6/13 『洗濯物』
恥ずかしがる由奈にあんなことやこんなことをさせようとたくらんで上に乗っかってもらおうとした結果、なんかちょっと自分でも想像してないほど勢いがついてしまい、柔道の巴投げ的な感じになった結果、ベッドの縁で後頭部を強打した……昨日。
昨日って単語にかかる言葉としては、我ながらあたしながらすごく長くて異質になってしまったけど、でも、実際それは紛れもない事実だし、自分の行動を恥じるつもりもない。
だいたい、すぐに力を抜いた由奈も悪かったんだ。少しは抵抗すると思ったのに、ちょっと腕に力が入ったくらいで、抵抗らしい抵抗なかったもん。ガンジーでも「もうちょっと抵抗してもいんじゃね」って言っちゃいそうな感じというかさ。身をゆだねるの早すぎるんだよ。ギネス記録認定されにいくんですかっての。昨日は軽口を叩く余裕もなかったから言わなかったけどさ。
……でも、抵抗されないほうが、付き合いたてなことを考えると安心、ってのも事実だったりするんだよね。むしろ拒絶されたほうが、後頭部に感じた痛みよりずっとダメージが大きかったかもしれない。あとガンジーは非暴力、不服従か。
まあそんなこんなで、翌日もお泊まりに来たあたしなんだけど。
恥じるつもりはないと言っても、反省はしているので、今日はいろいろと節度をわきまえてイチャコラしたことをここに記しておこう。その詳細についてはここでは書いてあげないけどね。
「愛梨」
「ん?」
「なんか燃え尽きた矢吹ジョーみたいになってるよ」
キッチンでコーヒーをいれてくれてる最中の由奈が、いぶかしげな視線をこちらに向けていた。言われて自分の体勢を確認してみると、たしかにベッドをイスのようにして座り、広げた両脚の膝に前腕を置き、上半身をぐったりとさせていた。
「燃え尽きたぜ……真っ白な灰にな」
「やめて名言を汚すの」
「由奈だってさっきまで腰ガクガ……」
「あー、そんなこと言ってるとコーヒー」
「ごめんなさい飲みたいです」
「顔にかけるよ」
「……由奈って意外と恐ろしいこと言うね? コーヒー飲ませてあげないよって言うのかと思ったら」
あたしがそう返すと、由奈は満足したようにふふっと笑った。そして、コーヒーにお湯を注ぐ作業を再開する。
女子としてはわりと背が高く、細身の私と違って、由奈は小柄なほうだ。だけど、こうやって見てみるとスタイルが悪いワケじゃなく、細いんだけど胸とかお尻とか、出るべき部分は出た体型をしている。
台所に立ってコーヒーをいれている今も、ドット柄のシンプルなキャミソールがキレイな円を描くように膨らんでいる。上に羽織ったジェラピケのもふもふしたパーカーは似合っててかわいいし、何年か着たものなのか袖が少し伸び、自然な感じで萌え袖になっているのもまたいい。上下おそろのショートパンツから出た、程よい柔らかさを感じさせる細い脚もたまらない。
普段、由奈って肌の露出が少ない服が多くて、ノースリーブ的なのはもちろん着ないし、下もミモレ丈のワンピースとかロングスカートとか履いてることが多いんだよな。だから、この子がここまでキレイなカラダをしてるって知ってるのはサークルでもあたしだけなんだよな……ジュルッ。
「はい、いれたよ……なんでよだれ出てるの?」
「え……いやあたし、エロいこと考えてたワケじゃ」
「聞いてないのに自白してきた」
由奈は呆れた顔をしながら、視線で私の座っているところを見る。もう少し横にずれてほしいということらしい。
私が少しだけ移動すると、由奈はニッコリと微笑んで、横に腰をおろしてきた。ベッドがふたり分の重みに少しだけ凹み、あたしはバランスが少しだけ崩れるけど、すぐにそれが普通になった。
「今日もカフェラテ?」
「ううん。今日はソイラテ。豆乳ね」
「豆乳を投入したんだ」
「でもハチミツちょびっとだけ入れたから飲みやすいよ」
