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009 わざとではない

「この、音は……」


 建物の作る影が伸びていた――否、それらは全て、虫、虫、虫、蟲。

 中には見た事の無い虫もいる、怪異の虫だ。六つの赤目が数十数百と群れ、波が押し寄せるかのようなこの光景には思わず鳥肌が立った。


「ひっひっ、いたいた」


 特徴のない灰色一色のパーカーを着た少女がやってくる。

 フードを取り、悪戯が成功した無垢な子供のような笑顔を浮かべていた。

 輝くような銀髪、両耳や口にはピアスを付けてパンクな外見は設定通り。口調や笑い方も変化はない、彼女の設定には変更はおそらくされていないと俺は推測する。


「ラトタタ・ナタタ……」

「お、あたしを知ってんのか?」

「ああ、知ってるよ……」


 だって君を作った張本人だからね。


「へ~、意外だ。有名になっちゃったなあおい」

「文弥、あいつは……?」

「彼女は異能教所属の虫を操る異能者だよ」

「……どうしてお前が異能教や異能者について知ってるの!?」

「それはその、諸事情!」

「諸事情って何よ、説明しなさい!」

「あ、ちょっ、肩パン痛いっ!」

「説明しろ!」

「ぐぇぇ! 首絞めないでっ」

「……ごほん!」


 と、わざと咳払いをして意識を向けさせようとするラトタタ。

 ほら、彼女の折角の登場シーンなんだから水を差さないであげてよ。

 それに冷静に回り見て? 虫が少しずつ近づいてきてるからそれどころじゃないんだぜ?


