006 黒幕登場
「おー、おはよう!」
「え、あ、あー……おはようっ!」
教室に入ると何人かの男子生徒は気さくに挨拶をしてきた。
俺の高校時代の友人関係はというと仲のいいクラスメイトは中学からの付き合いである友人一人だけで、俺が挨拶するまで一人で黙々とケータイをいじっているような奴だ。
だからこうして挨拶してくるクラスメイトなんかいるはずがないのだが、これも主人公の立ち位置となったからこそ……であろうか。
クラスでの立ち位置が主人公と当然同じであれば、友人関係は広くなっている? それはそれでまあ別に、まんざらでもないがうまく立ち回れるのか俺よ。
しかしやはりみんな……若いな。
「んんっと、俺の席……」
「何? 自分の席が分からなくなったなんて言わないでしょうね」
「い、いやいや! ちゃんと分かってる、分かってるよ」
記憶を掘り返して自分の席を思い出すも、その席には他の生徒が座っていた。
となれば、だ。
自分の立ち位置的に、主人公・公人の席をどこに配置したのかを、思い出さなくてはならないだろう。
俺の書く物語の主人公が座る席は、大体決まっている。
「ま、窓側……一番後ろの席、だよね?」
「そうよ、そんな確認みたいに言わなくても」
「確認って大事だよ!」
「あ、そう」
そそくさと新たな自分の席へ。
こういうのも物語あるあるなもので。ヒロインはよく隣の席になる――もちろん、治世は俺の隣の席だ。
窓側なのは窓の外を見ていち早く異変に気付いてイベントが始まるという展開を作れるというのがある。
いざという時に活用するつもりだった、他の作品でも主人公が窓側に座る理由ってこれなんじゃないかな。
「おはようございます!」
「おはよ……う」
眼鏡っ娘がやってきたが、んん? すぐには名前が出てこない。
俺の考えた登場人物か? 眼鏡にポニーテール……。
あっ、もしや。
「委員長?」
「どうして疑問系かはさておき、委員長ですよ~」
やはり委員長――望月月子で合ってたか。
知性を出すには眼鏡。うんうん、似合っているよ委員長。
ポニーテールはただの趣味だ、いいね、悪くない。
「何か用かしら」
通り過ぎるも、すすすっとついてくる委員長に治世は睨むように一瞥をくれる。
設定では……委員長こと望月月子と治世の仲はこれといって悪いわけではないのだが、治世の話し方や接し方にはどこか棘がある。
「用があるってわけではないのですが、世間話でもと思いまして」
「間に合ってるわ」
「そんな事言わずに~、ねっ?」
「……はあ」
「ありゃ~そんな顔をなさらずとも。綺麗なお顔なのですから眉間にしわを寄せるのはお勧めできませんよ。笑顔が一番です、はい」
口角に指を当てて笑顔を作る委員長。可愛い、とても可愛い。
けれども、敵かもしれないという不安が、俺の笑顔を固くさせた。
物語でよくあるだろ? 序盤で優しく接してくる奴が、後半に実は敵でした! っていう展開が。
ネタバレ状態であるために、彼女と普通に接するのは、難しいかも。
俺に笑顔を向けてくるも違和感無くちゃんと笑顔を返せているか、自信はない。
「どこかぎこちない笑顔ですね。何かありました?」
「え、別に何も、ないよ? ぎこちないかなあ?」
「彼、朝から少し様子が変なの」
「おや、そうなのですか。大丈夫ですか? もしお体の具合が悪いのでしたら無理しないでくださいね」
「う、うん。ありがと……」
すると彼女は額に手を当ててくる。
やわらかで、すべすべしたそのぬくもりは、心臓の鼓動を跳ね上がらせる。
「わわっ!?」
「熱はないようですね、もしや精神面で何かしら不調を?」
「ご心配なく!」
くっ……この歳にもなって、うろたえるなよ俺よ。
相手は子供だぞ。……って、今は俺も子供か。
童心に帰っても問題はなし、かね。もう少し肩の力を抜くべきか。
タイムリープ経験者がいたらこっそりでいいからその辺どうすべきか教えてもらいたい。
「……委員長」
「月子って呼んでくれてもいいのですよ~」
「そろそろ先生が来るわよ。席に戻ったら?」
「そうですね、そうします。ではでは~」
ふぅ、と俺は胸を撫で下ろした。
このやや過度とも思えるスキンシップは――俺が異能持ちだと疑っているからこそだ。
距離を縮めようとしてくる、心臓の鼓動は、激しくなるばかりである。
「大変だなあ……」
「何か言った?」
「なんでもないよ」
授業が始まりようやくじっくりと考えられる時間ができた。
懐かしさに包まれながらも、授業内容については全然覚えていないためにきっとテストをしたら悲惨な点数を取るのは間違いない。
だからといって真剣に授業を受けよう――とはならず。
