55 本当の力
教会前の広場には、大ぜいの人たちが集まっていた。
聖女様を、奇跡の力を一目見たかった! というだけの人たちは昨日のうちに帰っていったが、奇跡の力を頼って信じて来た人たちは、「治してもらえるかもしれない」とわずかな望みに期待しながら、すがるような気持ちでずっと待っていた。
「これって……」
私は広場にいる人たちの様子を見て、話す言葉が出なかった。
何日も待っているのだろう。疲れて憔悴しきっている人たちがいっぱいいる。それでも、王都までやって来たからには手ぶらでは帰れない! という強い気持ちだけでとどまっている。怪我をしている人や病気の人も……
この人たちの強い気持ちを思うと、なんとかして助けてあげたい! って思い、涙が出てくる。それと同時に、教会の人たちがほとんどこのままの状態を放置していることが信じられない。
無性に腹が立ってきて、いますぐにでも教会に何か言ってやりたい気持ちになる。
「これを見て、教会の人たちは何も思わないの?
にせものの聖女様でいんちきの奇跡の力で、ずっとだまして、こころが痛くならないの?」
思わずジャイロを責めるように言ってしまった後で、言ったことを後悔する。
ジャイロが悪いわけじゃないのに……
「マルルカはなんとかできるのか?」
「傷は治せるけど…… 病気の人は無理。治癒魔法は健康な体が傷ついたときに傷を癒すもの。病気を患っている人を治すことはできない。
それに、失くしてしまったものを元に戻すこともできない。アメリアさんの目もそうだけど……
できるのだったら、とっくにやっていた!」
「そっか…… もしかしたら御使い様にご登場をお願いするかもしれないな。
そのときは、頼む! マルルカ」
ジャイロの言葉に大きくうなずく。
「頭にきたら、あの教会を壊してもいいぜ! なんだったら、教会の奴らをぶっ殺してもいい。俺がスッキリする!!」
そういって、ニヤリと笑った。
「ジャイロの言うこと聞いちゃダメ! マルルカ」
「いや…… これだけの人たちを苦しめたまま放置するのは、神に仕えるものの所業ではありません。やっちゃっていいと思いますよ!」
レイスはジャイロを睨んでるし、クランさんはジャイロの言葉に賛同してニコニコしている。ジャイロは「気が合うじゃねぇか! おまえ、神様のくせにいい奴だな!」と、クランさんの肩に手を回し、バンバン肩を叩いていた。
クランさんは念のため、セフィス真教のローブを着て、その上から長いケープを羽織っている。「何かのお役に立てるかもしれません」そう言って一緒に来てくれた。
そんなやり取りをしていると、教会の前がざわついてきた。
教会の大きな扉が開かれ、司祭様と、宰相クリフト様が出てきた。
クリフト様が先に前に出てきて手をあげ、集まった人たちに静まるように合図をすると、ざわめきが収まり、クリフト様の言葉をみんな待っていた。
「クローネ王国の民たちよ。私はこの国の宰相クリフトである。
教会の方々と話をし、本日、この中から3名の者に聖女様の奇跡の力をつかっていただけることとなった」
「おぉー! この中から?」「頼む! おれのかあさんを!」「こっちは1週間かけてきたんだ、息子を頼む!」「聖女様ぁー わたしをー」
一気にどよめきが起こり、みな大声で叫び出した。ここにいるひとたちの切ない思いに、私が耐えきれなくなってくる。
クリフト様は、もう一度手を上げて、声が静まるのを待つ。
「教皇様は、一人でも多くの者にとおっしゃって、聖女様の御業をお断りされたのだ。教皇様のお心に感謝しよう。
そして、聖女様は、まだ奇跡の力をつかっていらっしゃらない。
それは、この私が確認した」
「私は、セフィス教教会の司祭である。宰相クリフト様と話し、今日から毎日3人ずつに聖女様の奇跡の力を使わせていただくことにした。ただし、聖女様のお力は決して見世物ではない。ここでお見せするのは今日までとし、明日以降は、教会に申し込んでいただきたい。
申し込まれた者の中から教会の中で施されることになる。
その際には、わずかばかりのセフィス様への愛をお示しいただきたい。愛を示した者には必ずやセフィス様はおこたえになるだろう!」
「セフィス様の愛……?」
「ようは金だよ! 金をたっぷり積んだ者から聖女に会わせるって言ってるようなもんだ」
私がつぶやくとジャイロが小声で教えてくれた。
インチキの力でお金を取るなんて! 私はまた腹が立ってきた。いったいにせもののメイちゃんってどんな子なんだろう?