「あー……お前が佐久間文弥で間違いないな?」

「違うわ、彼の名前は田中太郎よ」

「たな……嘘つけぇ!」

「田中太郎て」


 もう少し捻りは入れられなかったのだろうか。


「誤魔化したって無駄なんだよ! お前、長年あたし達が探していた特異を持ってるんだろう?」

「ちっ……異能教がその情報を得ているなんて。情報は漏れないよう細心の注意を払っていたのに……」

「教えてくれたのさあ、この原稿がねえ」

「原稿……?」

「未来が書かれている原稿たぁすごいもんだぜえ。こいつを書いた奴が親切にも特異の持ち主の正体まで教えてくれたときた。もうけもうけ」

「どこの誰か知らないけど、厄介な事をしてくれたわね」


 あの奇妙な原稿は俺以外にも届けられるようだ。

 しかも俺に不利な情報が書かれているとなると、原稿を書いた主は何も俺の味方というわけではないらしい。

 おかげで展開を回避できたというのに、結局ラトタタに見つかってしまった。なんという事だ。


「佐久間文弥。来てもらおうか、女はいらねえ。虫の餌にでもなってな」

「ふんっ、虫使いね。趣味の悪い異能だわ」

「あぁ~? 言ってくれるねえ! 黙って食われてな!」


 ラトタタの右手が上がると同時に、虫達が動き出す。

 俺は鞄からすぐさま殺虫剤を取り出して周辺に噴射した。


「――どりゃー!」

「あぎゃぁぁあ! そ、その匂い! て、てめえまさか!」

「そのまさかだよ! 超強力殺虫剤一缶498円!」


 二缶となると中々痛い出費だったが、効果はてきめんだ。虫達がひっくり返ってやがる。


「お前、あいつの襲撃を予測してたの?」

「まあね! そんでもってこれは彼女の苦手な匂いでもあるんだよ!」

「やるじゃない。後ろも吹き付けて」

「あいよ!」


 超強力とあって噴射量も効果も頼もしい。

 虫は異能によって無数に出現するけれどあくまで虫は虫、このまま容赦なく噴射して無力化していこう。


「くそがぁぁぁあ……!」

「作戦勝ちだ!」

「こうなったら……」


 ラトタタの手元まで羽虫の大群が移動し、彼女の手の平にナイフを落として散っていった。


「へえ、そんな使い方もできるのね」

「便利だろう?」

「でもナイフくらい異能に頼らないで自分で所持したら? それくらい持ち歩けるでしょう?」


 確かに。


「職務質問されるのが怖いのかしら? そんな過激な外見だものね、仕方ないわね」

「な、何をぉ……!?」

「あら、耳と口に光る虫がついてるわよ」

「これはピアスだ!」

「そう、間違えたわ」


 ここぞとばかりに挑発するね君。

 おそらく会話で気を逸らして少しずつ距離を縮めようとしているのだろうけれど。


「治世、近距離は危険だから距離を取って!」

「ちっ……」

「舌打ちやめて~?」


 好戦的な子になったものだなあ。

 俺が止めなければ一気に距離を詰めていただろう、素直に応じて足を止めてくれた。

 設定では護身術を扱える程度だったはずだが、一瞬ボクサーのように構えて姿勢を低くした今の動作を見るだけも、格闘術を習得している印象を得る。

 片やラトタタはナイフをちらつかせてじりじりと距離を詰め、左右からは様々な虫に上からは羽虫と仕掛けて攻撃の手を緩めない。

 後方にも虫は湧き出ており、完全に取り囲まれている。

 虫だけに集中していればナイフでの攻撃も狙ってくるといった体勢だ。


「じ~っくり料理してやるぜぇ……!」


 殺虫剤が切れるのを待っているのか、だとしたら悠長にはしていられないな。こんな狭い道だと不利だ、何か状況を変える手が欲しい。

 こういう時、ご都合主義やらが絡んでいれば何か近くに打開策が用意されているはず。


「いいものがあったわ」

「それは……!」


 治世が地面から何やら拾い上げていた。

 別に何の変哲も無い百円ライター、であるが組み合わせ次第では強力な武器となる。


「ひっひっ、さあさあ、行くぜおらぁ……あ?」


 ラトタタは距離を詰めてきたが右手にライター、左手に殺虫剤という治世の装備を見て一度動きを止めた。

 顔を引き攣らせて、治世と視線を合わせていた。


「まさに飛んで火に入る夏の虫よ。あ、今は春の虫ね」

「おまっ」

「文弥、下がってて」

「あ、うん」


 何をするかはもうお察しの通りだ。

 安心しなよ、おそらく威嚇程度に使うだけだ。

 ……そう、願いたい。

 治世はライターを指で擦り、小さな炎にスプレーを噴射させて――火炎放射器を作り出した。


「爽快だわ」

「て、てめぇ! なんちゅー事を!」


 背中合わせになり、前は火炎放射器、後ろは俺の殺虫剤で対処する。

 いいね、主人公とヒロインの共闘ができている。

 虫は治世のほうに多く寄っているが流石に火炎放射器は容易く突破できまい。

 ラトタタに対しては威嚇のみで直接炎を掛けるような真似はしていない。

 このまま退いてくれればよし、なのだが。


「ほらほら、燃えちゃ……あっ」

「え? あって言った? 何かあったの?」

「……」


 返事がこない。


「――あじゃじゃじゃじゃ!!」


 唐突にラトタタの叫び声が聞こえてくる。

 見てみると彼女の腕のあたりには炎が襲い掛かっていた。


「ちょ、ちょっと! 燃えてる! 袖が燃えてる!」

「おわゃぁぁぁぁぁぁぁあ!」


 ラトタタは消火せんと必死に袖を叩いて虫の操作もできない様子。

 状況は好転してはいるが、なんだか大変な事になってしまった……。


「……よし! 逃げるわよ!」

「よ、よしじゃないような!」


 とはいえ虫も動きがなくなっていて逃げるならば今しかない。

 殺虫剤を噴射しながら俺達は大通りへと向かうとした。

 後方では未だにラトタタの焦る声と、何か物にぶつかったのか、物が倒れる音やら瓶の割れる音やらが聞こえてくる。

 近くにゴミ箱があったな、そこに足を引っ掛けたのだろう。

 もはや俺達を追うどころではないな。

 ……でも彼女、大丈夫かな?




 