今日は先生の話なんて聞いていられない、状況整理が大切だ。
俺は先ず最初に、念のためにもう一度確認をしてみる。
何の確認かって? 夢か現実かの確認さ。
「いだだ……」
「何してるの? 授業中よ?」
「ちょっと大事な確認を」
「あ、そう……」
そんなに残念な人を見るような目をしないでくれ、頼むから。
えと、よし……やっぱり夢じゃない、と。
さて次。妹やヒロインは性格が変更されてるけど、委員長は委員長が成り代わっているものの、委員長としての性格はそのままだったので登場人物全員が性格を変更されているわけではなさそうだ。
まとめると、そうだな……タイムリープした上で、現実と俺の書いた物語が混ざっている、といった感じか。
まだ登場していないのは……敵であるラトタタと、治世の叔母――美耶子さん、それに凛ちゃんかな。
彼女達ももしかすれば性格が変更されている可能性があるな。
その他には、ああ……これだけは確実に確認しておかなければ。
先輩――物見谷先輩だ。
学校が始まって一か月近くだと……その頃は学校にも慣れて部活動紹介やらを聞いて、確か文芸部を探していた頃だったと思う。
文芸部は部員がゼロ人で、途方に暮れていて……先輩と会ったのはこの頃だ。
スマホを見てみる。
初期の古い型だ、懐かしい。
連絡先に物見谷先輩を探したが見つからないあたりから、当時のまだ知り合っていない状態なのは確実。
先輩の連絡先を思い出そうにも――くそっ、数年前から連絡手段は主に連絡アプリやSNSに変更していて当時の電話番号なんて覚えてない。
……会いたい、すごく会いたい。
本当はすぐにでも走り出したい気分だったけれど流石に現実がこうも変化してしまっているとなると無闇に動き回るのはやめておいたほうがいいか?
いや、けれど、授業が終わったらとりあえず先輩の教室に向かおう。
会ったら、なんて言おう。
……会ってから考えよう。
もう会えないと思っていた先輩と、また会える。月日は十年ほど戻っているわけだけど、先輩とはまだ会う前の状態であるけれども、それでも嬉しい事には変わりない。
今からでも……先輩が十年後に自殺する未来を、変えられるのだろうか。
っと、いかんいかん。ノートを開かないもんだから先生がちらっと俺を見てきた。
俺はさりげなく話を聞いている振りをしながらノートを開く……が、二つに折られた紙が出てきた。
なんだろうこれは、こんなもの挟んだ記憶はないけれど……。
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昼休みを告げるチャイムが校内を満たしていった。
午前はあっという間に終わったと感じた者もいれば、只管に伸びる一本道を歩ききったかのように長く感じた者もいるであろう。
文弥の場合は……口をへの字にしただけのその表情からは、どちらとも言えないような、曖昧さがあった。
授業中の様子はというと隙あらば隣の席に座る治世を観察しては、目が合いそうになると逸らすの繰り返し。
四時限目の中盤に差し掛かった頃には、一度目が合うや彼女は凄みのある睨みをきかせた後に肩パンを放った。
どうやら怒らせてしまったらしい。
後半は当然ながら授業内容など何も頭には入りなどしないため、反省に時間を使った。果たして反省はできたかどうか。
「文弥」
チャイムの音が緩やかに溶けていく頃。
治世はこれといった感情を込めずに彼を呼んだ。
「な、何かな?」
恐る恐る、彼は問う。
まだ怒っていた場合、追撃があるのではないかとやや身構えながら。
「ご飯、食べましょ」
治世の表情は、変化に乏しいために感情が読み取りづらい。
的確に読み取れるかは、彼の力量に掛かっている。
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原稿用紙、それも物語が手描きで書かれた原稿だ。
書き出しには昼休みと書かれているがまだその時間には程遠い。……何なんだこれは。
一体誰が何の目的でこんな文章を書いてここに忍ばせたんだ? 俺の書いた物語には当然原稿用紙なんて出てこない。
……そういえば、昨日アパートに帰った時、廊下に落ちてたよな。あれは、こうなる展開へのフラグだったのか?
もしかしたらあの時から既に、始まっていた……?
この原稿を送りつけてきた主は、一体何者なんだ。
どうしてタイムリープしてしまったのか、どうして俺の書いた物語が現実になっていて俺が主人公の立ち位置にいるのか、どうしてこんな原稿が届くのか――押し寄せるのは疑問ばかりだ。
俺は窓の外を見やり心の中で呟いた。
夢なら覚めてほしい、と。