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あまあま小説

ハッピーバレンタイン

作者: 古代紫

 遠くまで見える透き通るようなそら、ちょっと強い風。


「さむぅ~いよ~うぅ」


 わたしは強くはないが冷たすぎる風に吹かれて体を縮める。お気に入りのチェックのマフラーを巻き、ピンクの毛糸の手袋をつけ、赤いセーターを着ているという完全防寒装備です。

 だって寒いんだもん! 二月だよ! 冬の真っ只中ですよ! 寒すぎるよぅ。

 冬休みのだらけた気分からやっと抜けた一月の下旬です。宿題? もちろん冬休みの直前にやったよ。当たり前じゃん、忘れるなんてのはダメだよね。え? 直前にため込むのもダメ? そんなこと言わないでよ。休みは遊びたいじゃん。遊び盛りの小学生だからね!


 寒いし、朝の体もまだ目覚めてないかもしれない登校中。一人でアスファルトを歩いていく。あ、でもこんなに寒いからもう目は覚めてるかも?

 うぅ。でもやっぱり寒いものは寒いよぅ。一人ってのもなんだか……一緒に登校してくれる友達でもいればなぁ……。


 そう思ったところで、あの子が頭に浮かんだ。もう言葉にしちゃったから自分の気持ちなんて分かり切っている。わたしの大好きな子……。南川空くん。たまに話すときは「そら君」って私は呼んでいる。

 夏の初め、七月のはじめあたりに告白した。抑えきれない気持ちが爆発しちゃって、芝生でのんびりする君に告白したのは今でもはっきり覚えている。ぐるぐる頭とぐちゃぐちゃな気持ちが落ち着かなくて、はっきりと伝えた。好きだって。

 その後はよく覚えてない。どうやって家に帰ったのかは覚えてない。たぶん、振られなかったと思う。だって泣かなかったもん! ……あの子、なんて言ってたかなぁ?

 ……思い出せない。

 

 好きだって伝えた後からはもう頭がぐるぐるすることは無くなったけど、好きなのには変わりはない。いつまでも一緒に居たい。君の隣りを歩きたい。笑ったら、わたしも正面から微笑み返せるようになりたい。


 ふぅ。いつの間にか学校に着き、自分の教室のドアを開ける。教室だからといってあったかいわけじゃないんだよねー。先生がストーブをつけないと教室も外と同じくらい寒いんだよね。でも、風が当たらないだけ外よりはだいぶいいか。

 もちろんストーブをいじる子はいません。すぐばれるし、ストーブがこの教室からなくなります。重罪なのです。


「おはよー、まゆちゃん」

「あ、アヤちゃんのおはよー」


 自分の席について私よりいつも早く来ている親友、まゆちゃんにおはよう。大宮真弓からとって、わたしが勝手にまゆちゃんって呼んでる。まゆちゃんも私のことアヤちゃんって呼んでるからおあいこだもん。春原あやめから名前の二文字だけとってアヤちゃん。まゆちゃんもわたすも相手が勝手に決めたあだ名が気に入ってるんだ。

 それと、まゆちゃんはわたしよりもずっとしっかりさん。いつもわたしを助けてくれるし、時々恋愛相談もしてくれる。相談するたびにしっかり聞いてくれて、わたしが「あぁ~」って納得するアドバイスをくれる。とっても頼りになるわたしの親友。


「で? あれからどうなったの?」


 早々、まゆちゃんは目をきらきら輝かせて聞いてきた。うぅ、そんな目で聞かれると応援してもらっている身としては申し訳ないのもあるというか、わたし、情けないというか……。


「……なんにもないです」


 しぶしぶ、小声でささやいた。

 すると、まゆちゃんは「え……」と漏らして、驚いた顔でわたしを見つめる。


「……告白したんでしょ?」

「うん」

「ずっと前に?」

「うん。七月の初めに……」

「で、何にもなし?」

「うん……」

「振られたわけじゃ……」

「ないもん!」

「うん。それはわかる」

「よし!」

「よしじゃない。それからどうなったの……」

「え~……」

「何?」

「……何もなし?」


 まゆちゃんはがっくりと肩を落として、机に突っ伏する。ぐてー。

 ってしょうがないじゃん! なんだか何もできなかったんだよぅ! ホントに何でか分かんないけどなぜだかこなっちゃったんだもん!