「では、聖女メイ様にお越しいただこう!」
司祭の声で現れたのは、お人形さんみたいにきれいな子だった。メイちゃんより、聖女様っぽくみえる……て思ったけど、レイスには言えない。
うん…… 黙る!
にせものメイちゃんが出てくると、みんな一斉に「聖女様―!」と祈り始めた。
本当にみんな信じてるんだって思うと、とても悲しくて、こころが痛くなってくる。
「それでは、この場で御業を受ける者たちを選ばせてもらう!」
司祭はそう言って広場全体を見渡した。集まった人たちは、自分が選ばれることを願いながら、固唾をのんで司祭の動きをじっと見ている。
「まず一人目…… 私の前にいる男、お前だ。お前かあるいはお前の家族か?」
「おぉー 司祭様! 感謝いたします。私の隣りにいる病気の母です!」
そう言うと、男は老齢の母親らしき人を背負って、教会への階段を上がっていくと、おばあさんをそっと下ろして聖女様に深く頭を下げてお祈りした。おばあさんは、息をぜいぜいさせている。
「あれ! うそだよ!! 男の人もおばあさんも濁って視える!」
「あらかじめ、この中に仕込んでたんだな……
後は任せな。奇跡の力を暴くぞ!」
レイスが小声で言うと、ジャイロはニヤリと私たちに笑って見せた。
聖女様はお祈りのポーズをとると、持っていた錫杖を目の前のおばあさんの前でゆっくりと左右に大きく振った。
しばらくすると…… 苦しそうにぜいぜいしていたおばあさんの息が落ち着いてきてゆっくりと起き上がった。
「苦しくない…… 苦しくないよ! あんなに苦しかったのが嘘のようだ。
聖女様―! ありがとうございます!! これで息子に負担をかけることがなくなります」
広場に大きなどよめきが起きる。おばあさんはそう言うと息子という男の人と一緒に階段を下りて行った。
司祭様はそれを見届けると大きくうなずき、2人目を探そうとした――そのとき……
「司祭様―! 次はクリフト様に選んでもらっては?
そうすれば、神様の目を通さなくても、誰でも奇跡の力を受けられるとみんな信じられるでしょう?」
ジャイロが大きい声でそう叫ぶと、
「そうだ! クリフト様 お願いします!」「ぜひ、私を選んでください!」「いや、おれをー」「うちの子どもをー!」
一層広場が大きくどよめく。
司祭様が少し困った顔をして聖女様を見たのを、私たちは見逃さなかった。
「みながそういうのならば、私が選ばせてもらおう。選ばれなくとも恨むでないぞ」
司祭様が何かを言う前に、クリフト様はすかさず前に出て、広場を見渡す。そして少しして中ほどにいた男の子を選んだ。
「クリフトさまぁー ありがとうございます! 今すぐ参ります」
男の子の両親と思われる人が男の子を担いで教会の階段を上がってきた。
「これでもう、変更はできないだろ?
あの子たちには悪いが…… 見せてもらおうじゃないか。聖女様の本当の奇跡の力を!」
ジャイロはそう言うと、教会前に視線を向けた。
「この子はとても可愛がっていた妹を目の前で亡くしてしまったのです。川で遊んでいたところを流されてしまって助けられなかった…… それからというもの、口がきけなくなってしまった。
聖女様、お願いします。どうかこの子を助けてください。苦しみから救ってください!」
父親がすがるような表情で聖女を一心に見ていた。
聖女はうつむいたままで動こうとしない。
「いつもと同じように……」
司祭様に声をかけられると、聖女様は祈りのポーズをとって前と同じように錫杖を男の子に向かって振ってみせた。
・・・・・・
しばらくして…… 男の子は無表情のままだった。何も起きない。
広場がざわめき始めた。