「――ここまで来れば安心かしら」

「ラトタタはこの町に来てまだそう日が経ってなくて地の利がないから、追っては来れないと思うよ」


 すっかり日も落ちて、静謐な夜が始まりそうな時間。

 ひと気の薄れた住宅街、追ってくる足音は聞こえてこない。

 彼女は今頃どうしてるだろうか。敵とはいえ、袖……燃えてたし、大事に至らなければいいが。

「さて」

 と、治世は腕を組んで威圧的な空気を纏いだした。


「聞かせてもらいましょうか」

「な、何をかな?」

「とぼけないで。どこまで知ってたの?」


 睨みつけては、ゆっくりと近づいてくる。

 人間の本能というものであろうか、脅威を感じると自然と後ずさりしてしまう。

 そのままご近所さんの塀に背中をつけ、彼女のほうからまさかの壁ドンときた。本来ならば、男のほうからするシチュエーションではなかろうか。


「お前の中に眠る特異――いえ、そもそも異能自体、お前は知らないはず」

「その~……」


 正直に話すべきか。

 それとも誤魔化すべきか。


「なんて説明すれば、いいのかなあ……」


 歯切れの悪い回答に、治世の表情が歪んでいく。

 冷や汗が頬を伝う、見るからに機嫌が悪くなっていっている。慎重に言葉を選んでいかなければまた肩パンされるかもしれない。

 なんでもいい、思考をフル回転させて俺はすぐに発言するとした。


「い、異能に関してはだね! 前々からこう、なんとなく、うん、なんとなく知ってて!」

「なんとなく……?」

「そ、そう! 実は少しずつ調べてたんだ!」

「……私については、何か知ってる?」

「か、回復系の、異能者……」

「知ってたのね」

「知ってました! ごめんなさい!」


 怒気をふんだんに宿した溜息をついていた。

 展開が大きく変わった今、状況を整理すると、だ。

 異能について実は知っていた主人公、それに対し何も彼は知らないと思ってなるべく異能界隈には巻き込ませまいと身近で守っていたヒロインという関係となってしまった。

 もちろん、異能を知っていたと教えていれば守る側も事情は当然大きく変わっていたであろう。


「敵もお前が特異を持っていると知った今、その辺の話を美耶子さんとしないと。早め早めに動かないといけないわ」

「でもラトタタは立て続けには仕掛けてこないし、むしろ間が空くからそんなに焦らなくてもいいよ」

「そうなの?」

「うん、仕掛ける準備は完全にはできていないからね。しばらくは寝床探しや情報収集に動くはずだよ」


 俺が轢かれなかった事で少し展開が違ってはいるが、準備を整えるはずだ。

 ああ……委員長の事も話しておいたほうがいいよな。


「敵についてもやけに詳しいわね」

「ま、まあね! それと実は他にも敵が、それも身近にいるんだけど……」

「誰?」

「えと、委員長……」

「委員長?」

「しかも彼女、俺が特異を持ってると疑ってる」

「そう」


 腕を組みなおして、彼女は小さく鼻で笑った。


「……怪しいとは、思ってたけどね」


 視線を落としている。

 そうか。分かる、分かるよ治世。

 敵であるかもしれないから冷たくあしらってはいた、しかし委員長が親睦を深めたいと近づいてきたのは素直に嬉しかった、そうだよね?

 敵でないと確認できればいつか友達に……そんな淡い希望も今、潰えた。

 罪悪感が心を突く、歩き出す彼女のその後姿を見ると、特に。


「私達については、委員長に知られちゃうわね」

「そこはまだ大丈夫だよ」

「……どうして?」

「ラトタタは異能教の所謂強硬派に所属してるんだ。委員長は穏健派。他の仲間達や派閥との情報の共有はあまりできていないし、何よりラトタタは連絡手段を持ち合わせていないんだ」

「……そうなの?」

「ああ、だから俺達の情報はすぐには伝わらないよ、安心して」

「随分と、異能教について詳しいわね」

「し、調べたもので」

「あ、そう……。未来が書かれている原稿は、委員長の異能かしら」

「いいや違う、そもそも彼女は異能者でもないはずだ」

「……どうして知ってるの?」

「よ、よく調べたもので!」


 というか、実際は自分で考えて書いたもので。


「派閥が違い、普通の人間だからこそ加勢しなかったと考えると筋は通るわね」

「実は学校でも原稿を拾ったんだ。これといった事は書いてなかったけど」


 一応こいつも見せておくとする。

 最初に手にした原稿だ。


「……隙あらば私を観察?」

「あ、いえ、その~それは……別に悪い意味ではなくてですね、あ痛いっ」


 軽く肩パンを食らった。


「他はどうでもいい内容ね。けれど敵にはお前に特異が宿っていると書かれた原稿が渡っていたとなると、少なくともこれを書いている主には、私達に関する情報は筒抜けのようね。どこかで見ているのかしら」

「見られてるのなら下手な事はできないねえ」

「下手な事って、例えば何?」

「……悪行?」

「ふんっ、悪行ね」


 治世は軽く鼻で笑い、踵を返した。


「敵の動向も気にはなるけど、今日はもう引き上げましょう」

「そうしよっか……」

「特異は、使えるの?」

「た、多分」

「能力は、把握してる?」

「異能者の力を自在に操る事が出来る、能力だっけ?」

「力を使って確認した?」

「してないけど、その~……なんとなく分かるんだ!」

「あ、そう」


 なんとか誤魔化せた気がする、多少強引ではあったが。

 異能の発動が未だに不明なのが気がかりではある。


「力を見てみたいけれど、今はやめておきましょうか――それと」


 それと? と、歩き出した彼女の隣に並んで聞き返そうとしたその時、


「ぁ痛いっ」


 肩パンされた。

 ほんのり強めの、怒りを感じる痛さ。


「異能の事、知ってたのならすぐに言いなさいよ馬鹿。隠し事しないで阿呆」

「ごめん……」

「さあ、帰るわよ」


 トラックには轢かれなかったが敵との遭遇によってラブコメへのジャンル変更は失敗に終わった。

 ともあれ、最初の山場を乗り切った。

 こんな濃厚な一日を過ごす事になるとは……だけどめげずにはいられないな。

 なんていったって、今の俺は物語の主人公なんだからな。

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