「うぅ……そんな顔しないでッ! わたしががんばらなかったの分かってるもん! だからあきれたような目しないでよぅ!」

「あー……はいはい。あんたはそんなんで満足なのぉ?」

「え? つまりはどーゆー……」

「このまま告白したけど返事は曖昧なままよく分からないまま忘れられて、クラスは一緒じゃないから話すこともあんまり無くて、卒業したら別々……」

「あーもー聞きたくなー一いッ!!」

「でもそうなっちゃうかもよ?」

「あーあーあー。聞こえなーい。何も聞こえないよー」

「耳ふさがない。しっかり聞かないと」

「あーあーあー」

「これから進展させる方法があるんだけどなぁ」

「み!?」

「でも、聞こえないなら言っても無駄みたいだにゃー」

「き、聞こえます聞こえますッ!」


 なになに!? そんな方法があるならぜひとも聞きたいのですっ! しっかり聞こえるよ、教えてまゆちゃーん!


「でもなー。聞こえないだなんて嘘つく人はなー」

「う、嘘ってほんとに聞こえなかったんだもん!」

「急に聞こえるようになるなんておかしーなー」

「ぁ……ぅ……」

「……ごめんなさいは?」

「うぅ。ごめんなさい」


 これからは素直に生きていきますよぅ。嘘つくと損することを学びました……。

 で、何? ッて聞こうとしたところで先生が来た。あーあ、休み時間までおあずけかぁ。


◇◆◇◆◇◆


 結局タイミングを逃がしてばっかで放課後になっちゃった。

 さてまゆちゃん。すべて洗いざらい教えなさい。楽になるぞー。……なんて、刑事ドラマしてないでまじめに聞くよ! だから帰ろうとしないで!


「真面目だよ? とーってもいい計画があるのに……」

「はい! 聞きますっ!」

「よろしい。でははじめに……今日は何日ですか?」

「わすれた」

「…………」

「あ! 待って! ごめんなさい。今思い出しますっ! だから帰らないでー!」

「あーはいはい。まったく……今日は二月の十日だよ?」

「あ、そうだったねー」

「……それだけ?」

「へ? ……うん?」

「二月のこの時期って言ったらおっきなイベントあるじゃん」

「う……ん? ……?」

「はぁ……」

「ああっ!! 待ってよ! なんで帰ろうとするの!? 座って! ランドセル置いてー!」


 な、何だっけ? 何かあったっけ? なんかイベント……イベント……。

 うーん……二月の……?


「あっ! バレンタインデー!」

「よーやくきがつきましたかお姫様」

「何よ、お姫様って?」

「にゃははは。恋する乙女ですからねー。バレンタインデーを忘れてたなんて言わせませんよー?」

「あははは。忘れるわけ無いじゃん」


 ははははは……忘れてましたぁ。すっかり、さっぱり、洗濯した白いワイシャツみたいに真っ白すっぱり忘れてた。


「……アヤちゃん? 声、乾いてるよ?」

「ん?」

「いや、乾いた笑い声だなーってね」


 ギク……。


「い、いやだなぁ。忘れるわけ無いじゃん。そんな大切なこと……」

「そうだよねー。いくらアヤちゃんが単純で、忘れっぽくて、好きな人のことしか考えられないような一色脳でもバレンタインデーは忘れないよねー」

「うぅ……なんだかまゆちゃんがひどいよぅ……」

「ハッハッハ。でも本当のことでしょ?」

「わたし単純じゃないよ? 忘れっぽくも無い……」

「でもバレンタインデー忘れてた」

「ぁ……ぅ……」


 今日のまゆちゃんはなんだかちょっと意地悪です。いろいろとグサッとくる……。

 若干心にダメージを負ったわたしにまゆちゃんが提案してくれたのは、バレンタインデーに気持ちを確認しなおすことらしい。わたしがそら君に伝えた気持ちをそら君は覚えているのか? 忘れていたら告白し直す。忘れてなかったらどうにかする……ってそのどうにかするはどうするの!?


