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004 懐かしい朝食

「兄ちゃん、何してるの?」

「お、お腹の肉を……確認してるんだよ」

「痩せてるのに確認する必要ないと思うけどなー」

「そ、そうだよね……」


 若返っている?

 待てよ。目が覚めたら実家で、何だか周りの物もどこか懐かしさあるものばかり。

 そしてこの子曰く、俺は高校生になったばかりだという。

 ……高校入学当初に戻った?

 数々の妥協を経て、そう……これはまさにあれだ。

 タイムリープ――その現象を受け入れたとして。

 いやいやいや! まだこの子の存在については解決していない。

 あまりにも非現実的な事が立て続けに押しかけてきて、もはやめまいを覚えるも、妹なる人物に支えられて尻餅をつく事はなかった。


「大丈夫!? 具合悪いの!?」

「あ、いや……大丈夫……」


 大丈夫ではない。

 今にも頭がパンクしそうだ。

 鏡越しに俺を訝しげに少女は見る。

 苦笑い気味だが愛想笑いを浮かべて、俺は歯磨きを開始した。

 隙あらば鏡越しに加えて横目で少女を一瞥。

 お隣では同じように歯磨きをして、同じように顔を洗う――妹がいる。

 俺の行動を真似ているのか、それとも自然とそうなっているのかは定かではないが、少なくとも鏡に映る俺達は兄妹に見える。

 けれども未だにこの子の正体は謎だ、謎なのだ。

 妹の灯花だって? そもそも俺に妹なんていないのに。実は隠し子がいたなんて両親は言い出しやしないだろうな。

 ん……妹の、灯花?