「ほう。どれどれ……」
口に含んでみると、豆乳の風味が鼻腔に流れ込んでくる。牛乳のときに比べると少し独特な感じだけど、ハチミツが程よく中和してくれていて、思ったよりも全然飲みやすかった。というか、普通に美味しいじゃん。
と、そんなふうに味とニオイを楽しんでいると、である。玄関のところからピーっという機械音が聞こえてきた。パッと由奈が顔をあげる。
「あ、終わったみたい」
「洗濯?」
「うん。干さないと」
そう言うと、由奈は飲みかけのソイラテをテーブルに置いて、玄関横にある洗濯機のもとへとトタタと走って行く。
じつはアレが終わった直後に、由奈が洗濯機を回していたのだ。昨日は寝たのが2時過ぎとかだったから、さすがに洗濯機を回すワケにはいかなかったけど、今日はまだ22時。あたしが住むアパートより壁も分厚いことを考えると、十分に許容される範囲だろう。
「手伝おうか?」
「うん。そうしてくれると助かるー」
そう言いつつ、由奈は結構な量が入ったカゴを持って来た。
「ホントは今日の朝干そうと思ってたんだけど寝坊しちゃったでしょ?」
「授業には間に合ったんだから寝坊ってこともないと思うけど」
「11時起きは授業の有無関係なく寝坊でしょ。それで、夜に干さないとって」
由奈は見た目通りに几帳面な性格だ。だから洗濯も丁寧なようで、肌着、靴下、ハンカチなどは別々のネットに分けられている。私が昨日着ていたタンクトップとかも、ひとつのネットに入ってあった。
それらの他はバスタオルと小さいタオルで、下着や外用のTシャツなどは入っていない。手洗いなのだ。全部いっしょくたにして洗っちゃうあたしとは大違いだ。
そんな由奈は私の隣、ベッドにふたたび腰掛けると、太もものうえでタオルをパンパンと叩き始めた。
「なにしてんの?」
「なにって。干したときにシワがつかないように」
「えー、そんなことしてんだ」
「愛梨はしないの?」
「うん。だって洗濯したあとってもともと水分含んでるじゃん。だから、そのまま干しても水の重みで勝手に伸びるっしょ的な」
「それで実際どうなるの?」
「まあシワシワだね」
「そうなるよね……え、じゃあ外着はどうしてるの?」
「んー、基本ファブリーズかなあ……」
「洗わないんだ」
「いや、夏はさすがに洗うけどね?」
「そりゃそうだ。そうじゃないと家に入れてあげないからね?」
「う、うん……でもさ。正直それ以外の季節って、ニオイ消せば着れるでしょ? 子供みたいに泥だらけになるほど遊ぶワケでもないし」
「まあでも、洗濯しすぎると服はボロくなるよね」
「そう、そうなの」
由奈が思わぬポイントで同意してくれ、あたしは身を乗り出す。
「だってさ、いくら洗濯機が進化したとして、服的には水の中に沈められて、洗濯槽に殴打されてるワケでしょ?」
「殴打」
「家電メーカーは消費者の気持ちは考えても、服の気持ちは考えてないワケですよ」
「急にどうした」
「あたしが言いたいのは、キレイになるけどボロくなるって変な話だよなーってこと。ヴィンテージのジーンズとか基本洗わないワケでしょ?」
「そだね。ま、ひとまず手も動かそうか。口動かしててもいいから」
「おっけー」
「とりあえずこれよろしく」
そんなふうに由奈に請われ、私は真似しながら洗濯物を伸ばしていった。
そして、その合間にチラリと由奈のことを横目で見る。由奈は比較的細身なんだけど、それでもこうやってベッドに腰掛けると太ももが横に広がって、なんていうか柔らかさが目でわかるのだ。
「でもさ、そう言えば私も洗濯には苦い想い出あるなあ」
と、そこで由奈が話し始める。
黒くて長い髪の毛が夜風に揺れ、私のところに心地よい香りを運んでくる。
「上京したばっかの頃ね、洗濯機まわしたまま大学行っちゃったことあって。しかもそれ夏だったんだよね」
「あちゃー」