「その場で自分で考えなさい」

「そんな!? 頭の中が真っ白になってどんなことするか分からないし、何もしないかもしれないよ!?」

「何もしないなんてことはアヤちゃんがするわけないし、暴走して面白くなるならそれはそれでオーケー」

「わたし笑いものじゃん!」

「だいじょーぶ。いざとなったらフォローするからぁ」

「ほんとに?」

「ホントー。ウソツカナーイ」

「なんだかてきとーな感じもするけど……うん。じゃあバレンタインにがんばる!」

「よーし。今年のバレンタインは土曜日だから学校は休みだよね。一緒に作ろー」

「オー!」


 バレンタイン作戦の決行です! 作戦参謀のまゆちゃんに期待です!

 ……わたし、お菓子とかあんまり作らないんだけどなぁ。


◆◇◆◇◆◇


 バレンタイン当日。

 朝から私はまゆちゃんの家に行って何かお菓子を作る予定。

 私の家よりまゆちゃんの家のほうが器具があるからまゆちゃんの家で作るのです。私はエプロンと、事前に調べたシュークリームのレシピを握り締めて、目の前にあるたくさんの材料たちの前で困惑中……。


「小麦粉……? 薄力粉? 強力粉? 砂糖はグラニュー糖? 三温糖? 卵ってどれぐらいがMなの……?」

「あー、アヤちゃん! トリップしないで。深く考えなくていいから。えっと……何を作る予定なの?」

「う~ん。シュークリームの予定」

「へー。アヤちゃん。シュークリーム作れるんだ」

「ううん。はじめて」

「え? ……だいじょうぶ?」

「うん。レシピ通りにがんばってみる」


 レシピは立派ですよ? レシピ通りにやって作れないお菓子なんて無いんだもん!

 後ろでまゆちゃんが「心配だ……」なんて行ってるけど気にしなーい気にしなーい。


「ところで、まゆちゃんは誰にあげるの?」

「にゃははは。もちろん秘密さっ」

「えー。わたしだけ教えてずるくない?」

「まぁその内わかるさー」

「むぅ。……いじわる」

「あはは。アヤちゃんはやっぱかわいーなー」


 ふーん。もういいもん。私はシュークリームに専念するもん。……??


「ねぇまゆちゃん。薄力粉って何?」

「……ほんとに一人で作れる?」

「できるよ! まったく、わたしを何だと思って……」

「……おばかさん?」

「ひどい!」

「天然? 単純? 忘れんぼう?」

「うぅぅ……まゆちゃんがいじめる……」

「あーあー、ほら泣かない泣かない。がんばってシュークリーム作るんでしょ? ほら、時間はあんまり無いんだから……」

「うん……うぅ」


 頼りなるまゆちゃんだけど、時々イジワル……。はっ! 考えてないで早くシュークリーム!

 まずは材料を量って……


「まゆちゃん?」

「んー、なに?」

「ccってなに?」

「……ほんとに作れる?」


 また言われたぁ!? 作れるよっ! まゆちゃんもそら君も飛び上がるくらいすんごいの作ってやるんだからぁ!!

 まゆちゃんが不安げな顔をしたまま、わたしのシュークリーム作りは始まったのです。


◆◇◆◇◆◇


 予熱したオーブンに絞ったシュー生地をのせた鉄板を入れて……っと。ひとまずここまで。レシピによると、カスタードクリームは渡す前に作ったほうがいいらしい。なんでも完成したそのときから腐り始めるからなんだって。

 まだ、午前だからカスタードクリームはシュー生地が焼き終わってからにしようと思う。


「ふぅ。一息……」

「お疲れサマー。まだカスタードクリームがあるけど、それはもうちょっと後でいいよねー」

「うん。休憩休憩」


 まゆちゃんはいつの間にか終わったらしい。チョコレートだから焼くことは無いんだって。わたしよりもずっと早く終わってた。

 まゆちゃんがぬくぬくしているコタツにわたしもお邪魔して、まゆちゃんが用意してくれたあったかい紅茶を飲む。うん、おいしい。

 外は寒いけどお子他はぬくぬく。日本人が開発したすばらしい家具だよね。冬の必需品。コタツの中はてんごくだぁ。

 紅茶を飲んでいるまゆちゃんが笑いながら言った。


「ふー。たのしみだねー」

「うん? 確かにたのしみだけど……なに?」

「うふふふ。んー。たのしみッ!」


 な……!? まゆちゃんがコワレタ!? どうしたの? いきなりニヤニヤ笑い出して?


