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008 襲来

 それから午後の授業にて。

 相変わらず授業には集中せず、現状について考えるばかりだ。

 昼休みの残りの時間を使って職員室で先生達に物見谷先輩について聞いたが、やはりこの学校には存在していないらしい。

 先輩の家に今度、行ってみようかな。もしかしたら、いるかもしれない。

 さて……。

 とりあえず、先輩探しは一旦止めておくか……。

 今は、物語について考えよう。

 この後の展開はどうだったかな……十年前に書いた記憶を思い出していかなくては。

 今は序盤の序盤。特に変わりなく物語通りに進んでいるとは思う。この午前午後の出来事は物語じゃあただの行数にしかならないとは思うが。

 この後の展開は……。ん……? 何か大変な展開が待ち受けていたような。

 ……いや、確実に待ち受けているよな。思い出せ、本当に……やばい展開だったような。


「……まずいかも」

「成績が?」

「あ、いえ……」


 ――トラック。

 そうだ、トラックだ。

 俺は一つの事実を、一つの展開を思い出して、頭を抱えた。

 ……俺、放課後にトラックに轢かれるじゃん。


「や、やばいかもっ」


 物語的に、朝にはフラグもあったし轢かれるのは今日で……間違いない。


「お前の頭が?」

「あ、いえ……」


 そんな俺を見て、治世は深く溜息をついた後に、口を開いた。


「あのね、お前と違って私は真面目に授業を受けてるの。隣でいきなり頬つねったりそわそわしたり頭抱えたりなんてされるとね、すごい気が散るの、分かる?」

「分かります……」

「今日のお前は本当に変よ? 一度病院に行ったほうがいいんじゃない?」

「ご、ご心配なく!」


 十年前にこの物語を考えたのは誰だ!

 ……俺か! 俺だったな!

 どうして主人公が序盤でトラックに轢かれる展開なんか考えたんだ、異世界転生ものじゃあないんだぞ!

 ……ふぅ、はぁ。

 落ち着こう。そうじゃないときっと彼女にそのうちガチ切れされる。ちらりと見ている横目が怖い。

 くそう、性格が変更されていなければ優しく心配してくれただろうに。

 冷や汗が止まらない。痛い思いをするのは嫌だなあ……それもトラックだぜ? 自分の考えた展開だとはいえ。

 でも、ふと思いついたのだが。

 この展開を回避できたらどうなるんだ?

 主人公にとって今後の人生が大きく変わる展開だ。

 トラックに轢かれて、治世の異能で治してもらうのだけどそれが原因で俺の中の異能が呼応して敵に知られてしまう。

 最初は委員長ではなく、虫使いのラトタタがやってくる――だったよな、確か。

 異能さえ呼応しなければ知られる事もないが、もしも、だ。これを回避する事ができたら?

 そもそも敵に知られるきっかけがなくなってしまったら……異能バトルものからただの日常系な物語になるのでは?

 そうなるのならば、そっちのほうがいい。

 治世とほのぼの日常ものを送れて、また文芸部再建を行ってみるのもいいかも。そんでもって物見谷先輩探しもゆっくりできるってもんだ。

 楽しい部活動生活を送れるかな?

 駄目元でもやらないよりはいい。自分の書いた物語の展開を変更してみる――というのは、試す価値は十分にある。

 何より轢かれると分かってるのにその展開に飛び込みたくなんかない。

 ほんの少し、希望が湧いてきた。

 それから暫しの時間が過ぎ、放課後のチャイムを聞いて静かに俺は深呼吸をした。

 本題は、ここからである。


「どうしたのよ、帰らないの?」

「帰るよ、うん、帰る……」

「何か悩み事? 午前中よりも口数が減っているし視線を落とす回数も多くなったわ」


 よく見ているね君。


「なんでもないよ」

「なんでもないようには見えないけど」


 ぎくり。図星であるも、表には出ないよう笑顔は崩さなかった。

 ……帰路につく。

 ついてしまった。どうあがいても、避けられないし避けられるわけもない。

 この後トラックに轢かれるんだよな……。何もしないわけにはいかないよ、流石に嫌だよその展開は。


「ね、ねえ治世。今日は別の帰り道にしない?」

「どうして? 別の道といっても遠回りになるだけよ?」

「だって毎回同じ帰り道だと退屈じゃん? たまにはこう、そう! 気分転換に別の道を歩こうよ」


 どうだ? それほど悪くはない誘い方だとは思うが。

 彼女は俺を見つめてはやや首を傾げていた。しかし深く考える必要は無しと判断したのか、


「……いいわ、行きましょう」


 応じてくれた、心の中でガッツポーズ。


「よしきた」

「それで? どんな帰り道を選ぶつもり?」

「えっと、せ、狭い道! 車が通れないような狭い道はどうかな! 静かな道を歩こう!」

「何か誘導されている気がするわ」

「そんな事ないよ!」

「変な事考えてないでしょうね」

「考えてないよ、俺を信用して!」


 彼女に手招きして先ずは脇道へ。

 ここから商店街を通って、なるべく車両の通らない道を行くとしよう。


「……静かな道を選ぶにしては、騒がしい場所に出るけど」

「ここは仕方がない!」


 左右に店が立ち並ぶ商店街、いつになく活気がある。

 物語の影響を受けてか、前よりも店や人が増えていた。

 車両の進入は禁止の道が続く、ここならトラックの来る心配もない。

 状況が状況だが、商店街を彼女とこうして歩くのは悪くないな。

 高校時代に女子と一緒に帰宅するっていうのは先輩以外にはなかった。委員長は帰り道が真逆なのもあって一度も誘えなかったが、第二の高校生活が訪れたのだから折角だし誘いたいものの、勇気がいる。