「家に帰ってきて洗濯機の蓋が閉まってるの見て思いだして、それで開けたら……もう信じられないくらいクサくなってたよね」
「だろうね」
「だから捨てたよね全部」
「えっ捨てたの?」
「だって一回クサくなったタオルで顔拭くのイヤじゃない?」
驚いた私に対し、由奈はそれが当然といった表情だった。
「でも洗えばニオイしなくなるくない?」
「そこは心理的な問題とゆーか。例えばさ、すごい加齢臭するオジサンがいたとして」
「え」
「そのオジサンがめちゃくちゃお風呂入ってめちゃくちゃ洗顔してめちゃくちゃエステ受けて、めっちゃキレイになってニオイしなくなったとして、愛梨はそのオジサンと頬ずりできる?」
「いや絶対無理」
「でしょ」
「私、そもそも女の子しか無理だけど、もしそうじゃなかったとしても無理だわ」
「私的にはそういう感じでさ。実際に清潔か、心理的に清潔かって別だと思うんだよね」
そこまで言うと、由奈は立ち上がり、窓を開ける。私は洗濯カゴを持って、そのあとに続いた。
由奈の住むマンションは、都立鷺ノ宮高校という高校の真横に位置している。具体的に言うとテニスコートの裏。だから、緑色のネットが目の前にある感じ。
でも、ネット越しでもテニスコートは見えるし、目を凝らせば向こう側にある校舎の中とかも見える位置関係だ。柔道場とか剣道場とかと思わしき、体育館の小型版のような建物が見え、その近くには誰のモノかわからないサンダルが転がって、月の光を受けていた。
高校を卒業してまだ1年ちょっとしか経っていないのに、そんな景色を見るだけで憧憬と言うのか、センティメンタルな気持ちになってしまうんだから人間ってのは不思議なものだ。
タオル用のハンガーを物干し竿に引っかけようとすると、夜空に目がいく。今日もそこには、キレイなまあるい月が浮かんでいた。音もなく雲は流れていき、また地上からも音は聞こえてこない。高円寺の純情商店街から程近い場所にある私の家は、この時間帯だとまだまだ人の声が聞こえてくるけど、ここは違うようだ。閑静な住宅街という表現が相応しい感じで、だからこそハンガーを物干し竿に引っかけるときの音や、由奈が最後に一押し的な感じで洗濯物を太ももでパンパンとはたく音が、夜空に響いていく。
「明日の朝って雨じゃないよね?」
少しの沈黙を破り、由奈が尋ねてきた。
なんてことないことを聞く、なんてことのない口調。
「うん。梅雨入りまでまだ何日かあったはず」
「せっかく洗濯物干したのに濡れるとダルいでしょ? 前は大学行く前に洗濯機回して干して出てたんだけど、最近いつ雨降るかわかんないから」
「わかる。変な気候だもんね」
「しかも、大学いるときに雨降ってきたら気分萎えるでしょ?」
「うん」
「降らなくても降りそうってだけで気が気じゃなくなるし、あーこれ良くないなー、こんなことで授業に集中できなくなるの本末転倒だなー、洗濯物に授業料ムダにされてるみたいだなーって」
「それで夜に干すようになったと」
「うん。まあ夏限定なんだけどさ」
「冬は全然乾かないしね」
「乾燥機付きの買えれば良かったし、お父さんも買ってくれるって言ってたんだけど。ワンルームだとサイズ的に置けないんだよねー。私としても、大学生が1LDKとかに住むのはさすがに生意気かなって思ったから」
「いいと思うけどなー。いいとこのお嬢なんだし」
「だから今はちょっとだけ後悔してる。ま、この景色嫌いじゃないからいいんだけどね」
「そっか」
「それに、乾燥機付きの買うのは、社会人になって、誰かと一緒に住むようになってからかなって思ってるよ」
「それもそうだね」
「……」
「……」
「静かだね」
「うん」
「乾くかな、朝までに」
「乾くでしょ。もうほぼ夏だし」
それからあたしたちはベランダで少しお喋りして、一緒のベッドに横になって眠ったのだった。洗濯物が夜風に揺れるのを見ながら。