「これを笑わずにはいられませんねー。あの時のアヤちゃんがまた見れるかもしれないんだから」

「あの時?」

「そら君に告白する前までのアヤちゃんだよー。あの時のアヤちゃんはかわいかったなー」

「み!? ああ、あれわぁーうぅ……ぼ、暴走してたの!」

「見ていて飽きなかったもん」


 あれは自分でもよく分からなかったの! ほんとに頭がポーってなって真っ白になって何も考えられなくなって……大暴走。わたしのせいじゃないもん!


「たぶん……そら君にこれを渡すときもそうなるんじゃない?」

「ならない!」

「ホントー?」

「ゼッタイ!」

「…………」

「…………」

「いや、アヤちゃんはまたあの時みたくなる」

「なんでっ!?」

「ん~最近はだいぶ落ち着いてきたけどそら君の前だとどうなるかわかんないよ? それに話すことも少なくなったんでしょ?」

「う……確かにそうだけどぉ……」


 確かに最近あんまり話してない……わたしががんばって話しかけようとしないのが悪いのかもしれないけど……で、でも告白の返事が来ていないのになんか怖いじゃん!

 すると、まゆちゃんはニヤニヤ笑ったまま楽しそうに言う。


「でもこれできっかけが作れたね。今日が勝負時だよ?」

「うん……分かってる……」

「にゃははは……うーん。たのしみだなー」


 まゆちゃんは体をくねらせてずっと笑っている。本当に面白く、たのしみにしているよう……。

 うー。確かに今日は決戦に日だ。今日で決着をつけるんだ。うん。こないだの告白の曖昧さを無くすんだ。はっきり答えてもらう……今度こそ並んで歩けるようになるんだ。


 けど……やっぱり不安。

 本当の素直な気持ちだけをすっぱり伝えられたらいいんだけど、早々うまくはいかないもの。こないだの告白は自分でも分からないくらい長い間考えた末に伝えられた。けれど、今はできるかどうかわからない……。

 時々君を見つけてはちょっと笑いかけてみるけど、たいてい心の中はどきどきでうわべだけの作り笑顔だからどうにもならないんだよねー。


 でも、こんどはたぶん大丈夫! ……たぶん?


 と、思っているとオーブンの中のシュークリームが膨らんでる!? きつね色になって膨らんでる!? ぷくーって、ぷくーってブワワッて膨らんでる!


「まゆちゃん見て見て! シュークリーム膨らんだよ!」

「おーけっこう膨らんだね。じゃああと少し――」


 ガシャン。

 オーブンを開けて中のシュークリームを取り出す。


「お、おおおお! 見て見て! すごいよー!」

「あー……やっちゃった……」


 私が鉄板を持って膨らんだシュークリームを持っていると、まゆちゃんはなぜか手で顔を覆った。あちゃーって感じに……?


「まゆちゃんどうしたの? シュークリーム成功だよ? 上手く焼けたよ?」

「あー……うん。アヤちゃん、シュークリームはね、膨らんですぐにオーブンから出すと……ほら」

「え?」


 すぐに出すとどうなるの? ッて聞こうとしたわたしの持つ鉄板の上のシュークリームが……。


「ええ!? なんでなんで!? なんでしぼむの!?」


 しゅるしゅるしゅる……。みるみるふくらみが無くなっていき、ぺしゃんこになってしまった。わたしのシュークリームがぺしゃんこ。こんなぺしゃんこじゃ中にクリームを入れられない……。

 そ、そうだ! 焼き直せばまた膨らむかもしれない! うん。きっとそうだよ。

 そう思って鉄板をオーブンに戻して温度をセットして……スタート。


 ブウウウウウゥゥゥゥ……。


 ………………………………。


「……膨らまないねぇ」

「なんでっ!?」

「うん。シュークリームはね、膨らんだ後もよく焼かないとしぼんじゃうの」

「何で言ってくれないのぉ!?」

「えっと……言う前にアヤちゃんオーブン開けちゃったし……」

「あうぅぅ」


 ううん! きっとまた膨らむよ!

