56 本当の力(2)
「こ、これは……セフィス様の信心が少し足りなかったのだな。
致し方ないことだ。小さな子どもだ。
もう少し大きくなってセフィス様を信じる心が育つならば、話ができるようになるだろう」
司祭様は、男の子とその両親にそう言うと、聖女様にも祈りをやめるように合図する。
両親は、司祭様の言葉に啞然としていた。聖女様が祈りをやめてしまうのを茫然と見るやいなや泣き崩れてしまった。
「信心が足りないと奇跡の力は起きないのか?」「子どもや赤ん坊には効かないということか?」
広場はいっそうざわめいている。
「教会騎士の傷を治してみてはどうだ? 信心の強さは、ここにいる誰にも負けないであろう? 皆もそれでよいか?」
宰相クリフト様は司祭様に提案すると、集まった人たちにも賛同を求めた。
「あぁ、そうだな!」「それがいい。おれたちを守ってくれたのだからな」
「教皇様がご自分の分を分けてくださったのだ。教会騎士様がいい!」
司祭様は、もう遠くからでもわかるように苦痛に満ちた表情をしていた。
「誰か、教会騎士を1名ここに連れてくるがよい。
そうだな…… 少し可哀そうだとは思うが、ひどい怪我をしているものを、そっと連れてくるのだぞ」
司祭様が何を話そうかと言葉を選んでいるうちに、クリフト様は、後ろにいるクローネ兵に命じてしまった。
「アハハ…… こりゃぁいい! クリフトもなかなかのたぬきおやじだな」
「あの司祭様はどう、切り抜けるつもりなんでしょうねぇ……」
ジャイロが面白そうに言うと、レイスもこれから起きそうなことを想像している様子が隠せない。
ここに集まった人たちだけでなく、わずかにいる教会の人たちも落ち着かない様子だ。
聖女様……と言えば…… うつむいたまま顔を上げることはなく、表情が全く見えない。その隣には司祭様がいらっしゃって、聖女様を励ましているのか、何かを話しているようだった。
ぐったりしている様子の男の人がひとり、教会中央まで担架に乗せられ連れてこられた。
「さぁ聖女様、あなた様を守り傷を負ってしまった騎士殿です。
癒してさしあげてください」
司祭の言葉にも聖女様の足取りは重い。ひどい怪我をしている騎士の前までゆっくりと進む。その表情は暗く、今にも泣きだしそうだった。
それでも天に祈りを捧げて、横たわっている騎士に向かって祈りを捧げている。
「あれは、ちょっとかわいそうだな……」
レイスが、聖女の姿を見てつらそうに言う。
聖女様は長い時間祈っていたが、もちろん奇跡の力が発揮されるはずもない。
そのうち、広場がざわめき始めた。そのざわめきはだんだんと大きくなり、大きなどよめきになる。
「おい、聖女の奇跡の力は本物なのか?」
「信心の強さで奇跡の力が起きるんじゃないのか?」
「なんで、教会騎士の傷が治らないんだよぉー!」
広場は騒然とした雰囲気となった。
聖女は祈りをやめると、その場から動けずに泣き出してしまった。
「教会は、俺たちを騙してるのかー?」
「聖女はにせものかぁ?」
「静まりなさい! 静まりなさい!」
司祭がどんなに大きく叫んでも、広場の人たちの声はおさまらず、余計に煽ったような状態となってしまっていた。
そのとき、金糸の刺繍で縁どられた黒いローブを身にまとった男が一人、教会の階段を上っていった。一瞬にして、広場のざわめきはおさまり、いったい誰が上がって来たのか? という雰囲気になる。
「クローネ王国の皆さま、突然の登壇申し訳ありません。
私は、セフィス真教大神官、セフィス教教会と同じくセフィス様に仕えている者です。
いたたまれず、この場所に来てしまいました」
突然の大神官様の姿に、誰も何も言えない状態になっていた。本物なのか? なぜここにいる? ここにいる誰もがその存在を知る者がいなかった。
(もう…… 大神官様ったら一人で上がっちゃってる! 私もいったほうがいいかな……?)
