役目では?」
「街や村の者たちは、もう教会を信じないだろうよ。信じる者が減るだけではない。私たちが人びとから蔑まれ、疎まれ、もしかしたら断罪されることになるのでは……?」
クローネ王国の主要な街の神父たちが王都の教会に集まり、みな暗い表情をして向き合っていた。ここに来れなかった神父たちの意見や思いは、王都に来る神父が、道中、村や町の教会に立ち寄りながら聞き届けた。
自分たちの、教会の未来が全く見えなかった。教皇が断罪されてしまった今、足元から信じていたものが崩れてしまっていた。
皆が口にする言葉は、嘆き、悲しみ、苦しみに満ちたものばかりで、どんよりとした重い空気がこの場を支配していた。
「皆さま、こんにちは! 私はクランというものです。
セフィス真教大神官とも呼ばれますが、ここではクランとだけお呼びください」
その場の沈んだ空気を切り込むように、明るいクランの声が響いた。
「おぉ 大神官様! ようこそおいでくださいました!」
「我ら、セフィス教の司祭神父は途方にくれております。何卒、お力を!
我らをお導きください!!」
集まった司祭神父の中で一番職位の高いと思われる司祭がクランに懇願した。
「いえ…… 同じ神を信じている者として顔を出したまでです。
私はあなた方を導く立場にはございません。
ただ、一言だけ申し上げさせていただくのであれば、『己の中の神の声に耳を傾けよ』
それだけでございます。
セフィス様はあなた方に、進むべき道を示しておられずはず! その声に集中してください。しばらくは各々が祈りと瞑想をされてから、集まってはいかがですか?
私が申し上げられるのは、ここまでです。
明日、改めてみなさまとお会いいたしましょう。
答えが見えないときには、外の空気に触れるのが一番いいですよ」
クランはそれだけ言うと部屋を出ていき、言葉を置いていたいかれた司祭や神父はますます途方にくれてしまった。しばらくして、クランに続くようにして、神父や司祭たちも少しずつ部屋を後にしていった。
ブリドニクの神父――ロブも途方にくれていた。
「己の中の神の声に耳を傾けよ」と言われても、そんなことはしたことがない。いつも祭壇に向かって「セフィス様のご加護がブリドニクにありますように……」としか祈ったことがない。
果たして、自分が祈りを毎日続けていたことで加護をいただけていたのだろうか? ふと思う。
つい、この前までは、ブリドニクの教会から離れ、どこかもっと奥の村の小さな教会に行くものだと思っていた。自分にはブリドニクの教会は荷が重すぎると……
今でも気持ちはあまり変わらない。皆が決めた決定にただ従うつもりだった。
ただ、自分がどうなるのか、まったく先が見えないのが不安だった。
「どうしたものか・・・・・・」
物思いにふけながら、教会を出て王都の街に出ると、あてどもなく街を歩いていた。
「おっ! 神父様! ブリドニクの神父様ですよね?」
思いがけず声をかけられたほうを見ると……
「あなたは森の薬屋さん! あなたも、王都にいらしてたのですか……
あのときにはメイを助けてくれて、本当にありがとうございます」
「いやぁ…… 助けたって言うほどのことでもないけどさ……
神父様も、メイちゃんのことを教会にだまっていてくれたから助かりました!
飯がまだだったら、一緒に食べませんか? 一人より二人がいい!」
オルトは人懐こい笑顔を神父――ロブに向けた。
2人は近場で見つけた食堂に入ることにした。まだ、日が暮れるには早い時間だったが、すでに人でにぎわっている。店の中から聞こえてくるのは、もっぱら教会の話ばかりだった。決して耳にいい話ではない。オルトと神父が入っていくと、一瞬、神父を見るやいなや、静まり返ってしまった。
「オルトさん、私は来ないほうがよかったのでは……」
「気にしない、気にしない! 神父様、堂々としていたらいいですよ!」
気おくれしている神父を気にすることなく、オルトは店の奥のテーブルを見つけた。2人が席に着くと、ひそひそと周りが話はじめ、そのうち、また店の中に喧噪が戻って来た。
オルトは注文を取りに来た店員に適当に見繕ってくれるように頼むと、ほどなくして料理が運ばれてきた。
「教会も大変でしたねぇ。 ところで神父様、お名前をお聞きしても?」
「名乗ることはしないのですが…… ロブ…… と呼んでください」
「ロブさん、どうして王都に?」
ロブはオルトの気安さに心を許して、教会であったことを話し始めた。
「そうですかぁ…… 大変ですねぇ。残された神父様たちも……」
「私は何の権限もない街の神父ですから、教会に命じられるまま、どこか小さな教会に移るものとばかり思っていました。まさか、こんなことになろうとは……」
「別に、ロブさんの好きなことややりたいことをしたらいいんじゃないんですか?」
「私の好きなこと? やりたいこと……」
ロブはこれまでそんなことは考えたことが一度もなかった。自分は神に祈るための存在としか思ったことがなかった。自分の好きなこと、やりたいことは何なのだろう……
「子どもたちの笑顔が好きですね。教会で文字や計算を教えているときに、わかったときの子どもたちの笑顔の輝き。いや…… 子どもたちがみんな笑顔で暮せたらいい。
私は孤児でしてね…… 教会の孤児院で、少し出来のいい子は神父候補として、セフィス教の教義を少しずつ教えて、育てていくんですよ。そうして、自分の後継者にしたり、小さな村の神父になったりする。
王都にある大教会の偉い司祭様たちとは、まったく違うんです。
街や村の神父たちは……
今、セフィス教に残っているのは、私のような者ばかりですよ」
「へぇー そうなんですか!
だったら、ロブさんみたいな神父さんたちが新しい教会を作っていくんですね。
楽しみだ!」
「楽しみ?」
「だって、そうでしょ? 今までと全く違う教会ができるんですから!
なんにもないからこそ、自分たちの好きなことをいっぱい詰め込めるじゃないですか!」
「好きなことを詰め込む…… 好きなこと……笑顔、街の人たちの笑顔を詰め込む!」
スザンナを訪ねて役場に来た時のメイの顔が忘れられなかった。泣きたいのに泣けず、必死に涙を悲しみを堪えていた苦しそうな表情を……
あんな思いをもうさせたくない! 苦痛にゆがむ子どもの表情は見たくないと思った。
子どもたちが、街の人びとが笑顔になれる方法は……?
ロブは、独り言のようにブツブツと言っている。
しばらくして、何かを見つけたかのように顔を輝かせてオルトに笑顔で答えた。
「オルトさん! 私は、子どもたち、多くの人たちの笑顔が見たい。
少し、この先の私の希望が見えたような気がします。
ありがとうございます。
申し訳ないのですが、一人で考えたいので、ここで席を外してもいいですか?」
「構いませんよ! 僕のことなら気にしないで。
いいことを思いついたのならそれが一番だ。
僕は、ちょっと一杯飲みたいから、ここで・・・・・・」
ロブの目に、確かに自分たちの未来の希望の輝きがあったのを、オルトは見た。
「こっちはこれで、いいかなぁ…… 僕って案外いい奴だよね!」
オルトは独り言のようにつぶやくと、新しく持ってきてもらったエールをぐぃっと飲み干した。