 そう思ってオーブンをじっと見つめるけど、シュークリームはぜんぜん膨らまない。温度を上げても下げてもぜんぜん膨らまない。表面が焦げてきた……。

 ぜんぜん膨らまないシュークリーム……。さっきまでぶわわってなっていたのが嘘みたいにぺしゃんこになったシュークリーム。

 認めたくない……。けれど、オーブンが語っていることは嫌でも分かった。

 失敗。


「ぁ……ぅ……」

「あ、あーあー。誰にでもあることだよ、失敗なんてよくあるよ」

「ぅ……」


 失敗しちゃった。レシピ通りにやったけど、シュークリームが膨らんだのにはしゃいで早めに開けちゃったんだ。

 胸の奥からぐるぐると重い何かがこみ上げてきてわたしの視界をぼやかせた……。


 バレンタインデー当日に失敗しちゃった……。


 思ったとたん。胸に圧し掛かった思いが破裂した。大事な日なのに……失敗しちゃいけないのに……これで告白しなおすって決めたのに……。

 気が付けば私はオーブンの前に座り込んでいた。後から後から涙が出てきて何にも見えなくなる。泣いてもシュークリームは膨らまないのに、泣きたくないのにどんどん目から涙がこぼれてくる。


「うぅ……ひっぐ……失敗しちゃったぁ……今日がバレンタインデーなのにぃ……」

「失敗は誰にもあるよ。作り直そう? ね?」

「ひぐっ……ぅ……でも、また失敗したら……」

「今度は注意すればいいよ。何もできないまま終わっちゃうよ?」

「でも……また失敗したら……時間も無くなっちゃうよ……」

「じゃあ……別のお菓子を作ってみたら? もっと簡単なやつ。それでも美味しいお菓子」


 まゆちゃんは泣いてるわたしの頭をなでながらなぐさめてくれている。今度こそ失敗したら、もう時間も無くなっちゃうだろうし立ち直れない。それに一回やった失敗の後はまた繰り返しちゃいそうな気もする……。

 料理なんかあまりしないわたしにシュークリームは難しすぎたのかなぁ? けど……


「別のお菓子?」

「うん。もっと簡単なものもあるよ」

「クッキーとか?」

「うん。クッキーも簡単だけど、それじゃあちょっとつまんないでしょ? だからシュークリームを選んだんでしょ?」

「うん。そら君を驚かせられるようなものを作りたいよ……」

「だったらこれを作ってみよう!」


 まゆちゃんが料理本を持ってきて見せてくれたページにはあるお菓子の作り方がかかれてあった。写真つきで分かりやすく説明されていて、わたしにも失敗なく作れそうなお菓子だった。

 そして、とてもおいしそうな……そら君を驚かせそうなお菓子だった。


 ……………………。


「できたー!!」

「おー、おいしそう! アヤちゃんがんばったね!」

「うん! まゆちゃんのおかげだよ!」


 上手く焼きあがったお菓子は、わたしのさっきまでのシュークリームの涙なんてどこかに吹き飛ばしてくれた。きつね色でバターのいいにおいが鼻をくすぐる。

 うぅ……食べたい! 初めて成功したお菓子! けれどガマンガマン! ここで食べてはだめよ! これはそら君に渡すもの!


「さて、後はラッピングだよ。終わったらわたしに行こうね!」

「わたしは後ろで見守っているけどね」

「えぇ!? まゆちゃん、一緒に来てくれるんじゃないの!?」

「はい!? 何言ってんの? アヤちゃん一人で行かなきゃだめだよ」

「え、えぇー!!」

「当たり前じゃん。さぁ、ラッピングラッピング」


 できたお菓子をかわいい袋に詰めて、リボンで袋を結ぶ。

 そして……。


「さあ、アヤちゃん行ってこーい!」

「まゆちゃんも行くんでしょ!」

「はーい。後ろのほうで見守ってるからねー」


 いざしゅつじんなのです!