 誘う勇気ではなく、敵役の配置になってしまっているから、危険に自ら飛び込むという勇気が。


「ごめん、ちょっとここ寄らせて」

「いいけど……ホームセンター? 何買うの?」

「殺虫剤を」

「殺虫剤?」


 ラトタタは虫を使う異能者だ。

 展開が変わっても遭遇する可能性は捨てきれない。

 俺が特異を持っているとはいっても……どうやって使えばいいのか、今一分からない。

 敵に襲われたらすぐに異能を使いこなして対処――なんていうのはきっと、無理だ。

 てなわけでスプレー缶の殺虫剤を二つ購入して鞄に入れた。


「灯花から聞いたニュースでも気にしてるの?」

「そんなとこ」

「単純なのね」

「備えあれば憂い無しって言うじゃん?」

「徒労に終わる、無駄骨を折る、杞憂に終わる……後は何かあったかしら」

「骨折り損のくたびれもうけ?」

「そう、それよそれ」

「…………」


 もう少し優しく接してくれると俺は嬉しいよ。

 店を出て、念のために左右の確認。

 やはり物理的にトラックが入ってこれないためにトラックが現れる気配はない。このまま無事に物語が動くであろう展開を避けられればどうなるのか。やるだけやってみようじゃないの。

 ……明日以降もこのようにトラックを警戒しなければならないのかな? だとしたら、大変だ。

 商店街を出たらいくつか交差点に差し掛かるが歩道橋を利用して交差点も回避、うまくいっている。

 道路のほうをちらりと見たが、他の車両よりも一層エンジン音の大きいトラックが走行していた。

 他の車両と違ってスピードが出ていて少し左右に揺れている――って、おいおい、事故ったぞ。


「あら、危ないわね……」

「そ、そうだねえ……」


 信号待ちをしていたら、きっと歩道に立っていた俺は、轢かれていた。

 ――だろう、ではなく、確実に。

 あのトラックが俺を轢く予定だったのではないだろうか。いいや、だろうか、ではなく、確実に。

 であれば、回避できた?

 やったー! と、心の中で万歳をしつつも、いやいや……! 油断は禁物だ、気を抜かずにいこう。

 ラトタタが近くにいるのは変わりないのだ。それでも心の中にあった蟠りがとけて体は軽くなったが。


「猫よ」

「猫だね」

「追いかけるわ」

「えっ、ま、待って~!」


 あと少しで住宅街――脇道の猫を追いかける治世は、なんだかんだでこのいつもと違う帰り道は楽しんでいるようだった。ああ、いいさ、それでいい。一緒に楽しもう。


「ああっ、私の猫が……」

「君の猫ではないと思うけど……どっか行っちゃったね」


 暫く猫についていく俺達だったが、気がつけばやや薄暗く何か出そうな雰囲気の漂う道にまで来てしまった。


「変に奥まで行きすぎちゃったかな?」

「そのようね、引き返しましょう」


 猫も見失って面白みがなくなったのか、きゅっと踵を返す治世。

 同じく俺も踵を返す――が、ふと目に留まるは床に置かれた紙、いや……原稿だ。

 また、出てきた。


「あら、何かしら。……さっきはあんなもの、落ちてなかったわよね?」

「そう、だね……」


 何だか、嫌な予感がする。

 この雰囲気の中では、そこにあるのが違和感でしかない原稿は不気味でしかないが、何が書かれているかを確認しなくてはならないだろう。



 ------------------------------


 疑心暗鬼ではあったが、この原稿に書いてある通りにはなっている。

 確かに未来が書かれているのだ。これは誰かの異能によるものなのか? そう彼女は疑う。

 未来を知る事が出来る異能はありそうではあったが、聞いた事がなかった。

 原稿用紙に未来を写す能力? と仮説を立てるも、それより今は書いてある内容に一旦重点を置いた。

 この原稿によると長らく探していた人物を見つけられるというじゃないか。

 まるで宝の地図だ。にやりと笑みを浮かべて、彼女は足を進める。

「ふうん……あのあたりで引き返すのか。じゃああたしの異能でそっとこいつを置いてやろうじゃねえの」

 演出というのは、大切だ。

 恐怖を引き立てて相手を萎縮させる、一つの戦術ともなりうる。

 ――これが、少し前の出来事。

 まんまと彼女の作り出したこの演出に飲み込まれた文弥は、原稿を読み終えてからはっと我に返った。

 こいつを置いてやろうじゃねえの――何を置いたかなど、分かりきっている。

 文弥がその手に取っているものであり、今まさに、彼女の罠に掛かっている最中なのだ。

 周辺から取り囲むように、かさかさと何かが這う音や羽音が聞こえ始めた。

 彼女の異能が、発動されている。


 ------------------------------

 


「何よこれ。なんだか妙な事、書いてあるけど」

「これは……そのっ」


 なんて説明をすればいいのやら。

 いや、説明なんかは後だ。


「それよりも、彼女が来る!」

「彼女……?」


 カサカサ程度であればまだいいが、まるで波が押し寄せるような音となると、その正体を想像するだけで鳥肌ものだ。

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