「ああ、思い出した……!」

「うぇ!? 何を!?」

「君……」

「何さー」

「あ、いや……やっぱり、なんでもない」

「兄ちゃん……今日は本当に変~!」


 行ってしまった。

 一人残されて、鏡に映る自分へ、語りかける。


「もしかして、これ……俺が高校時代に書いた物語じゃないか……?」


 彼女は明日葉灯花――主人公・明日葉公人の妹だ。

 見覚えはなくとも書いた覚えのある容姿、朝の起こし方は物語の序盤とそっくりだ。

 性格はちょっと……違うような。

 こんなにも溌溂とした性格だったか? でもびえびえって言うのは灯花の口調と一致している。

 やはり俺の書いた物語の、登場人物で間違いはないが。

 だから――君は物語の登場人物だよね? なんていう質問をしようとしたのだが、躊躇してしまった。


「いやでも……なんでこんな事が……?」


 洗面器に両手をついて、深呼吸をした。

 鏡に映る自分と目を合わせる。ああ、若かりし頃の俺だ、間違いない。

「タイムリープした上に、俺の書いた物語が、現実になってる上に、俺が主人公の立ち位置になってる……?」

 ……一度に様々な事が起こりすぎだ。

 盆と正月が一度にやってきたというより、盆と正月とクリスマスと誕生日が一度にやってきたかのような、それくらい濃厚な出来事が朝一番に展開されている。


「落ち着け……どうしてこうなったのかは、分からないけど……とにかく落ち着くんだ……」


 最後にもう一度顔を洗った。


「ごはんできてるわよー!」


 食卓からは母さんの声が聞こえてくる、懐かしい声だ。

 忙しくなってからはろくに連絡をとっていなかった。嬉しさについ頬が緩む。

 胃袋をくすぐる香りが漂ってくる、母さんの作る朝食を食べるのは何年振りだろうか。

 居間へ行くとエプロン姿の母さんが忙しなく台所と食卓を往復していた。


「ほら、早く座りなさいー」

「あ、うん……」


 俺が今高校一年生という事は、およそ十年前に戻っている。

 母さん、若いな。

 最後に会った記憶と比べて顔のしわは薄い。できなかった親孝行を今からでもやれると思うと、このタイムリープに感謝しかない。


「鮭、味噌汁、卵焼き、これぞザ・朝ごはんって感じだね兄ちゃん!」

「ああ、そうだな」


 これこれ。

 食卓に並ぶは香ばしさ漂わせるほどよく皮に焦げ目がついた鮭、卵焼きは綺麗な黄色にこれまたいい焦げ目。見た目で十分に食欲をそそらせてくれる。

 味噌汁の具はわかめかな、シンプルながらそれでいて味噌の香りに心がほぐされていく。

 母さんはまさに妹の……うん、妹の灯花が言うザ・朝ごはんってのを作ってくれるんだ。見た目も味も最高で、胃袋は早速活動の産声をあげていた。

 席については、あまりの嬉しさに感涙にむせびそうになるが必死に堪えた。


「いただきまーす! 兄ちゃんも、ほら!」


 パンッ、と両手を合わせて俺を見る灯花。

 早く食べたい一心から挨拶もせずに箸を一度取ったものの、ここは彼女に倣おう。

 箸を指で挟みなおして、両手を合わせる。


「いただきます」

「よし、食べよう!」

「灯花は相変わらず朝から元気ねえ、あんたも見習いなさい」


 母さんは灯花については何も言わない。

 家族の一員かのように、接している。この子がそこで一緒に食事をするのが当然であるかのように。

 そういう事に、なっているのだろう。


「聞いてよお母さん、兄ちゃんったら今日の寝惚け方は酷かったんだよ! なんて言ってたと思う!?」

「なんて言ったの?」

「俺に妹はいないだよ! とってもびえびえ!」

「あらあら。あんたはいつの間に一人っ子になったのかしら」


 俺はいつの間に妹が出来てしまって困惑してるよ。いや、妹……欲しかったけどさ。


「ほ、灯花……」

「ん? どうしたの兄ちゃん。卵焼きならあげないよ」

「確認させてくれ」

「確認?」


 きょとん、と。

 灯花は頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。口に運びかけた卵焼きを一度見ては、俺の口元へと運ぼうとしてくる。

 違うんだよ、その卵焼きの味を確認したいんじゃなくてだな。

 ほら、それは食べちゃって、うん、いいぞ、美味しいか? 美味しいな? よし、質問だ。


「お名前は?」

「佐久間灯花!」

「明日葉灯花じゃないの!?」

「明日葉って誰!?」


 それこそが君の本当の苗字なんだが。


「……忘れてくれ。えっと、学年は?」

「中学二年生! 知ってるでしょうに!」

「そ、そうだったね」

「文弥、あんた大丈夫? 頭でも打った?」

「もしや私がお腹ダイブした時に? だとしたらびえびえ……」

「い、いやー寝惚けてたみたい! さあ、食べようか、遅刻しちゃうよ!」


 心配そうに見つめられたので強引に誤魔化しておく。

 下手に質問するのはやめておこう。

 落ち着け、俺らしくないぞ文弥。


「兄ちゃん、本当に大丈夫なのー?」

「だ、大丈夫だって」


 朝食を食べ終えていざ家を出るべく靴を履きつつ、隣でまじまじと見てくる灯花に半ば震えた声で応える。

 説得力がないな、我ながら。


「大丈夫じゃないでしょうに。ほら、弁当忘れてるわよ?」

 ……そうか。

 高校時代の昼食は大体が母さんの弁当だった。またこの弁当を食べれるなんて、感激だ。


「どうしたの兄ちゃん、まじまじと弁当見てるけど」

「いや別に、なんでもないよ」


 くっ……覗いてくるその顔、とても近い。

 兄妹だからこその距離感かこれは。

 この子は妹だ妹……って言い聞かせようとしても実感はない。

 いきなり妹ができたんだ、心の準備ってのができるわけがないが、なるべく狼狽は見せまい。

 自然な接し方をしなくちゃ。


「そうかなー?」

「そうだよ! よーしよしよし! 行くぞ可愛い妹め!」

「ぬわぬわ! 普段は頭なんて撫でないのに……やっぱり今日の兄ちゃん、変!」

「変じゃないよー」


 社交的でお喋り、妹にはいつもいたずらばかりする主人公・公人、そんな彼のように振舞わなければならないのだとしたら……難しい注文だ。

 俺の作り笑いに、灯花は訝しく見つめてくる。

 小さく呻った後に、


「ま、いっか。治世ちせ姉はもう来てるかな?」

「治世?」

「兄ちゃんにはもったいない幼馴染だねえ」


 少しずつ、なんとなく――そうなのではと思ったが。

 今は……俺の書いた物語通りに進行している。

 自分でも現状を未だにしっかりと受け止め切れていない、信じられない、だがしかし夢ではない。つまり……そう、なのだろう。

 となれば、だ。

 物語通りであれば、この玄関の扉を開けたら幼馴染・能見崎治世のみざきちせが待っている。 

 ヒロインとの初顔合わせとあって楽しみではあるが少し緊張もしている。

 それにしてもこの子達は俺の書いた物語の登場人物だという自覚はあるのだろうか。

 灯花に質問しようとしかけたけれど、思い切ってここらで聞いてみようかな。

 現実がどうしてこんな事になってしまったのか、その真相を突き止める第一歩として、先ずは何でもいいから質問なり行動なりしてみよう。

 しかし過去に戻った上に、自分の書いた物語が現実に……か。

 もしもプロローグを書くとしたらこのあたりかもしれない。

 俺ならプロローグは――なんて様々な思いを巡らせて、母さんに行ってきますの挨拶をした後に、すうっと深呼吸をしてから、扉を開けた。



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