◆◇◆◇◆◇


 そして、そら君の家の前に来ました。

 空は夕焼けで紅く染まっている。冷たい風は着膨れしないように気をつかった服装を容赦なく叩きつけてとーっても寒い。

 それでもわたしの心臓が今にも飛び出しそうな勢いで鼓動を刻んで体は熱い。これからすることを考えると勝手に暴れだして、ここにくる途中で何度も転びそうになっちゃった。

 そら君の家の前に立って深呼吸。すーはー……。よし! 行きます!


 左手に持ったお菓子の袋をぬねに押し当て、インターホンを押す。ぴんぽーん。

 しばらくしてガチャリと応答の音が聞こえた。


『はい。南川です』


 そら君の声だ! 聞くだけで無駄に高まってしまう心臓を押さえて、答える。


「春原です!」

『ああ、アヤちゃん? ちょっと待ってて、今開ける……』


 プツッ……と音がして通信が切れた。

 ふ、ふーー……第一関門突破……? 何が第一関門かは分からないけど、何かやり遂げたような感じ。

 お、落ち着くのよ。深呼吸して……すーはー……。噛まないように、しっかり思いを伝えられるように、二回目の告白。うやむやには終わらせない。

 別なことを考えよう! そうすればたぶん落ち着く……はずっ!

 そういえば、まゆちゃんはどこにいるのかな? ……いた。ちょっと離れたところの電柱に隠れて目をキラキラさせてこっちを見ている。

 すると、まゆちゃんの口が動いた。声には出さないけど、何かを伝えようとしている。


 が・ん・ば・れ。


 うん! ありがとう、まゆちゃん! 大丈夫、勇気たくさん120%だよ!

 さあ、後一回くらい深呼吸したら準備ばんた――


 ガチャ


 ――ッ!?


「ごめんね、ちょっと遅くなった」

「はぅっ!?」


 な、ちょ――!? 早すぎるっ!? まだ準備できていないのかもしれないのにッ!

 う、ううん。こういうのには予測できないことがつきものっ! 落ち着いて落ち着いて……


「こ、こんばんは」

「こんばんは」

「…………」

「…………」


 止まっちゃったよ!? 会話止まっちゃったよ!?

 え、ええと、ええと。話題、話題……。


「どうしたの?」

「あ! そ、そうだね……ええと……」

「うん?」

「今日はバレンタインデーだよ。はい、これ!」


 胸に抱えていたお菓子をそら君に押し付ける。空君はちょっと驚いた顔をしたけど「ありがとう」って笑ってくれた。


「開けていい?」

「うん。いいよ。自信作なんだ」


 これは本当に自信作。わたしが作ったとは思えないくらい良い出来だった。

 そら君がピンク色のリボンを解き、袋を開ける。中から出てきたのはきつね色した貝型のお菓子が出てきた。


「マドレーヌだよ。小さいバターケーキ」

「うわぁ……すごいね。おいしそう……」


 そら君は袋に入ったマドレーヌをおもむろにひょいっと口に入れた。もぐもぐもぐもぐ……。どきどきどきどき……。


「おいしい! すごいねー。すっごくおいしいよ、いいにおいがいっぱいする!」

「ほんと!? ありがとう! がんばって作ったんだー」


 すごっく喜んでくれたそら君に笑顔で返せたけど、心の中では飛び上がっている自分がいた。いやったーー! 成功だぁ! うまくできてよかった!

 笑顔いっぱいになったそら君を見ていると、思わずわたしの頬も緩んじゃう。


 でも……今日はマドレーヌを渡すだけじゃだめなんだ。今日やることはまだある……。

 息を吸って、一歩踏み出して……


「ねぇ、七月のこと……覚えてる?」


 わたしが言ったとたん空君の顔が紅くなった。りんごみたく真っ赤になっている。……たぶん、わたしも同じように紅くなっているんだろうなぁ。

 あ……どうしよう……さっきまでちょっと静かだった心臓がまた暴れ始めちゃった。どうしよう……またへんなこと言っちゃうかも……。噛んじゃわないかなぁ? ううん。ここで悩んでたって何にもなんない!