そう思ってジャイロをチラッと見ると、ジャイロも私の言いたいことがわかったみたいで、(行け!)って大神官様のほうに顔を向けた。
私は、周りに認識阻害をかけると、女神様のイメージを強く持って、御使い様になりきる! って、心に誓う。
何度か元の姿に戻っているから、だいぶスムーズに姿を変えることができるようになっている。それに、この姿のほうが本当に無駄な力が抜ける感じでとても体が楽になる。
空間転移はできないから、認識阻害をかけたまま素早く上に飛び上がることでまわりの眼を誤魔化すと上空で認識阻害を解く。それからゆっくりと降臨するような感じで大神官様のすぐ後ろに着くことにした。
しばらくは、みんな、ただ、茫然と私を見ている。それから、司祭様をはじめ、ここにいる人たち全員が、ただただ、恍惚とした表情を浮かべ、それから大きなどよめきが起きた。
「あれは! 御使い様では……?」
「おぉー!! あのお方が……御使い様……!!」
みな、一斉に膝を折り祈り始める。
広場の雰囲気が変わったのを察知した大神官様は、「マルルカ、ありがとう。つい、見ていられなくて前に出てしまいました」とささやいた。
「今、御使い様が降臨されたことで、私は確証できました。
聖女メイ様…… あなたは、聖女――メイ様ではありませんね?
そして、奇跡の力ももっていらっしゃらないのではありませんか?」
大神官様が透き通った声で、静かに聖女様に声をかけた。
大神官様の突然の呼びかけにびっくりした様子の聖女様だったけれど、大きくうなずくと、また泣き出してしまった。
「聖女様!! 何を!
このような素性のわからない者の言うことなど、信じてはならないのだ!」
「司祭殿、御使い様が、こちらのセフィス真教の大神官様のところにいらっしゃるのが、何よりの証拠ではございませんか?」
声を荒げる司祭様に、クリフト様が言葉をかける。
「少女よ…… あなたが、ここにいるみなに心から謝り、セフィス様に心からの祈りをささげるのならば、今回に限り、あなたのしたことを許しましょう」
私は泣きじゃくる聖女様に声をかけた。
「みなさん、ごめんなさい。私は聖女なんかじゃありません。
奇跡の力もありません。みんなを騙していました。
本当にごめんなさい!」
聖女と名乗った少女は、震える声で話すと、突っ伏してまた泣き出してしまった。
大神官様は少女に優しく手を置くと、
「あなたにセフィス様のご加護がありますように」
と、祈りの言葉をかけた。
私はいたずら心で、ちょっとだけ大神官様の周りに【ライト・チェーン】をぐるぐると回した。
「大神官様が輝いていらっしゃる!」
「おぉー! 大神官様の祈りが見える!!」
これには、大神官様も一瞬、目を見開いて驚いたけれど、すぐに穏やかな表情になり、にせもの聖女様を優しく見つめた。
「この教会――民を欺く人たちのところには、セフィス様はいらっしゃいません。みなさま、どうか、あなたがたの帰るところへお戻りください」
「御使い様! どうかお願いします。
セフィス真教大神官としてのお願いでございます!
ここにいる者たちを、少しでも癒して差し上げることはできませんか?」
私が芝居がかった口調で言うと、大神官様が調子を合わせてきた……
「わかりました。
傷や怪我を負っている者は、癒しましょう。
病気の者は、私の力では治して差し上げることはできません。少しの間、帰るべきところへ帰るまでの間、苦痛を取り除いて差し上げることくらいです。それでもかまいませんか?」
「お願いいたします! 御使い様!」
大神官様の声に、広場にいる人たちが祈り始めた。
「お願いします!」「少しでもいいから楽に…… 御使い様!」
【エリア・ヒール】
この広場いっぱいに癒しの魔法をかけた。
教会の中にいる人、ただ一人教皇様を除いて!