「あの時、うやむやにされちゃったから……もう一度する!」

「へ? あ、えっと……」

「そら君!」

「えっと……なに?」


 ごくっとつばを飲み込んで、次の言葉への準備をする。すっと息を吸って……ふー……全部はく。そして、また肺に空気をためて、


「わたしはそら君が好き。わたしを“恋人”にして……?」


 言ったとたん、恥ずかしさの嵐がわたしを襲った。ぐるぐる回っていた気持ちが津波みたいに一気に押し寄せる。

 すっごく恥ずかしい! わたし、ゼッタイ耳まで赤くなっているよ! 

 でも……ぜんぜん後悔していない。きっと私の中にある一番大切な気持ちを言ったからだろうね。

 わたしはずっと……そら君の隣にいたいんだ。考えて考えて出た絵空事のようなことだとしても、コトバにならないくらいこの気持ちは大きかった。

 いつまでもそら君と一緒にいたい。持ちつ持たれつ、手と手を取り合えるようになりたいんだ。

 そのくらい、わたしはそら君のことが好き。


「あ……う……」


 わたしのはっきり言った言葉に、そら君も顔を真っ赤にさせて口ごもっちゃった。

 で、でも今日こそ返事をもらうんだからっ! ちょっと怖いけど決めたからっ!


 すると、そら君は顔を真っ赤にしたまま口を開いて……


「僕も……“恋人”ってどんなのかは分からないけど……アヤちゃんのこと好きだよっ!」


 途切れ途切れになり柄もそういって、真っ赤な顔で笑ってくれた。……わたしの大好きな大きな笑顔。

 けれど……わたしはすぐに、そら君の言った言葉を理解できなかった。わたしが告白するまでのことはいろいろ考えていたけど、その先は全然考えてなかった。

 わたしの空っぽになった頭にそら君の言葉が流れ込んでくる。そら君は確かに……好きって言ってくれた。


「ほんと?」

「“恋人”って何なのか分からないけど……えっと、これからもよろしくね」

「……うん!」


 真っ赤になった二人が笑いあうというのは、他人が見たら変に思うかもしれない。けれど、わたしにそんなこと気にしようとは思わなかった。

 全力で当たっていって、自分でも分からないくらい緊張していたらしい。心臓の音が鳴り止まないし、体がすごく熱かった。

 やり遂げたと思うと、体の力が一気に抜けた。膝が落ちて、体が崩れそうになる……


「だ、だいじょうぶ?」

「あ、あははは。なんだか、力が入んなくなっちゃって……うん。だいじょうぶだよ」


 そら君がしっかりと倒れないように、優しく支えてたたせてくれる。

 倒れそうになったわたしをそっと抱えてくれる。……そういうところも好きだよ。


「じゃあ、また今度ね」

「じゃあね、気をつけて帰ってねー」

「うん。ばいばーい」


 ふらふらになりながらも、わたしは立ち上がって家に帰る。そら君に手を振って、さっきまでまゆちゃんがいた電柱の影を覗くと……。まゆちゃんはいなかった。変わりに赤くラッピングされた小さな箱と、ピンク色のカードがおいてあった。


『アヤちゃんへ


 よくがんばりました! これからもがんばってね。

 わたしはちょっと用事があるから先に帰るよ。一人で幸せに浸って叫んでも良いよ。

 これはお祝いだよ。わたしからもこれからもよろしく。


 アヤちゃんの親友より』


 そうだった、わたしがここまでこれたのはまゆちゃんがいたからだ。今度、学校であったときは真っ先にお礼を言わないと。


 まゆちゃんのおかげだよ。さすがに叫ぶなんてのはできないけど……


 まゆちゃん、そら君ありがとう!


 わたしは今、とっても幸せだよっ!!

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